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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第三章 世界の理
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第6話 真実の姿

 大志の前には絶体絶命の晴香がいて、影山のナイフはその柔らかそうな首に軽く当てられていた。

 切れ味の鋭いナイフではないみたいだ、赤くはなっているが出血は今のところしていなさそうだった。

 そして大志の傍らには、スッと立ち上がった那岐がいた。


「この間はやってくれたな」


 肩に手を置いてきたのを大志は払い除けた。

 那岐はチッと舌打ちをする。


「お前のせいで俺はしばらくまともに歩けなかったんだ。礼をさせてもらうよ」


 那岐はいきなり大志の腹に拳を叩き込んだ。

 大志はグッと呻いて体を九の字に折り曲げた。

 影山は那岐の行動を冷たい口調で制した。


「おい、遊んでる時間はないんだ。さっさとやれ」

「まあ急ぎなさんなって。しかし愉快だねえ。あんたの計画に馬鹿みたいに引っ掛かったな」

「ああ、こいつらはしょせんその程度さ。俺の手の上で踊らされていたのにも気付かなかった」


 冷笑を浮かべる影山を歩実は口惜しげに睨みつける。


「おまえ、最初から俺たちを騙す気だったんだな」

「そうだよ。那岐はお前たちに復讐するには丁度いい男でね。そしてこの男はより強い能力を求めていた。まあ利害が一致したというわけさ」

「それで俺たちを嵌めたのか」

「まあ、そんな単純なものじゃないが、ここで言う必要もないだろう。お前たちにはここで死んでもらう。いや、違った。歩実君にはここで死んでもらう。丸井は使い道があるからもう少しだけ生かしてやろう。それであとは女二人だが……」


 影山は仁美の全身を舐めるように見た。


「前に俺をつるし上げたうえ辱めてくれたよな。お前たちもとことん辱めてやることにするよ」

「そうか、俺も混ぜてくれよ。そこの別嬪さんには借りがあるからな」


 そして那岐は下衆な顔を皆の前に晒してニヤついた。


「そこの女は誰だか知らないが、あとで頂こう。しかしこの間、病院に気の強い女がいただろ、ああいうのも結構好みだったんだけどな」

「何を言ってるんだ……」


 影山の顔色が一変した。

 その時、影山の背後の暗がりから気合の入った掛け声が聴こえて来た。


「そりゃー!」

「ギャー!」


 ナイフを手からこぼして、影山は股間を両手で押さえて前のめりに倒れこんだ。


「そ、そういうことか……」


 そう小さく呟いて影山はそのまま悶絶した。

 暗がりの廊下から晴香の脇を抜けて飛び出して来たのは、もう一人の晴香だった。


「戸成!」

「加速して!」


 ゴトリ。頭の中で歯車がかみ合ったような音がした。

 キーンという耳鳴りが響く。

 大志は加速世界の中に入った。

 那岐も同時に加速世界に入ったのだろう。

 静止した空間の中で大志と那岐だけが動けていた。


「くそ、どうなってるんだ」

「お前に説明する義理はないよ」


 大志は仕掛けた。狭い部屋で間合いの近くにいたため、組み付くのは容易だった。

 那岐は大志の組んだ腕を逆に極めようとする。

 ひじの関節を極められそうになり。大志は咄嗟に腕を引いた。

 那岐は腕を折りたたんで肘打ちを大志のガードの上から叩き込む。

 大志は痛みをこらえて那岐をそのまま押し込んだ。

 那岐は大志の押し込む力を逸らして回り込む。

 今度は正確なジャブとストレートを打ち込んできた。

 大志は顔面をかばうのが精いっぱいの状態で、じりじりと退きながらパンチを受ける。

 多くの格闘技を身につけているであろう那岐には、普通に戦っているだけでは勝てない。

 大志はパンチを受けつつ、必死で突破口を探していた。

 そして押し込まれて下がった時に、低いテーブルの角が大志の膝裏に当たった。

 その瞬間、那岐は一旦手を止めた。


 チラと目をやって、大志は那岐のおかしな動きの理由を理解した。


 そうか。そういうことか。


 那岐は鍋の熱湯が養父にかかるのを恐れたのだ。

 恐らく那岐はこの加速世界の法則をまだ理解できていない。

 大志はそのままテーブルの上に飛び乗った。

 そしておもむろに水炊きの入った鍋を掴むと、那岐に向かって投げつけた。

 那岐は目を大きく見開いて咄嗟に顔をかばった。


 今だ。


 大志はそのまま突進した。

 那岐は間違いなく、熱湯を浴びるとうろたえている。

 しかし鍋の中の具材も、煮えたぎっている筈の熱湯も、鍋の中に納まったままだった。加速世界の中では液体は個体に近い状態になる。

 そして加速世界の中では熱は伝わりづらい。

 それは加速している者に熱伝導が追いつかないからだ。

 大志はそのまま、うろたえている那岐の懐に入り、投げを打った。

 綺麗な背負い投げが極まって、那岐はグウと大きく息を吐いた後、ふらふらと立ち上がった。

 大志は今度は一本背負いを仕掛けて、那岐を後頭部から畳の上に叩きつけた。

 仰向けに倒れこんだ那岐は、そのまま白目を剥いた。

 そして那岐の体はスッと軽くなり、静止画のように動かなくなった。

 加速が解けたのだった。

 大志はそのまま用意してあったロープで那岐をぐるぐる巻きにした。

 当然影山も同じようにしてやった。

 そして地味な作業だが、荒らしてしまった部屋を丁寧にできる限り大志は片付けたのだった。



 加速が解けると晴香が飛び込んできた。


「えっと、戸成だよね?」

「そうだよ。何言ってんのよ」


 仁美は一瞬でぐるぐる巻きになってしまった二人に驚いた後、晴香に声を掛けた。


「見た感じじゃ分からないんだよ」

「あそうか。そうでしたね」


 大志に抱き着いている晴香のその後ろには、もう一人の晴香がいた。

 実は大志はもう理解していた。

 もう一人の晴香の正体を。


「もう丸井君は気付いてたみたいだね」

「うん。黒川さん。さっき外で手を繋いだ時に気付いたんだ」


 大志は嬉しそうに、もう一人の晴香に向かって目を細めた。


「久しぶりだね。ゆきちゃん」

「そうだね。大ちゃん久しぶり」


 晴香の声とは違う懐かしい声が聴こえて来た。


「今、暗示を解くね」


 そして仁美は暗示を解いた。

 今まで戸成晴香だと思い込まされていたもう一人の晴香は、一瞬で本当の姿に戻った。

 それはあの懐かしい、優しい幼馴染だった。

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