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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第三章 世界の理
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第12話 病院襲撃

 未だ大志の意識が戻らない中で、黒川仁美は弟の歩実と共に、また大志の様子を見に出かけようとしていた。


「どうしたの?」


 出掛ける準備をしている筈の歩実が、何か言いたげに仁美の顔色を窺っていた。


「あのさ姉さん、俺今日はやめとくよ」

「どうして? 丸井君が心配じゃないの?」

「それは心配だけどさ、ちょっと野暮用があって……」


 仁美は弟が何かを隠していることにすぐに気付いた。


「私に何か隠してるわね」

「いや、何もないって」


 仁美は時間を惜しんで、すぐに暗示を与えた。


「話しなさい」


 歩実はその一言で、掌を返したように話し始めた。


「姉さんが病院に行っている間に、戸成晴香と一緒に影山の入院先を襲撃する」

「そんな……どうしてそんな危険なことを」

「あいつを放っておいたら、またこちらに危害を及ぼす。それに丸井君が生きていると知られたら、必ず息の根を止めにくる」

「私に相談もなく? 二人だけでやるっていうの?」

「姉さんはきっと反対するだろ。戸成晴香はあいつを殺す気だ」

「殺すって、本気なの?」

「ああ、俺もそうだが、あいつは本気だ。すべての計画はあいつが立てた」

「分かった。案内しなさい」


 仁美は後悔していた。晴香はそこまで思い詰めていたのだ。

 殺人を犯してまでも愛する人を守り抜く。

 晴香の決意に仁美は胸が苦しくなった。

 そして仁美と歩実は影山の入院先へと向かったのだった。



 晴香は影山の退院する日を狙っていた。

 歩実と手を組んで影山を殺害しようと企てていたのだった。

 影山の入院している病院は都内の総合病院だった。

 待ち合わせた病院の敷地横にあるコンビニの駐車場に、歩実は仁美と共に現れた。

 晴香はあまり表情を変えずに仁美に会釈した。


「すまない。姉さんに暗示をかけられた」

「いいよ。多分そうなると思ってたし」


 晴香は淡々とした感じで計画の詳細の確認をし始めた。

 その様子に仁美の表情が曇る。


「どうしてもやるのね」

「はい。チャンスは今日しかありません」

「分かった。私も計画に参加するわ」

「じゃあ、仁美先輩は私たちが計画を実行中に、人を近づけないようにお願いします。あとは歩実君と私でやりますんで」

「分かったわ」


 そして晴香たちは計画の最終確認をしたのだった。



 影山の怪我は思った以上にひどかった。

 大志の投げたガラス片は影山の動脈をかすめていた。

 そのため輸血しながらの手術となり入院が長引いたのだった。

 影山は大志が死んだものだと確信していた。

 あの高さから落ちたら助かるまい。そう考えるのが妥当だった。

 あの後、影山も救急搬送されていたので、大志の生死はこれから確認しようと考えていた。

 予定通り退院の日を迎えた影山は、病室を出て六階からロビーまでのエレベーターに乗ろうとした。

 誰も付き添いがいないのは、黒川仁美の暗示を警戒していたのと、自分には加速能力があるという過信からだった。

 ボタンを押してエレベーターを待つ。

 すんなりと到着したエレベーターの扉が開いた瞬間に、影山は背後の壁まで吹き飛ばされていた。

 乗り込んでいた歩実が、扉が開いたタイミングですかさず衝撃波を浴びせたのだった。

 自分で加速できる影山でも引き金をすぐに引けるわけではない。

 市川の加速能力を奪った那岐から能力を受け継いだ影山は、怒りを引き金に加速していた。

 その特性を熟知していた晴香は、一瞬のタイムラグをついて先制攻撃を仕掛けたのだった。

 歩実の衝撃波をまともに食らった影山は、見事に壁まで吹き飛ばされ、そこでさらに、まるでドッキリのような感じで置いてあった二つのバケツをぶちまけた。

 酸素系と塩素系の家庭用洗剤の原液だった。

 予め晴香がバケツに移して密閉しておいたのだった。

 プラスティック製の二つのバケツは、強烈な臭いを発生させ、影山はその原液をどっぷり浴びた。

 衝撃音と混ざりあったガスの臭いに、ナースステーションから看護師が慌てて数名出て来た。

 加速しようとした影山は、叫びを聞きつけて出てきた看護師たちの前で加速するわけにいかず、思いとどまった。

 その間にエレベータは閉まって下の階に降りて行った。


「チッ」


 影山は異臭のする廊下でせき込みながら舌打ちした。

 気管の焼けるような痛みと、皮膚の痛みに、影山は看護師に助けを求めた。

 加速世界の中では周りのものは静止する。しかし加速世界に入った能力者は普通に時間が経過する。

 薬品による異常が体に起こった場合は、加速してしまうとその間も症状が進行して取り返しのつかないことになる。加速能力者に対しても有効な対策を晴香は講じてきたのだった。

 急いで治療をして貰う必要があったので、逃走した晴香たちを追えずに、影山はそのまま治療室に運ばれていった。



 ゲリラ的な襲撃を受けた影山だったが、病院内ということもあり、ほどなく治療を終えた。

 しかし衝撃波の全身打撲と皮膚と気管にダメージを受けた影山は、退院することができなくなった。

 影山は襲撃を恐れて部屋に鍵をかけて、ドアを開けるときは予め加速して開けるようにしていた。

 加速した状態で鍵を開けて、外にいる相手が医師か看護師であった場合にのみ鍵を開けて招き入れた。

 部屋の前に見張りを立たせておくべきだったが、仁美の暗示で寝返られる可能性があったのでそうしなかった。

 加速している状態の影山ならば、歩実や晴香に遅れを取ることはない。

 影山は自分の優位性を疑わず、今度現れたら返り討ちにしてやろうと構えていた。

 しかし晴香は再びゲリラ的な手法で影山に迫っていた。

 午後になり、窓から穏やかな日差しが射し込んでくる時間帯。

 影山がウトウトしかけていると、突然火災報知器が鳴りスプリンクラーが作動した。

 スプリンクラーは煙や熱源を感知し、階毎に作動する仕掛けだ。

 この病院はもともと教団の息のかかった施設で、影山は最上階の特別室に入院していたのが仇になった。

 この階の他の部屋には誰も入院しておらず、水を被ったのは看護師以外、影山だけだった。

 これもあいつの仕業に違いない。

 まるで子供がするような嫌がらせみたいだと影山は呆れていたが、この仕掛けは始まりに過ぎなかった。

 火災を検知した職員が駆け付けたみたいで、聞きなれた女性職員の声でドアを開けて下さいと声がした。

 影山はいつも通り加速してから一度外を確認しようと手を伸ばした。

 加速している状態なら自分は無敵であるという驕りが油断に繋がった。

 影山は鍵に触れた瞬間、体を貫くような衝撃を受けた。

 全身ずぶ濡れだった影山は意識が遠のくのを感じながら、何が起こったのかを朧げに感じとった。


 やられた。


 そのまま意識が遠のいて影山の加速は解け、水浸しの床にうつぶせで倒れこんだのだった。

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