第14話 底知れぬ不安
捕まえた男は那岐ではなかった。
男が那岐に加担しているのは間違いない。
しかし何故この男が那岐に手を貸しているのかが理解できず、男の持っている情報を探るために、仁美に能力で探りを入れてもらった。
仁美の暗示で男の素性は簡単に分かった。
男の名は山代克也。二十歳。
那岐の熱狂的なサポーターの一人だった。
那岐の周りにはこういったサポーターやファンたちが大勢いて、トップレーサーである那岐と親交を深めていた。
仁美の暗示で饒舌になった山代は、すんなりとこうなった経緯を吐いた。
そしてその情報は大志たちが予想だにしなかったものだった。
山代は洗脳されていたのだ。
大学に単身乗り込んで暴力沙汰を起こすなど、普通の人間のやることではない。
何かがおかしいと引っ掛かっていたが、恐らく那岐はあの略奪の能力を使って、誰かの洗脳と言うスキルを手に入れていたのだろう。
捕まえた男は暴力沙汰を起こしたことについて、こう言っていた。
那岐がそうしろと言ったからやった。男はそうすることが正しい事だとさも当然の如く大志たちに語った。
「これはまずいな」
影山の声色は事の深刻さを滲ませていた。
その反応は当然だと言えた。
今まで那岐という個人だけに警戒していればいいと考えていた大志たちは、この事実を突きつけられて大きく方向転換をせざるを得なくなった。
一人対五人という有利性が崩壊した今、こうして相手の出方を見ながら自衛しているだけでは済まなくなったのだ。
「あいつの力を過小評価していた。俺たちの予想を覆す力をあいつは持っている。さてどうする……」
影山は次の一手を悩み始めた。
そこに歩実が素朴な質問を投げかけた。
「あいつの洗脳のスキルは姉さんの暗示と違うんだよな」
「ああ、まるで違うな。仁美の暗示は一瞬で相手をコントロールしてしまうが、あいつの洗脳はそう簡単にはいかない。時間をかけて自分に服従する駒を作ったはずだ。だがあいつがその手駒をどれだけ持っているのかが分からない」
「知らない奴にいきなり襲われたりもあるって事か」
仁美の暗示ほどの脅威ではないものの、洗脳という能力は自分たちにとって大きな脅威だと言えた。
そして目的のために他人を平気で利用するその人間性にも、底知れない不気味さを大志は感じていた。
能力者であっても、大志をはじめ、少なくとも仁美と歩実は普通の人と何ら変わらぬ感覚を持っていた。
なりふり構わない敵の存在と、もし加速能力を奪われでもしたらという不安をどうしても抱えてしまっていた。
何も意見が出ないまま、時間だけが過ぎていった。
そして沈黙を破ったのはやはり晴香だった。
「先制攻撃しようよ。こっちから乗り込んでって潰してやったらいいのよ」
「そうしたいところだが、あいつがどこにいるのかが分からない以上こちらも動きようがない。奴の居場所さえ突き止められれば対応できるんだが……」
「だいたい、あんたの付けてた見張りが見失ったせいじゃない」
「その通りだ。それは申し訳ないと思ってるが、今はそれを悔やんでも仕方ない」
また五人とも少し難しい顔で考え込む。
しばらくして影山が取り敢えず目先の案を提示した。
「あいつが洗脳のスキルを持っているのなら近づいてくる奴を簡単には信用できない。一旦大学を離れてあいつを探すべきかも知れないな」
ここにこのままいられないという事は大志の頭の中にもあった。
「確かにそうかもな。自分達の事もそうだけど、今回のように周りの人を巻き込むのは避けたいし、奴を探す事を優先しよう」
「ああ、そうすべきだろうな。みんなそれでいいか?」
影山の問いかけに誰も反対意見が出ず、方向性だけは決まった。
「後はどうやってあいつを見つけるかだな」
「それはこれから考えよう。今は取り敢えず大学から撤収する」
講義を休みたくはなかったが、大志と晴香以外の三人は既にこうして自分たちの講義を休んで集まってくれていた。
しっかりとした作戦を立てたうえで、短い期間で相手を捕まえる選択をしたのだった。
影山たちはホテルを引き払い、大志と晴香は旅行鞄に詰めれるだけの荷造りをして再び集合した。
話し合いの結果、那岐の行方に関する情報を集めるために、まず那岐が姿を消した病院のある東京まで行こうという事に決まった。
新幹線に乗るため駅へとバスで移動している途中で、影山の携帯に着信が入った。
バスの中という事もあって、小さな声で影山は電話に応対した。
話し終わって電話を切った影山は、ただならぬ雰囲気に変わっていた。
「どうした? また何かあったのか」
「ああ、大変なことが起こった」
影山はやや青ざめた顔で電話の内容を報告した。
たった一言だったが、その一言で四人とも言葉を失った。
「市川の意識が戻った」
それは最後の加速能力者の目覚めの知らせだった。
 




