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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第三章 世界の理
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第13話 晴香の殺意

 影山を出し抜いた晴香の計画はこんな感じだった。

 まず晴香は別の空いている部屋で煙を焚いて、スプリンクラーを作動させた。

 水を浴びてずぶ濡れになった影山は、感電しやすい状態になっていた。

 晴香は自動車のバッテリーを使って扉に仕掛けをしていた。

 食事を運ぶワゴンの中に仕込んで、扉に電極を繋いでいたので誰も気付かなかった。

 影山は用がなければ部屋に近づくなと職員に指示していたので、余計に好都合だった。

 電気の流れは加速している者の速さを凌駕する。

 弾丸を凌ぐ加速能力も高圧電流の前では及ばなかった。

 影山が鍵をかけずに戸を開けていれば感電することはなかった。

 そして他の職員が扉に触れないように、古典的な方法だがペンキ塗り立てと張り紙を貼っておいたのだった。

 その結果、職員は扉に触れず、そのまま中に声をかけた。

 油断した影山は、そのまま感電して吹っ飛んだのだった。

 見事な晴香の策略だった。

 病室で音がしたので女性職員は扉に手をかけようとした。それを男性職員が止めた。

 予め、念のため仁美に暗示をかけてもらっていた男性職員に、扉に触れさせないように見張らせておいたのだった。


 少し離れたところで成り行きを見守っていた三人は成功を見届け安堵していた。

 扉に仕掛けた電極を外し、暗示で操った男性職員に鍵を開けさせて、中で意識を失っている影山を確認した。

 歩実は驚いたような、感心したような顔を晴香に向けた。


「すごい……成功したみたいだな」


 いつもの晴香なら自慢げな笑みを浮かべるかもしれない。

 でも大志を瀕死の重症に追い込んだ影山を前にして、晴香はその目に昏い殺意を浮かべていた。



 晴香は影山を殺すつもりだった。

 その手には鞄に忍ばせていた鈍く光る出刃包丁があった。

 ここでこいつを殺らないと、大志が生きていると知ったら必ず息の根を止めにやってくるに違いない。

 絶対にそれを許すわけにはいかなかった。

 縛り上げられた影山に晴香は近づき、無言で包丁を握り直した。


「待ってくれ」


 気を失ったままの影山を刺し殺そうとした晴香を歩実は止めた。

 殺してしまう前に仁美に協力してもらい、暗示でことの全貌を聞き出すためだった。

 影山の手足を拘束して柱に括り付けた状態にして、仁美は暗示で影山を目覚めさせた。


「う、ううう」


 影山の意識が戻り、仁美はすぐさま次の暗示をかけた。

 影山を暗示で覚醒させると、仁美はこれまで謎に包まれていた情報を引き出していった。

 まず最初に、何故マンションであのタイミングで火災が起こり、部屋から影山が消え、那岐が七階で焼死していたのかを聞き出した。

 あのマンションは教団の所有していたものだった。

 あらかじめ大志達のいた下の階に、洗脳済みの信者たちを配置し、ベランダにある非常用の縄梯子を使って、影山は助け出されていた。

 去り際に部屋に火を点け、さらに下の階に火をつけた後、大志達が避難したころ合いを見計らって、那岐をベランダから下の階に運んだ。

 そしてそこで影山は那岐に火傷を負わせ、能力を譲渡させた。

 その狡猾さと、非道さに顔をしかめながら、仁美はさらに影山から情報を引き出した。

 おおかたは那岐から聞いた情報や、晴香が調べ上げたものと一致していたが、影山は晴香たちが想像していなかった情報を持っていた。

 影山は市川から加速能力を奪うため、那岐を利用して計画を進めていた。

 だが影山は市川の脳波のモニターが、瞬間的に何度も反応していることに気付いた。

 普通ならそんな動きをしないはずのモニターに、影山はある仮説を立てた。

 おそらく市川はこの状態のまま何度も無意識に加速していると。

 ちょうど夢の中で現実のように怒りを覚えて、その度に加速しているのではないかと考えたのだった。

 そして影山は自分たちに今起こっていることと併せて考えた。

 影山を含め仁美、歩実は普通の生活が出来るくらいになっている。

 つまり時間異常をほぼ克服しており、現在は今まで貯めた時間の遅延の貯金で加速を行っている。

 それは市川も例外ではない。

 市川はこうなる前は時間異常を抱えていたが回復傾向にあった。

 無意識に加速を繰り返していたならば、その貯金も底を尽きかけているかもしれない。

 加速能力を奪ったとしても、継続して加速できなければ意味がないと影山は考えた。

 そしてまず、意識のない市川を覚醒させ、自らで加速できる力を奪い、今現在も時間異常を抱え遅延の貯金を貯め続けている大志から、加速できる時間を奪ってやろうと考えたのだった。

