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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第二章 災厄の目覚め
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第3話 研究者と被検体

 ゴールデンウイークの最終日。

 ワンゲル部の新入部員歓迎登山から帰って来てから、連続でバイトのシフトに入っていた大志に、晴香は相当不機嫌になっていた。


「なんでこんな時にバイトなのよ!」

「いや、こういう時だから稼ぎ時なんだよ。ほら観光客がたくさん来るだろ」

「放ったらかしにされた私はどうなるのよ!」

「だから、ごめんって。こうして今日埋め合わせしてるだろ」

「三日間放っといて、一日だけじゃない。割に合わないっての」


 大学に併設されている植物園の前で、デートで待ち合わせをした二人だったが、いきなり喧嘩していた。


「またあのお色気ムンムンの坂井先輩と一緒だったんだろ!」

「まあ、そうだけど、忙しいからバイトは総動員されてたんだよ」

「そんなの言い訳よ!」

「無茶苦茶だよ……」


 大志は機嫌を直してくれそうもない晴香に手を焼いていた。

 植物園に入ってからも機嫌を直さず、先にどんどん行こうとする晴香に大志は困り顔でついて行く。


「ごめんなさいって。どうやったら機嫌直してくれるんだよ」

「坂井先輩ともう会わないって誓いなさい」

「無茶言うなよ。そんなのできる訳ないじゃないか」

「じゃあバイト辞めちゃえ」

「いや、それも難しい。あれのおかげで助かってるんだ」

「じゃあ、じゃあ……」


 晴香は何か名案が浮かばないかと、立ち止まって考え始めた。


「じゃあ、私も先輩と一緒にバイトに入る。これならどう?」

「え? バイトも一緒か? でもマスターが雇ってくれるかどうか……」

「百歩譲って言ってあげてんのよ。その辺は先輩が何とかしなさいよ」

「分かったよ。頑張ってみるよ……」


 怒り心頭の晴香にこれ以上は逆らえず、大志は渋々了解した。

 まだ膨れっ面をしてはいるものの、やっと晴香は大志に並ぶと手を繋いできた。


「今度放ったらかしにしたら、他の誰かと出掛けてやるんだから」

「そう拗ねるなよ。俺が悪かったから」


 なかなか機嫌を直してくれなかった晴香だったが、好きなお昼ご飯をご馳走するからという事でやっと許してくれた。

 そして今日の晴香の食べたかったものはトンカツだった。


「へへへへ。じゃあ頂いちゃいます」


 なかなか立派なローストンカツ御膳を前に、晴香は舌なめずりをする。


「今日はトンカツ気分だったんだ」


 晴香は肉厚のトンカツを箸で摘まんで頬張った。

 幸せそうに食べ始めた晴香に続いて大志も箸をつける。


「美味いな。戸成ってガッツリいつも食べてるけど、太ったりしないんだな」

「そう言えばそうかも。あんまし気にしたこと無いけど」

「トンカツ好きなのか?」

「好き。でも今日は特別に食べたくって」


 晴香は頬張りながら意味ありげにニヤニヤしだした。


「何だ? 何かありそうだな」

「フフフフ。あれよ。そろそろ山小屋であいつが食卓に出てくる頃じゃないかなって思ってさ」

「あいつって、あの大イノシシの事か? シシ鍋にされるって言ってた」

「私と先輩とで仕留めたようなもんなのに、私達はありつけなかったでしょ。だからこうしてトンカツで食べた気になってるわけ」

「おまえ、ひどい奴だな。あいつもあんなんだったけど悪気があってやったんじゃないんだ。気の毒なやつなんだ」

「まあ、そうかもだけど、やるかやられるかの世界じゃない。勝った私たちが美味しく頂く。それが自然の掟ってもんなのよ」

「なんだか、食べ辛くなったな……」


 食欲旺盛の晴香を前に、大志はどうしても複雑になってしまうのだった。



 食べ終わって満足げな晴香は熱いお茶をすすりながら別の話をし始めた。


「ねえ、先輩、こないだの加藤君のスピーチのあと、ちょっと面白かったんだよ」

「ああ、あのほぼ告白みたいな感じのやつだろ。ちょっとびっくりしたよ」

「そう。それでね、真面目に相談されたんだ。なんだかあの子、早食い君のこと気になってるみたい」

「菊池さんが加藤君を? ホントか?」

「うん。どうもマジっぽい。先輩がバイト中、独りDVDに招待された時にそんなこと言ってた」

「独りDVDに行って来たのか? あの子が誰かを誘うのもすごい事だな」

「まあ、同じ女子寮だし、暇だったからちょっと行って来ただけ。先輩が悪いんだよ。一緒にいられるって思ってたのに、バイト行っちゃうんだから」


 また思いだして、ちょっと膨れた晴香に大志は慌てた。


「ハハハ。そうか、DVDか、二人で盛り上がったんだろうなー」

「まあ、それはいいわ。それでね、あの子、ちょっと今その事で悩んでるみたい」

「え? 告白するかって事?」

「それ以前の問題。研究者の自分が被検体の彼とそんな関係になっていいものか悩んでるみたい」

「何だそれ!」


 そもそも根拠もなく適当に連れてきたのを被検体扱いして、挙句、禁断の恋っぽく夢想しているみたいだ。


「とことん危ない子だな」

「うん。私もそう思う」

「それで、どうするつもりなの? その禁断の恋の行方はどんな感じになるわけ?」

「いけないと分かりながらも、恋に落ちてしまうって感じみたい。休み明けいきなり加総研でカップル誕生かもね」

「そうか。しかしシュチュエーション萌えしてるだけだったら、加藤君が気の毒だな……」

「そうなのよ。また加速研究の邪魔されそう。やんなっちゃう」


 ため息をつく晴香だったが、半分愉しんでいる雰囲気があった。

 恐らく晴香の言うように、休み明けにはあの二人の間に何か変化があるに違いない。

 大志の心にも、ちょっとした怖いもの見たさ的な好奇心が生まれたのだった。

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