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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第3話 晴香の目論見

 大学の講義を受けた後、大志は晴香と待ち合わせて日用品などの買い出しに付き合っていた。

 大概のものは揃っているが、荷物になるからとこちらで調達しようとしていたものを物色しに、ショッピングモールへとやって来たのだった。

 エスカレーターに乗っている晴香の背に大志は話しかける。


「なあ、今日のあれって言い過ぎだったんじゃないか?」

「え?」

「部室で教授を持ち上げてただろ。それと俺の事も匂わせてたし」


 晴香はエスカレーターを降りて大志の横に並ぶ。


「あれぐらいでいいの。まあ、ここに加速能力者がいるかもって言ったけど、誰もまさか本当にいるとは思わないだろうし」

「加速研究をしてたのもちょっと話を盛り過ぎだよ。あれじゃあ学校全体で教授の理論に賛同していたみたいじゃないか」

「そう取られるかもだけど、嘘は言ってないもんね。実際、幸枝先輩が加総研にはいた訳だし」

「それはそうなんだけどさ」


 晴香が転校する前、一学期の間だけだったが、大志と晴香、そして大志の幼馴染の多田幸枝は加速総合研究調査部、略称、加総研に所属していた。

 それは晴香が廃部になった映画研究会の部室を、堂々と自分たちで使ってやろうと立ち上げた部だった。


「あんまし波風立たせないでくれよな。目立ちすぎると勘繰られるだろ」

「いいじゃない。先輩が地味な分、私が目立つくらいで丁度いいの」

「おまえはいいけど、俺は部活にこれからも顔を出さないといけないんだからな」

「私も一緒だよ」


 そのひと言に大志は立ち止まった。


「え? 入部するって事?」

「前に言ったよね。私と先輩が離れる事なんてないんだからって」


 ストレートに言われて大志は赤くなった。


「うん。それは勿論憶えてるけど、部活もなの?」

「なに? 私がいたら何か不都合なわけ?」


 晴香の表情が険しくなる。まだあの坂井先輩の事を疑っているようだ。


「いや、勿論、部活の先輩たちも新入部員が入ってくれたら大喜びさ」

「部員の反応はいいの。先輩はどうなのよ」

「うん。嬉しいよ……」


 真っ直ぐに見つめられて大志は視線を泳がせる。


「で、でも、これからはあんまし部を掻き回さないでくれよな。加総研じゃなくって普通の部活だからさ」

「まあ、気をつけます。でも今日はあれぐらいで丁度良かったんだよ」


 晴香は大志の心配にも全くお構いなしだ。


「今日のあれで教授は部活のみんなから見直されたんじゃないかな。それと間接的とはいえ、教授のおかげで私という期待の新入生も入部してくれるわけじゃない」

「成る程、そう言えなくもないか」

「私は部活でも先輩と一緒にいられるわけだし、先輩だってそうでしょ」

「まあ、そうかな……」

「そんで今日あんだけ持ち上げといたから、教授の受け持つ科目は試験の時いい点もらえそうじゃない。ね、いい事ばっかりでしょ。ウインウインってやつよ。いや、教授と部員と私と先輩がホクホクなわけだから、ウインウインどころじゃないか」

「なんて計算高い奴だ。相変わらず腹黒い恐ろしい奴だ」


 身震いする大志を気にすることなく、晴香は明るい笑顔を見せた。

 大志は晴香の登場で、平穏だった部活に変化が起き始めている事を感じていた。

 晴香は突然大志の手を引いて、通りがかった雑貨店に入って行く。


「これ可愛い」


 模様はトラジマだがクマっぽい、へんてこな絵柄のマグカップを手に取って、晴香は買うか買うまいか悩み始めた。


「ねえ、どう思う?」

「んー、いったい何の絵柄だ? お前のセンスは分からないけど、まあいいんじゃないか」

「ねえ、お揃いのやつ買おうよ。そっちに色違いあるよ」

「いや、俺はいいよ。もうマグカップ持ってるし」


 そう応えた大志に、晴香がニヤリと含みのある笑顔を見せた。


「部室で使うやつよ。今すぐじゃないけど、そう遠くない未来に使う時が来るから」

「部室って、お前まさか……」


 その先は言わずとも大志には分かっていた。

 晴香が大志を追ってこの地へとやって来て、何をしようとしているのかを。


「ふふふ。先輩も分かって来たみたいだね。長い間冬眠してたけど活動を再開するわよ」

「マジか? 大学でもあれをやるのか?」

「そのために教授をたらし込んどいたのよ。計画どおりだわ」


 晴香は色違いのマグカップを手に、雑貨屋の中で高らかに宣言した。


「加総研を立ち上げます!」


 不可能を一切感じさせない明朗な声に、大志は不安を感じつつも、晴香の未来予想図の通り、事は進行していくのだろうなと確信していた。



「加速総合研究調査部……」


 新部登録用紙を受け取った篠田小五郎教授は、しばらくその用紙をじっと眺めていた。


「高校時代、私たちが立ち上げた部です。引き続きこの東北の地で教授の加速理論を研究したいんです!」

「おおお、なんという……なんということだ……」


 肩を震わせ教授は静かに号泣していた。


「ついにこの日が来た。丸井君が来て戸成さんが来て、もしかしたらこんな日が来るかもと淡い幻想を抱いていた。まさかこんな早くに夢が現実になろうとは」


 大袈裟すぎる。そう感じつつも、長い間誰にも相手にされることなく加速研究をしていた教授の心情を察した。

 そして晴香は教授の待ちに待っていた言葉をご馳走した。


「篠田教授。どうか私達、加速総合研究調査部の顧問になって下さい。私たちの顧問は教授をおいて他に誰もおりません」

「おおおお……」


 今ので教授は完全に骨抜きにされてしまった。

 晴香の操り人形だと言っても言い過ぎではないだろう。


「勿論だとも。私に任せなさい。早速事務局と掛け合って新部として立ち上げよう」

「あの、部活として登録するには定員が足りてないんじゃないでしょうか」


 大志は一応大学の規則を頭に入れていた。最低三人の部員と顧問がいなければ部として認められ無かった筈だった。


「あ? まあ、その辺はチョチョイーッとやっとくから心配せんでいいよ」


 軽く返して来た。大志は不正の匂いを教授から感じ取った。


「じゃあ、ワンダーフォーゲル部と兼部という形だね。あちらにも部員登録しておくねっ」

「はい。宜しくお願いします」

「しかし加速総合研究調査部か。いや立派な名前を付けてくれて嬉しいよ」


 そして晴香は調子に乗って、また自信満々に言ったのだった。


「はい。略して加総研と呼んでください!」

「え? もう一回言ってくれる?」


 恐らく教授もあっちの方をイメージしたようだった。当然の反応に大志はそうなるだろうなと納得していたが、晴香はなんだか顔を赤くしてトーンダウンした。


「だから、その……加総研です……」

「ああ、そう呼んでもいいわけだね。成る程。私はてっきり、夜にやってるドラマのほうかと勘違いしたよ」

「そ、そうですよ、たまたま響きが同じなだけですよ」

「そうか、たまたまそうなったわけだ。ハハハハ」


 やはり純真な人だった。

 上機嫌で新部登録用紙を受け取った篠田教授は、目を輝かせながら早速事務局へと向かって行った。

 弾むような足どりで去って行った教授に、晴香はしてやったりという感じの薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 その悪魔的な巧妙さに、大志の背筋は悪寒を覚え、思わずブルッと身震いしたのだった。

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