第8話 怪物の誕生
大志の運転する車は影山のマンションに到着した。
ほんの三十分ほどの運転でも、ペーパードライバーの大志には相当緊張する道中だった。
到着してすぐ、大志は晴香に引き金を引いてもらい、影山と那岐をマンションの部屋に運んだ。
まずやるべきことは、仁美の暗示で那岐の略奪の能力を封じることだった。
影山を別の部屋に閉じ込めた後、仁美は暗示をかけるため、眠らせておいた那岐を一度覚醒させた。
そして暗示で那岐の力を封じ込めようと仁美は試した。
しかし、その結果、那岐の能力を封じることはできなかった。
「暗示にはかかるけれども、能力事態を発動させないようにするのは出来ないみたい」
「影山の能力を封じたみたいには無理ってことだね」
大志は仁美の能力でも無理だと聞かされて落胆してしまった。
「加速能力は引き金さえコントロールできれば、発動できなくさせることができた。でも元々この特殊能力を持っているこの男には通じないみたい」
そしてその後、仁美は那岐の持っている情報を暗示によって聞き出すことに成功した。
それは那岐と影山の関係についてのことだった。
那岐は最初に影山と接触した後、刺された脇腹の怪我のせいで数週間静養していた。
そこに影山は現れた。
そして、自分以外の能力者の情報を提供するから、そいつらから能力を奪ったらいいと持ち掛けてきたのだった。
そして最初に標的にされたのは黒川仁美だった。
那岐は恐らく異性からは力を奪えないだろうと思いながらも、暗示という強力な能力に魅力を感じ、仁美に接近した。
そして、駆け付けた歩実に返り討ちにあい、しばらく動けないほどの大怪我を負わされた。
そして入院中の那岐のもとに影山は足しげく通った。
恐らくこの時に那岐は影山によって洗脳を受けた。
本人は気付いていないが、那岐は入院中に影山の言葉に従う操り人形に変えられてしまったのだろう。
那岐の口調には影山に対する信頼や、尊敬みたいなものが含まれていた。
感情や思想を影山がコントロールしていたことは、これで実証された。
あとは影山の言うとおりに動いただけだった。
那岐は一度も大学には現れていなかった。
加総研を襲撃させたのは影山で、那岐の関係者を使って、大志達に那岐が近くにいるのだと錯覚させたのに違いなかった。
実際は那岐はそのとき、退院して自宅で影山の指示を待っていた。
そして市川という男を襲撃しろと指示されたのだった。
そして能力を奪って、丸井大志という男を拘束しろと命令されていた。
そして大志に敗れた那岐は逃げおおせた後、しばらく加速能力をやりたいように使った。
そして那岐の養父の家に罠を仕掛けた影山から、今度こそ丸井大志を拘束しろと命令されていた。
取り敢えず那岐から引き出せる情報を聞き終えて、事の真相をある程度把握した大志達は、影山の執念深い計略にあらためて感心していた。
大志はあのまま影山の計画に乗ってしまっていたらと身震いした。
「結局、影山が仕組んだ計画は、最後の最後で戸成に覆されていたってことだな」
「現場で鍛え上げた私に盾突こうなんて百年早いっての」
晴香は勝ち誇ったような顔でニヤリと笑った。
影山の策略で二度も加速出来ないよう工作されていたにも拘わらず、晴香は持ち前の突破力で、そのどちらも覆して見せた。
天才を自称している影山のプライドはズタズタに違いないだろう。
大志は影山の天敵は晴香だと言っても過言ではないと思った。
「しかし、これから那岐をどうするか、それが問題だな」
「そうよね。暗示が効かないから解放も出来ないし」
仁美と大志は悩んでいたが、歩実と晴香はその点はっきりしていた。
「このまま海にでも沈めちゃおうよ」
「そうだよ。人も殺してるんだぜ。生かしとく価値のない奴だ」
幸枝は殺人に賛成の二人を見て渋い顔をしている。
