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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第三章 世界の理
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第10話 大切な存在

 炎の立ち上るマンションを晴香たち四人は心配そうに見上げていた。

 今のところ燃えているのは七階と八階だけだった。

 つまり出火したのは大志達のいた八階の下の階ということになる。

 不自然な火事が不自然なタイミングで起っている。それがどういう事なのかはまだ分からない。

 再び炎の中に向かって行った大志が目視できるわけでは無いが、晴香は目を凝らしてその姿を探していた。

 消防のサイレンが遠くで鳴っている。

 しばらくしたら消化活動が始まるだろう。

 黒煙が上がる空に星空は隠されてしまって、遠くまで火事を知らせる狼煙のようになっていた。

 いつの間にか大勢の野次馬が集まりだしてきていた。

 そして晴香は黒煙の立ち上るマンションのベランダに、大志の姿を見たような気がした。

 晴香は駆けだした。


「どうしたの晴香ちゃん」


 幸枝の声に振り返りもせず、晴香はベランダを見上げながら走った。

 そしてベランダのその姿は、手すりを超えてふわりと落下した。

 晴香は何が起こったのか一瞬で判断した。

 そして声の限りに叫んだ。


「加速して!」


 大きな音がした。

 晴香は必死で大志が落下したであろう場所まで走った。

 植込みの陰に横たわる人影が見えた。


「先輩!」


 叫びながら、晴香はぐったりと横たわる大志に駆け寄った。


「先輩! 先輩! お願い返事して!」


 晴香の呼びかけに応えはなかった。

 サイレンの音と少女の叫びが黒煙でくすんだ空に響き渡った。



 集中治療室の前の長椅子で、晴香は祈るように額の前で手を合わせ、じっとうつむいていた。

 仁美も歩実も、そして幸枝も黙ったまま祈るように目を閉じていた。

 大志は影山との戦いに敗れ、七階から地上に落とされた。

 救急車ですぐに搬送された大志は、慌ただしく集中治療室に運ばれていった。

 その安否も分からないまま、四人はただ待ち続けていた。



 世界は驚きに溢れている。

 私は彼と出会ってからずっとそう感じていた。

 転勤の多かった母について中学の時は二回も転校をした。

 転校先の二つの中学ではあまり誰とも馴染めず、一匹オオカミを決め込んでいた。

 母親のように自立した女になるんだ。私はそう決めていた。

 周りでチャラチャラしているクラスメートたちを心の中で見下しながら、どこかで心を許せる誰かを求めていた。

 そして高校に入ってそんな存在と出会った。

 丸井大志。球技大会で特大ホームランを打った特ダネのネタだった。

 特大ホームランを打ったというからどんな奴かと思ったら、普通以下のパッとしない奴だった。

 身長180センチちょいのごつい体に、顔はちょっと童顔でおとなしめ。

 やたらときっちりした性格で、インタビューの受け答えはつまらないもいいとこ。

 馬鹿、のろまと陰口を叩かれ、それでも彼はいつもフウフウ言いながら前に進み続けていた。

 そんな普通以下の彼は、誰も持っていないような特別な能力を持っていた。

 そのことをまるでちょっとした手品ができるくらいに彼は捉え、自分の力が偉大なものであることを特に感じてもいなかった。

 ただの普通の一生懸命な高校生。それが彼だった。

 一匹オオカミを気取って先輩たちから馬鹿にされていた自分を、初めて認めてくれたのが彼だった。

 ダイヤモンドの原石かもと、馬鹿にする先輩に言ってくれた。

 きっとその時からだ。

 私はあの人を好きになっていった。

 それからは夢のようだった。

 二人で加速の謎に挑み、たくさんの時間を一緒に過ごした。

 忘れられない初ボート。しょっちゅう立ち寄ったたこ焼き屋。勝手に使った部室。

 彼の作ってくれたたこ焼きは、ソースが甘口で結構美味しかった。

 そして今も活動中の加総研。

 私のわがままに付き合って、受験も控えてるのにしぶしぶ新入部員になってくれた。

 彼と私は多くの困難を乗り越え、一緒に同じ景色を見て来た。

 そしてこんな私を好きだと言ってくれた。

 叶わない恋だとずっと思っていた。

 ただ嬉しかった。

 ただ大好きだった。

 あなたがいなくなってしまったら私は……。


 晴香は優しい思い出の中から戻って来た。

 いつの間にかウトウトしていたみたいだ。

 また頬が涙で濡れていた。

 晴香は袖で濡れた頬を拭って、手術中の表示を見上げた。

 そしてその表示の明かりが唐突に消えた。

 晴香は緊張で顔を強張らせながら、長椅子から腰を上げた。

 幸枝たちも同じように腰を上げて、扉が開くのを待つ。


「おねがい……」


 晴香は唇を固く結んでその時を待った。

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