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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第4話 復活、加総研

 篠田教授の行動は迅速だった。

 新部登録用紙を提出して三日後、加速総合研究調査部、略称、加総研は新しい部室で立ちあがっていた。


「ね。計画どおりだったでしょ」


 ちょっと可愛い無邪気な笑顔を見せながら、晴香はあの雑貨屋で買ったへんてこな絵柄のマグカップでインスタントコーヒーを味わっていた。

 大志もテーブルを挟んで、一緒に買わされた色違いのマグカップでコーヒーを苦い顔で飲んでいた。


「上手くいったけど、なんだか良心が痛むな。こんなちゃんとした部室までもらっちゃったし」

「何言ってんの? これは教授の悲願でもあり、私達の悲願でもあるの。つまりはウインウインなわけよ」


 確かに晴香の言うとおりだった。しかし何なんだこの後ろめたさは。


「まあ、仕方ない。でも教授には俺が加速できる事話せないだろ。なんだか騙してるみたいで嫌だなあ」

「それでいいのよ。夢は夢のままだから夢って言うのよ。現実にいるって知らない方が楽しいわけよ」

「おまえのご都合主義に振り回されて教授も気の毒だよ。あんまし教授を手玉に取るんじゃないぞ」


 大志は晴香を窘めながら、また一口コーヒー飲む。

 なかなか日当たりが良い快適な部室だ。

 あのワンダーフォーゲル部と同じ広さの部室に晴香と二人だけなので、何だかガランとしていた。

 まあ、きっとそのうちに、晴香が気に入ったものをちょこちょこ持ち込んで、何となく快適な部屋になるのだろう。


「なあ、新入部員が来たらどうするんだ?」

「決まってるじゃない。勿論追い返すのよ」


 そう言うだろうと予想していたが、やっぱり晴香は他の部員を入れる気は無さそうだった。


「なあ、戸成、前はゆきちゃんがいたから何となく三人で上手くやれてたけど、流石に二人ってのはマズくないか?」

「え? どうして? 誰かいたら加速研究に邪魔じゃない」

「そうかも知れないけど、ほら、あれだよ。俺とお前は仮にもあれだしさ」

「あれって?」

「いや、その、付き合ってる……わけだし、二人で密室ってさ……」


 そう言われて晴香はポッと紅くなった。


「やだ。先輩そんなこと考えてたんだ。エッチ」

「いや、そうゆうんじゃなくって、教授も俺たちをそんな感じで見ちゃうわけだろ」

「だって実際そうなんだからいいじゃない」

「いや、だからさ……」


 向かい合わせだった晴香が席を立ち、口ごもる大志の隣に来て座った。

 そして大志にそっと寄り添う。


「と、戸成……」

「私は先輩がそうしたいんなら、構わないよ……」


 頬を紅く染めて晴香は大志を見上げる。

 大志の心臓は音が聞こえるんじゃないかというぐらい高鳴った。

 柔らかそうな唇がすぐ近くにある。

 大志はもう晴香から目を離せなくなっていた。

 そして晴香は大志を見上げたまま眼をつぶった。

 大志の顔がゆっくりと晴香に近づいてゆく。

 その時だった。


 トントン。


 ノックの音。


 大志と晴香は文字通り飛び上がった。

 二人とも勢いよく席から立ちあがると、パッと離れた。


「あのー」


 ちょっとだけ戸を開けて、訪問者は中の様子を窺っている。

 どうやら女の子みたいだ。


「加総研ってここで合ってますか?」


 まさかの加総研目当ての訪問に、大志と晴香はまたまた驚嘆した。


「あ、はい。そうですけど」

「失礼します」


 入ってきたのは、見た目大人しそうな銀縁眼鏡の女の子。

 そこそこ長い黒髪を三つ編みにしている。

 中学生くらいまでならまだしも、大学生では滅多にいない髪型だった。

 ちょっと猫背気味な感じが、自分に対する自信の無さを表しているみたいだった。


「見学に来ました」


 何となく暗い感じでそう言うと、女の子はぺこりと頭を下げた。


「えっと、まだ新入部員、募集してないんですけど」


 晴香はあくまでも誰も入部させるつもりは無いようで、早速この訪問者を門前払いしようとした。


「え? 掲示板の新入部員募集を見て来たんですけど」


 勿論、大志も晴香も掲示板に張り紙などしていない。

 新部設立に大喜びの教授が独り歩きしているのだと推測できた。

 そうなると追い払う事が難しくなった。


「えーと、つまり加総研に興味があるんですよね」

「ええ、まあ、少しは」


 おさげの女の子は、そんなに興味を持っているわけではないと言いたげな返事を返す。

 つまりは冷やかしにフラリと立ち寄った程度なのだろう。


「まあ、うちはまだ立ち上がったばかりで、まだ活動も何もしてないんですよ。あしからず」

「はあ。そうなんですか」


 あしらうような晴香の対応に出て行くわけでもなく、おさげの女の子はつっ立ったままそこを動こうとしない。


「あの、まだ何か?」

「私、オカ研に入りたかったんです」

「は?」


 応対していた晴香も、傍観していただけの大志もおかしな事を話し始めた珍客に注目した。


「この大学、オカルト研究会があったんです。なのに部長の卒業であっさり廃部になったって知って、もうどうしていいのか分からなくって」


 何だか込み入った身の上話が始まった。


「私、高校の時に超常現象研究同好会に入ってたんです。ここのオカ研なら私と同じ志を持った仲間がいて、友達もできるかなって楽しみにしてたんです。そのために受験勉強も頑張って、九州からこっちへ来たのに……」


 なかなかディープで激しい動機だった。そして、それって初対面の相手にする話ではないだろと二人とも思っていた。


「そんな絶望のさなか、あの掲示板でここの事を知ったんです。理工学部の篠田教授が提唱する怪しげな加速理論を研究する部だって」

「いや、まあそうなんだけど」

「私、ビビーッと来たんです。専門的みたいだけど、オカ研と同じだって。そしてお二人からはオカ研と同じ匂いを感じたわけですよ」

「同じ匂いって……」


 加総研を立ち上げて早々に、いきなり怪しげなのが飛び込んできた。

 やや猫背の銀縁眼鏡の奥には、言いようのないオカルト好奇心が静かな眼光を放っており、その不気味な光に大志と晴香はゾクゾクと戦慄を覚えたのだった。

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