「警察に突き出したいけれど、加速して犯罪を犯したこいつには証拠が何もない。どうしたものか」
大志は悩んだ末に那岐の事を一旦保留しようと提案した。
「こいつのことはまたあとで話し合おう。先に黒川さんに暗示をかけてもらって影山から色々聞きだそう。こいつの能力を封じ込める何かを知っているかもしれない」
「そうね。丸井君の言うとおりだわ」
仁美も賛成し、大志達は今度は影山のいる部屋へと向かった。
「なんだ? 焦げ臭くないか?」
歩実が真っ先におかしな匂いに気が付いた。
臭いは影山のいる部屋からだった。
「部屋の中が燃えてるみたいだ!」
大志は慌ててドアノブに手をかけた。
「あちっ!」
ドアノブは焼けるように熱かった。慌てて手を放した大志を押しのけて歩実が前に出る。
「下がってろ」
そう言って歩実は衝撃波でドアを吹き飛ばした。
「大変!」
部屋の中で炎があがっているのを見て仁美が叫び声をあげた。
「影山は?」
大志は炎の中に影山を探したがどこにも姿が見当たらなかった。
歩実は影山を探そうとする大志を引き留めた。
「あんな奴ほっとけ。それより火の勢いが強い。俺たちも逃げないと」
「どうなってるんだ、スプリンクラーが作動するはずじゃあ……」
あっという間に黒い煙が部屋の中に充満してきた。
「とりあえずみんなを避難させる。戸成頼む」
「加速して!」
ゴトリと頭の中で音がして大志は加速世界に入った。
加速世界の中ではたとえ高温であっても、加速している者に伝わりにくい。
熱の伝わる速さが加速している者に追いつけないからだ。
大志はベランダに出てマンションがどうなっているのかを確認した。
そして出火しているのが今いる真下の階であることに気が付いた。
「このタイミングで火事が起こったということは、影山が予め何かを仕掛けていたということか」
下の階にかなり火が回っているのを確認して、大志はまず晴香たちを避難させるために行動を起こした。
二人ずつ抱えて、マンションの下まで運ぶ。
炎の中をくぐったが特に熱さも感じず、四人を無事に運び終えた。
「ええっ!」
さっきまで炎と煙に取り囲まれていたのに、マンションの下の芝生の上にいることに四人とも驚きの声を上げた。
「大ちゃんありがとう。やっぱりすごいね」
幸枝が持っていたハンカチで煤で汚れた大志の顔を拭いてくれた。
晴香はプッと膨れて、自分もハンカチを出して大志の顔をゴシゴシやり始めた。
「イタイイタイ。ちょっと加減してくれよ」
「なによ。拭いてやってんのにも文句言わないでよ」
「それより戸成、もう一度頼む」
「え? 突入するの?」
「ああ、誰か助けないといけない人がいるかも知れない。あと影山と那岐を探さないと」
「それは放っててもいいかもだけど、分かったわ。加速して!」
大志の頭の中でまたゴトリと音がした。
加速世界に入った大志は那岐と影山を探した。
しかし二人は大志のいた階には見当たらなかった。
そして、逃げ遅れた人がいないか大志は火の手が上がっている階を見て回った。だが奇妙なことにその階には誰かが住んでいた痕跡がなかった。
つまり人間や家具が燃えた後がなく、その階全体が空き家だった。
恐らく誰かが灯油などをまいて、火をつけたに違いなかった。
収穫の無かった火の手の上がった階から、大志が戻ろうとした時だった。
まだ炎がくすぶっている部屋の隅に、煤で真っ黒になったような塊に気付いた。
大志は恐る恐るその煤の塊に近づいた。
「那岐……」
それは無残に焼け焦げた那岐の姿だった。
那岐はどういうわけか、一つ下の階の部屋で焼死していた。
言葉なく膝をついていた大志は、不意に背後に人の気配を感じた。
そして大志はゆっくりと振り返った。
そこには燃え盛る炎の中、平然と立っている男がいた。
大志は苦々しくその男の名を呟いた。
「影山、貴様……」
そこには大志と同じ加速世界に立つ、影山の姿があった。




