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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第11話 晴香、山に登る

 晴香の思惑通り加総研は立ちあがったものの、予想外の新入部員の乱入により肝心の加速研究は思うように進んでいなかった。

 晴香は受験勉強をしていた一年間、勉強の合間に休憩がてら大志の加速について様々な考えを巡らせ、ノートに書き溜めていた。

 たまりにたまった加速研究の欲求を満たされないまま、晴香のストレスは日を追うごとに増していき爆発寸前だった。

 そんな晴香の苛立たしさを大志は近くで感じ、なんとかガス抜きしてやらないとと考えていた矢先に、例のワンダーフォーゲル部の活動日がやって来た。

 良く晴れたゴールデンウィークの初日。

 初心者向けのルートを周る一泊二日の行程に、四人入ったワンゲル部の新入部員たちは初々しい緊張感とともに集合場所の駅の改札前に現れた。

 晴香も上機嫌で、購入したての大きなオレンジ色のバックパックを背負ってその中にいた。

 先に集まっていた先輩たちの中に大志の姿を見つけて駆け寄ってくる。


「おはよう先輩。ね、今日は一緒に歩こうね」

「ああ、なんだか気合入ってるな」

「勿論よ。加総研じゃ先輩と二人っきりになれないし、研究も進まないしで不完全燃焼なの。絶対に満喫してやるんだから」

「そうだろうな。戸成の気持ちを察するよ」


 そこに参加すると予告していたあのオカルト女子、菊池可奈子がやって来た。


「おはよう菊池さん」

「おはようございます副部長、あ、部長もおはようございます」


 大志はいつもの感じでそう返されて笑って手を振った。


「いや、ここの副部長は坂井先輩で俺じゃないよ。丸井でいいからね」

「私はそのまま部長でいいわよ」

「戸成、流石にそれはまずいだろ」


 大志に軽く窘められて晴香も渋々言い直す。


「もう、じゃあ、今日と明日は名前でいいよ」

「じゃあ、戸成っちって呼ぶね」

「急に馴れ馴れしいわね。普通に呼んでよね」

「では丸井先輩、戸成っち、二日間宜しくお願いします」

「こちらこそ。お手柔らかにね」

「やっぱり戸成っちなのね」


 猫背気味で一見不健康そうな独特な雰囲気の可奈子は、良くも悪くもワンダーフォーゲル部の注目を集めていた。

 そしてもう一人、どうしてなのか遅れてあの早食いの加藤典孝も姿を見せた。

 予定に無かった被検体の登場に、大志は何事かと声を掛けた。


「あれ? 加藤君どうして?」

「おはようございます副部長。予定通り参上しました」

「え? 予定通りって?」


 首を傾げる大志に可奈子が説明した。


「私が彼を誘いました」

「え? どうして?」

「加速能力を覚醒させるには刺激が必要と感じまして。あ、教授には私から予め話を通しておきましたんで名簿の中に彼の名前もある筈です」


 名簿を調べると一番下に手書きで加藤と記載されてあった。


「ホントだ……名前がある……」


 大志はズレているのに手際の良いオカルト女子を見直した。


「あのさ、加藤君。今日何をするのか分かってるのかな?」

「はい。ハイキングだって菊池さんから聞いてます。お弁当も持ってきました」


 背中のリュックがやたらと小さい。相当軽い気持ちで来たに違いなかった。


「ちょっと荷物見せてもらっていい?」

「え? いいですけど大したもん入ってないですよ」


 中身は弁当とバナナ一本、タオルと着替え、雨がっぱ一枚とそしてiPadだった。


「これだけか……」


 初心者向けの今回の野外活動はそこまでの装備は必要ない。

 何とか行けそうだったが、いざとなったら自分の持ち物で補ってやらなければと思った。

 それよりもこの二人、何となく周りに馴染めていない。

 どう見ても他のワンゲル部の部員たちは、この二人から少し距離を取っている。

 大志は何となくだが、そっちはお前に任せるといった空気になっているのを感じていた。



 多くの人が山頂まで一気に登るロープウエイを利用する山岳コース。

 脚を使って登る人はゴールデンウイークでも少なく空いていたので、ワンゲル部は新入部員の最初の登山に大体ここを選んでいた。

 山小屋に一泊するこのコースは道も整備されていて、山頂付近も店があったりと便利だったので誰もが気楽に参加できる利点があった。

 ワンゲル部、顧問の篠田教授はどちらかといえばこの部活を、誰でも気軽に山の魅力を味わえる部と位置付けており、愉しむことを最大の目的にしていた。

 過酷な山に自分の限界を探しに行くような山岳部から見れば、相当物足りない部に違いない。

 しかし大志にはそれぐらいで丁度良かった。

 そして大志は一年前に入部したての自分が歩いた山道を、こんな感じだったなと思いだしながら歩いていた。

 大志は別に買って出た訳では無かったのだが、初心者ばかりの加総研のメンバーを引き連れていた。

 全体で特に班分けしているという事では無いのだが、晴香は大志と一緒に歩きたくて、オカルト女子の可奈子は大志と晴香にやたらと執着していて、さらにはあの早食い君もいつも絡んでいる可奈子に引っ付いてきたのだった。

 結果的に加総研の四人は一塊になり、何となくワンゲル部から浮いた感じになってしまっていた。

 晴香は大志との時間を邪魔されて、さっきからイライラしている。


「なんであんたら私達にべったり引っ付いてくんのよ。他の人たちとも絡んだらいいでしょ」

「だってあの人たち、爽やかすぎるのよね。自然大好きって感じで、なんだか肌に合わないっていうか」

「そうゆう部活なのよ。大体そこに自分から飛び込んできといて何言ってんのよ」


 何だかズレてる可奈子に、今日も晴香は厳しい突っ込みを入れていた。


「加藤君も他の人たちと絡みなよ。友達もできるしいい機会じゃない」

「そうだよ。戸成の言うとおり他の新入生と絡んだらいいと思うよ。二人ともこれをきっかけに交友関係を広めていったらいい」


 独特な雰囲気のある二人は、大志の先輩らしい言葉に首を横に振った。


「僕ちょっと人が苦手で……」


 そう言った早食い君に晴香はげっそりとした顔で呟く。


「じゃあ何でここにいるのよ……」


 可奈子は早食い君のひと言に共感したのかうんうんと頷く。


「そう。私もよ。なんかああいう爽やかなのって信用できないのよね。一枚皮を剥いだら怪しいやつかもしれないし」


 皮を剥がなくても怪しいやつが、ぬけぬけと爽やかな人たちに疑いの目を向け批判している。いったいこの娘の過去に何があったんだと、大志はここまでこじらせた原因を聞いてみたかった。


「で、菊池さんはどうして俺たちに気を許してるわけ?」

「え? だって同じ感性を持った仲間じゃないですか」


 当然のように軽く返して来た。


 つまり俺たちはオカルト仲間ってことだな。


 突然、晴香は立ち止まって遠くの山に向かって大きく口を開いた。


「バカーーーーーッ!」


 我慢しきれなくて噴出した晴香のよく通る声は、しばらくしてやまびこになって帰って来た。


「ねえ戸成っち、こうゆう所ではヤッホーって言うんだよ」


 可奈子は晴香を指さしてヒヒヒと笑った。

 どうやらここに来ても晴香のストレスは軽減しなさそうだった。

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