第9話 死闘、炎の中で
まだ燃え続ける部屋で二人の加速能力者が対峙していた。
大志は影山に怒りの目を向けながら口を開いた。
「能力を奪って、那岐を殺したな」
影山は冷笑を浮かべつつ、大志の質問に答えた。
「それは違うな。あいつは俺に喜んで能力をくれたよ」
「洗脳してだろ」
「そうさ。あいつはそれが正しいことだと信じていたよ。そうすればあいつの養父がずっと元気でいられると信じてな」
「どういうことだ?」
「洗脳の基本さ。那岐には養父が重い病にかかっていると思い込ませておいた。焼け死んでいくあいつに俺に力を譲渡すれば父親を助けてもらえると思い込ませたのさ。あいつは涙を流して父さんを頼むと俺に言ったよ」
「なんて、卑劣な奴だ……」
「あいつは役目を十分に果たしてくれた。感謝してもしきれないよ」
影山は大志の前で初めて声を上げた笑った。
悪魔というものが存在するなら、きっとこの目の前の怪物がそうなのだろう。大志は口元を吊り上げて笑う影山を見てそう思った。
「ここで決着を付けようじゃないか。まあお前には勝ち目はないけどな」
影山は冷たい笑みを浮かべたままそう言った。
「ああ。決着を付けよう。お前だけは絶対に許さない」
大志は開いた掃き出しの窓を背にして構えた。
加速世界では炎や熱の影響を殆ど受けない。しかし吸い込む空気が希薄になれば酸素不足で気を失う。
幸い風が窓から吹き込んでいる。加速世界では風を感じられないが、炎の形を見てそう判断できた。
この場所では大志の方が息をしやすく有利だった。
影山は一気に間合いを詰めて突進してきた。
大志はそのスピードに一瞬遅れた。
那岐と闘ったときと同じだった。
影山は那岐の所持していた能力をすべて受け継いでいるのだと、大志はその身で感じた。
速いパンチが容赦なく大志を襲う。
大志のガードする腕に重いパンチが撃ち込まれる。
顔を庇いながら、ベランダの方にジリジリと大志は下がって行った。
それにしても何て重いパンチなんだ。
大志はガードの上からでも骨に響いてくるパンチに痛みを覚えながら疑問を感じていた。
「丸井。俺はあの教授の本を全て読んで理解しているんだ」
攻撃の手を止めて影山は少し間合いを取った。
「お前の尊敬しているあの教授の本は素晴らしかったよ。お互いが加速している場合は、単純に強者が有利だ。そして武器は単純なものでなければ加速世界では意味がない」
那岐は拳を開いて掌に握っていた石を床に落とした。
「原始的なやりかたさ。これだけで打撃の重さを上げることができる。そしてこういう物も有効な武器だ」
影山は腰に差してあった物を手に取った。
「特殊警棒。ガードマンとかが装備している金属製の棒だよ」
影山は警棒を振り上げた。
咄嗟に頭をかばった大志の腕がおかしな音を立てた。
「ぐうう」
あまりの痛みに大志の動きが止まった。
そして立て続けに脇腹に激痛が走った。
その場でのたうち回りたいほどの痛みに耐えて、大志は必死で警棒の届かない所まで間合いを取った。
空気を切り裂くような音が、間一髪で大志の鼻面をかすめた。
脇腹と腕の激痛に耐えながら大志は武器になるものを探した。
その間にも影山は警棒を大志に振り下ろす。
跳び退いてそれをかわした大志は、ベランダに飛び散っていたガラス片に気付き、跳びついて手に取った。
手を傷つけるのにも構わず鷲掴みにすると、そのまま、警棒を振り上げた影山に向かって投げつけた。
「うっ」
短い叫びを上げて影山の動きが止まった。
大志の投げたガラス片は影山の首に突き立っていた。
すぐに刺さったガラス片を抜いた影山は、片手で首を押さえながら、大志に向かってまた一歩踏み出した。
大志は起きあがって影山と向かい合った。
影山の首から流れる血は、着ている白い服の襟元から胸にかけてどす黒く広がっていた。
大志は影山の動きが鈍くなっているのを感じ取り、突進した。
警棒を振り上げた腕の下に体を入れて、顎を掌底で突き上げた。
側面に入り、伸びきった腕をそのまま肘極めで締め上げる。
影山の手から警棒が放れた。
そのまま締め上げようとした大志だったが、脇腹の痛みと腕の痛みで力が十分に入らず、影山は大志の関節技から抜け出した。
そして影山は大志をベランダの手すりまで押し込むと、そのまま首に腕を押し込んで、大志の目を覗き込んだ。
「お前には貰いたいものがある」
影山は大志の全てを覗き見るように目を見開いた。
大志は自分の中の何かが影山に奪われていくのを感じた。
苦痛と苦しさをこらえて大志は影山の喉に手刀を打ち込んだ。
「があああ!」
影山は叫び声を上げた。
その目は怒りに吊り上がってる。
「もういい、今すぐ始末してやる」
影山の両手が大志の首にかかった。
必死に抗おうとする大志の意識が少しずつ混濁していく。
ベランダから体をのけぞらせた大志の目に暗い空が見えた。
意識が途切れかけた時に影山の声が聴こえて来た。
「じゃあな、できそこない」
キーンという細く鋭い音が遠のいていく。
大志は自分の加速が解けたことを感じていた。




