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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第二章 災厄の目覚め
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第13話 圧倒的な力

 ほんの少し遡って。

 大志と晴香は講義を終えて、加総研に顔を出すため部室に向かっていた。

 仁美と歩実も一緒だが、影山はお手洗いに行くと言ってここにいなかった。


「戸成、早く行かないとあの二人待ってるんじゃないか?」


 部室の鍵を持っている筈の晴香に、大志は急いだ方がいいんじゃないかと話しかけた。


「フフフ。いいのよ。密室で可奈ちゃんを二人きりにしてやろうと思って鍵を預けといたんだから」

「そうなの?」

「そうよ。あの子、私に滅茶苦茶恋バナしてくる割には、妄想ばっかりで進展してなさそうなのよね。そこでちょこっと背中を押してやろうかなって」


 晴香の話を聞いていた仁美と歩実は意外そうな顔をした。


「へえ、菊池さんと加藤君ってそんな感じなんだ。私はてっきりもっとドライな関係なのかと……」

「うん。俺も姉さんと一緒。菊池さんって加藤君を被検体君って呼んでるし、加藤君もそう呼ばれることに誇りを感じてそうだし、恋愛関係に発展しそうな要素が見当たらないって言うか」

「その辺が恋の不思議ってやつよ」


 晴香は理解が追いつかない二人にちょっと優越感を持ちつつ、恋の講義をし始めた。


「つまり、あれですよ。禁断の恋ってやつ。可奈ちゃんは自称研究者の立場って訳で、そんで加藤君は被検体だと自覚してる訳です」

「ふんふん」

「そんでこの間、ワンゲル部で加藤君が告白まがいのスピーチを可奈ちゃんにしちゃったんです」

「え! そうなの! 大胆ね」


 仁美は信じられないと一段大きな声で反応した。

 その反応を見て、晴香の話はますます熱を帯びる。


「それからですよ。加藤君が好意を持っていたことを可奈ちゃん知って、可奈ちゃんの女子の部分に火が点いた訳です」

「そうよね。それは意識してしまうよね」

「そんで可奈ちゃんは、研究者の自分が被検体の彼と恋に落ちてしまうといういけない関係に萌えちゃっている訳です」

「禁断の恋って訳ね」

「そうなんです。つまり今彼女は抗いながらも禁断の恋に落ちて行ってしまうヒロインな訳ですよ」


 熱く語る晴香の話を熱く聴いていたのは仁美だけだった。


「何だそれ? ただの思い込みだろ」


 歩実のひと言に晴香と仁美はすかさず反応した。


「思い込みでも何でもいいの! 要は二人が燃え上がっていてどうなるのかが問題なのよ」

「歩実、あんた女の子のこと何にも分かってないみたいね」


 目の前で、まともな事を発言しただけの歩実が反撃されているのを見て、大志はそのことには触れないでおこうと思った。

 恐らく、こういった変わった恋愛話の方が盛り上がるものなのだろう。

 あーだこーだとその後の展開を予想し始めた二人に、ちょっと距離を取って、大志と歩実はついて行くのだった。



 部室棟の廊下に入ってすぐ大志たちは小さな悲鳴を耳にした。

 恐らく可奈子のものだ。

 加総研の部室の方からだった。


「まさか!」


 大志は自分たちの安全ばかりを考えて、周囲に危険が及ぶことを念頭に入れていなかった事にようやく気が付いた。

 可奈子の叫び声と同時に大志達は走り出していた。


「はなせ! はなせ!」


 部室の外まで可奈子の声が聞こえてくる。

 トラブルに巻き込まれているであろうことは疑いもなかった。


「戸成!」

「ドアを開けたらすぐにいくわよ!」


 そして戸を勢いよく晴香は引いた。

 背を向けている可奈子の向こうに男の姿があった。


「加速して!」


 大志の頭の中でゴトリという音がした。

 キーンという耳鳴りとともに大志は加速世界に入っていた。

 大志は倒れこんでいる典孝を目にして奥歯を噛みしめた。


「すまない加藤君」


 大志は静止した状態の男の体を軽々と持ち上げると、そのまま抱えて屋外へ運んだ。

 予めこういう状況になった時に対応すべく、ここで落ち合おうと大志たちは普段使われていない資料館の裏を集合場所に決めていた。

 打ち合わせをしていた場所まで男を運ぶと、用意してあったロープで縛りあげて、目隠しとさるぐつわまでしておいた。

 関係のない部員に手を出した男を何発か殴ってやりたかったが、加速している状態で人を殴れば相手は即死であろう。

 大志は深く大きく呼吸をして怒りを抑え込んだ。

 男の脚を縛りあげ終えると加速は解けた。


「んー、んんーー!」


 さるぐつわをしたままなので、当然呻く事しかできない。

 芋虫のように路上に転がされた男は、もがいているだけで何もできなかった。

 そのうちの晴香達が駆けつけてきた。


「加藤君は?」

「医務室に運んですぐに息を吹き返したんで、大丈夫だと思う」

「そうか良かった」


 晴香は芋虫のように転がっている男につかつかと歩み寄り、いきなり蹴とばした。


「ふざけんな!」


 大志は一瞬呆気にとられたが、流石に止めに入った。


「こんチクショウ!」

「やめろ。落ち着くんだ!」


 大志が止めるまでに、激情に駆られた晴香は、三回ほど蹴りを入れていた。


「でも先輩、こいつは」

「分かってる。俺だって危うく加速している状態で殴りそうになった。でも私刑は駄目だ」

「半殺しにしてやりたい……」

「物騒な事言うな。これから影山が言ってた方法でこいつの能力を封じる。その後はまた考えよう」


 そして一番遅れて影山がやって来た。


「捕まえたか」

「ああ、意外とあっさりな。でも加藤君を巻き込んでしまった」

「そうか、それは災難だったな」


 影山はその事には何の関心も無いのか、男に近づいて観察しだした。

 そして目隠しを取った。


「いいのか?」

「ああ、見られたとしても仁美の能力でどうとでもなる。それより……」


 先程から影山の表情が険しいのに大志は気が付いていた。


「こいつは那岐じゃない」

「何だって!」


 晴香と大志はその言葉に動揺を隠せない。しかし仁美と歩実は目隠しを取った時点でそのことに気が付いていたみたいだった。


「どういうことなんだ……」


 大志は頭の中を整理できずに言葉を失ってしまった。

 影山は険しい表情で何かしきりと考えている。そしてしばらくしてからやっと口を開いた。


「こいつが何者なのかは後で調べるとして、今、本当に問題なのは、那岐がどこかで我々の様子を見ていた可能性が高いという事だ」


 部室には開口の大きな窓が幾つかあった。

 影山の言うとおり相手の手の内を知ろうと、どこからか観察していたのであろう。


「俺たちが、体の一部を加速できるのを奴は知っている。恐らく奴は最後の能力者の実力を測りたかったのだろう」


 影山は珍しく嫌悪感を言葉の端々に滲ませていた。


「丸井の加速は人間の目には見えない。しかし何が起こったのかは分からなくとも、部室から忽然と人が消えたとしたら、奴なら丸井の能力に気付くに違いない」


 影山は冷静に、この状況が深刻なものである事を分析していた。


「厄介な事になってきたな」


 姿を見せない不気味な相手に、大志は言いようのない不安を感じていた。

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