第5話 計画の行方
影山の携帯に着信があったのは、夜八時を過ぎた辺りだった。
暗示をかけていた那岐の養父からだった。
網にかかった那岐を拘束するため、すぐに大志達は養父の家に直行した。
影山の運転中、大志は助手席でこれからしなければならないことを、何度も頭に思い描いていた。
もしお互いに加速した状態になれば、様々な能力を身につけている那岐に分がある。
そうならないことを願う以外、今の大志にはできなかった。
那岐の養父、片岡修一は築三十年くらいの一軒家に住んでいた。
それほど大きな家ではないが、都心の静かな住宅地に家を構えていた。
家から少し離れたところに車を止めると、影山は車に乗ったまま、これからの手順をもう一度確認した。
現在那岐空也は、夕食時に養父の盛った睡眠薬で眠っている筈だった。
恐らくまだ一時間くらいは眠っているであろう。
影山は家の付近で、誰かが訪ねて来た時などに備えて周囲を見張っておく。
仁美の暗示で鍵は開けさせてある状態なので、正面玄関から、まず仁美と歩実が家に入る。
仁美は家の中にいる養父に、更なる暗示をかけて大人しくさせる。もしも誰か他の者がいた場合に備えて、歩実がサポート役として付きそう。
那岐を確認できた時点で、大志は加速して那岐を拘束し、車に乗せる。
本当ならば今の時点で加速しても良いのだが、那岐は大志を警戒して予め何か仕掛けてるかもしれない。
それを警戒して先に歩実に調べさせるという段取りだった。
不審な点がなければ、大志と晴香は家に入って、そのまま加速する。
もし先に入った歩実たちに何かあれば、その時点で大志が加速する。
切り札である大志を守るのと、最も強力な大志の加速能力を有効に使うのとを考えた策だった。
「じゃあ行ってくる」
緊張した顔で、歩実は玄関のガラス戸に手をかけた。
予定通り鍵は開いていた。
ガラと音を立てながらガラス戸は開いた。
歩実と仁美の背中をハラハラした心持ちで眺めながら、大志は傍にいる晴香に声を掛けた。
「いよいよだな」
「うん……」
晴香の表情が硬い。相当緊張しているように見えた。
「大丈夫だ。俺から離れるな」
「うん」
大志自身も相当緊張していたが、晴香の緊張を解すため大志は精一杯男らしい所を見せた。
そして大志は晴香の手をそっと握ったのだった。
歩実と仁美は薄暗い玄関からそっと家の中に入った。
廊下の左手の部屋の襖から明かりが漏れている。
歩実は警戒しながらそっと足音を忍ばせて部屋の前まで来た。
歩実の後ろには仁美が息をひそめて付いて来ている。
僅かに空いた襖の間から、中の様子がわずかに見える。
蛍光灯の冷たい明かりと、鍋物の匂い。
それだけなら、ごく普通の家庭の夕食時だった。
歩実は部屋の中に、こちらに背を向けて眠っている男を確認した。
歩実は振り返り、仁美に目で合図を送る。
仁美は前に出てそっと襖を開けた。
正面にいた養父は驚いた顔を見せたが、すぐに仁美が暗示を与えた。
「落ち着いてください。何も心配ありません」
その言葉通り、養父は何事もなかったかのようにまた酒を飲み始めた。
そして仁美は養父の傍に行き、眠るよう暗示を与えた。
養父はそのまま座椅子の背もたれに、もたれかかるようにして眠りに落ちた。
「やっぱりすごいな。姉さんは」
「いいから、那岐を調べて。私はこの部屋に何か仕掛けられていないか調べるわ」
そして確認をした後、仁美は大志達を携帯で呼んだ。
「上手くいったみたいだね」
大志がまず部屋に現れ、そして晴香が後に続いて入って来た。
大志はしゃがみこんで那岐の様子を確認した。
眠りこけている那岐に大志は安堵の表情を見せた。
「じゃあ、加速してこいつを縛り上げるよ。戸成頼む」
後ろについてきた晴香を振り返った時だった。
しゃがんだ状態だった大志の目が大きく見開かれた。
晴香の口は塞がれていた。
その背後には影山がいて、左手で晴香の口を塞ぎ、もう片方の手で喉元に鈍い光を反射するナイフの先端を押し当てていた。
「おまえ、なにしてるんだ……」
怒りを押し殺して大志は影山を睨みつけた。
影山は口元に冷たい笑みを浮かべて、大志を見下ろしていた。
歩実は間合いを探りながら、影山に衝撃波を撃とうと回り込む。
「おっと。歩実君、君の衝撃波で彼女を殺す気かね?」
影山は余裕すら感じさせる口調で晴香を盾にした。
「おい、もう芝居はいい。さあ、こいつらに挨拶してやれ」
影山は倒れこんだままの那岐にそう声を掛けた。
「やっと出番か。本当に眠くなってきたところだった」
「お前ら、グルだったのか……」
大志の怒りを含んだ悔し気な声に、影山と那岐はニタリと冷笑を浮かべた。