 すぐに大志を殺そうとしなかったのは、そういう理由があったからだった。

 そして影山はあのベランダで大志からかなりの貯めていた時間を奪ったのだと吐いた。

 また、影山はそれだけでなく、何故大志だけが、今も時間異常を抱え続けているのかを知っていた。

 19年前、影山たち五人が生まれた時、最初、新生児室には影山と黒川姉弟しかいなかった。

 市川と大志は少し早く生まれたせいで、一応新生児集中治療室にあるモニターで経過を観察されていたのだった。

 そして先に市川が新生児室に移され大志だけが残った。

 そして那岐の影響を受けてしまった胎児が亡くなって、やっと大志は新生児室へと戻されたのだった。

 そのため五人いた新生児のうち、大志が最も多く那岐の影響を受けた。

 そのことで大志は重い時間異常を抱え、反動で最も強力な加速能力を手に入れたのだった。

 その事実を聞いて、歩実は素朴な疑問を口にした。


「でも丸井くんの加速能力は市川のものと同じなんだろ? 理屈が合わないじゃないか」

「そうよね。おまけに自分では加速できないのはどういうことなのかしら」


 仁美も歩実と同様に疑問を口にした。

 晴香はその質問に以前教授と話し合ったことをそのまま伝えた。


「先輩はおそらく最も強力な加速能力を持っている。でもそれを解放するのに二重三重の安全装置を本能的に自分に課している。実は先輩自身が加速の引き金を引いていて、安全装置、つまり今は私が先輩の能力を解放する役目を担っていると考えられます」

「でも戸成さんが安全装置を外しても、市川と同じ能力なんだろ」

「これは推測の域を出ないことだけど、先輩はまだこの先の加速ができるのだと思う。そのリミッターを外してしまうと自然界の理を壊してしまう可能性すらある。最後の安全装置がなんなのかは分からないけれど、これだけ厳重に解放を引き留めている能力なら大変なものに違いない……」


 そして晴香は重い口調でこう言った。


「加速能力者の命に関わるような……」


 それから晴香たちは、影山から全て情報を聞き終えて影山に向き合った。

 晴香の決意は全く揺らいでいなかった。


「私がやります」


 晴香は出刃包丁を両手で握って影山に近づこうとした。


「待って、あなたが手を下したりしたら丸井くんが悲しむわ」

「でも、生かしておいたらきっと先輩を……」

「私が暗示をかける。加速能力を発動できなくさせるのは可能よ」

「でも他人の能力を奪う力は残るんでしょ。また先輩のことをこいつは付け狙うわ」


 晴香の決意は固く、仁美の制止も心に届いていない様だった。

 その時ぼそりと影山が口を開いた。


「そうか、丸井は生きているのか」

「ええ、生憎だったわね。あんたはここで死ぬけど」


 冷たい晴香の言葉に、身動きの取れない影山はフフフと不気味に嗤った。


「お前達だけ始末したらいいと思っていたが、あいつを生かしておくと後々厄介だな」

「身動きも取れないくせに何ほざいてんのよ」

「今はな。だがもうすぐ動けるさ」


 ドン!


 扉が勢いよく開けられた。

 そして部屋に男たちが大勢なだれ込んできた。

 手には前に目にした銃を持っている。

 歩実は衝撃波で侵入してきた奴らを吹き飛ばした。

 前にいた男たちはそのまま部屋の外まで吹き飛ばされた。

 そのまま歩実は後ろに控えている男たちに向かって衝撃波を放つ。


「ウッ!」


 その時、歩実の太ももに針のようなものが刺さった。

 手で簡単にそれは抜けたが、歩実は視界が狭くなっていくのを感じていた。


「麻酔銃だよ。動物用だからよく効くぜ」


 歩実はその後、二度衝撃波を放ってから前のめりに倒れた。


「そういうことだ。さっさと俺を殺しておくんだったな」


 影山はなだれ込んできた男たちにロープを解かせて、勝ち誇った顔で残った二人を見た。

 そして手下に晴香を捕えさせた。


「はなせ! はなせ!」


 抗う晴香を面白そうに眺めてから、影山は仁美に向かってこう言った。


「仁美、こいつらは人質に取らせてもらうよ。丸井にはそう伝えておけ。居場所を探すのも手間だからな。お前は弟を見捨てられない。そして、こいつが人質ならあいつは自分からやってくるだろう」

「卑怯者!」

「それはお互い様だろ。今日はおまえらに散々痛い目に遭わされた。今度は俺の番だ」


 影山は必死で抵抗しようとする晴香の頬に手を当てた。


「残念だったな。丸井が迎えに来るまで愉しませてもらおうか」

「誰が、あんたなんか」

「嫌がる女をいたぶるのは嫌いじゃない。丸井を殺してお前を俺のものにしてやるよ、いや、手も足も出ないあいつの前でお前を辱めてやる方がいいかな」

「このゲスやろう!」

「仁美、今は解体されて使われてない、あの教団施設で俺は待ってる。できるだけ早く来いってあいつに伝えておけ」


 そう言った影山に、仁美は本当の怪物を見たような気がした。

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