第10話 加速再開
ケーキセットにもう一つ大志のお勧めケーキを追加して食べ終えた晴香は、満足げにダージリンティーの香りを楽しんでいた。
「先輩のお勧め美味しかった。苺のタルトってあんなに美味しいんだ」
「この店の使っている苺は、契約している苺農園からケーキ用として直接仕入れているやつでね、大粒だし甘みが強いんだ。中に使っているソースもその苺で作っているから他とはちょっと違うんだ」
「美味しい訳だ。はまっちゃいそう」
「気に入ってくれたみたいだな。また連れてきてやるよ」
「うん。約束だよ」
晴香は嬉しそうに目を細めた。
「私、もっともっと先輩とデートしたいな」
「俺もそうだよ……」
素直にそう返して来た大志に晴香は満面の笑顔を見せた。
長い間遠距離だった二人は、ようやく少し落ち着いて二人の時間を愉しむ余裕が出て来た。
少し長すぎた離れ離れの時間は、余計に二人の時間を濃密にさせる。
そうしているうちに、いつの間にか窓の外がほんの少し暗くなりかけていた。
大志と晴香はお互いに、席を立たなければいけない時間が迫って来ているのを感じていた。
そろそろ店を出ようかと大志が腰を上げかけた時、カランと扉の鐘が鳴ってブルゾンを着た二人連れの客が入って来た。
二人とも見た感じ三十代くらいの男で、あまり清潔感の無い感じだった。
そんな印象を与えているのは、恐らく適当に伸びた無精髭のせいだろう。
大志は入って来たその二人が何故だか気になっているようだった。
「どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
大志は席に着いた二人組の男達から目を離そうとしない。
先程までとは違う大志の雰囲気に、晴香はもう一度訊いた。
「何か気になってる?」
「ああ。あの二人、前にちょっと問題を起こしてるんだ」
「問題って?」
大志の視線の先で二人は店員を呼んだ。
店長が対応したが二人の男は手を振って店長をさがらせた。
「先輩、あれって」
「ああ、実は前に坂井先輩があいつらに少し絡まれたんだ。酒を飲んだ後に来たみたいで、しつこく坂井先輩に絡んで、店長と厨房にいた俺とで対応して帰ってもらった事があるんだ」
「下衆な奴らってわけね」
「それだけじゃないんだ。他のお客さんから聞いたんだけど、どうもスマホで坂井先輩のスカートの中を何枚か撮ってたらしいんだ」
「女の敵じゃない!」
「ああ、問い詰めたけど、スマホは見せてくれなかったよ。今日は何も無ければいいけど……」
男二人はまた店員を呼んだ。店長が対応するが、また手を振って店長を追い返した。
「どうも坂井先輩を出せって言ってる感じだな」
「何考えてるんだろ。そうゆう店じゃないじゃない」
「よっぽど坂井先輩を気に入ったんだろう。変な奴らに目をつけられたもんだ」
大志は険しい顔をして何とかしようと考え込む。
しかし、ここには天才的な行動力の晴香がいた。
「ね、あいつら懲らしめてやろうよ」
「え? そうだな。あれを使うか。で、どうやって?」
「ふふふふ。こんなの思い付いちゃったんだけど」
そして二人はひそひそと計画を練りだしたのだった。
「店長、坂井先輩」
厨房であの客の事を相談していた二人に大志は声を掛けた。
「ああ、丸井君。お客さんで来てくれているのに気を遣わせてしまったね」
白髪混じりの優しそうな店長はやや困った顔でそう応えた。
「坂井さん。今日はもう上がっていいよ。後は僕があのお客さんの対応をするから」
「でも店長……」
どうしていいか悩む二人に、大志は落ち着いた感じで話をした。
「俺が対応します。この後しばらく彼らは俺に任せて、他のお客さんを店長が応対してもらえますか」
「丸井君が? デート中なのに悪いよ」
「いいんですよ。俺に任せて下さい。ちょっとした名案がありまして」
そして大志は作戦に入ったのだった。
店の制服に着替えた大志は、あの二人に普通に注文を聞きに行った。
「お客様、ご注文はお決まりでしょうか」
「なんだよ、また男か。いつもいる女の子がいるだろ。あの子に注文を取って欲しいんだけど」
「ただいま取り込んでおりまして、注文の品が出来ましたら彼女に持って来させます。それでいかがでしょう」
「まあ、それなら」
大志は注文を取り終えて厨房に戻って来た。
そしてコックに注文を通すと、そのまま裏に回ってそこで待っていた晴香と合流した。
「どう? 先輩」
「今の所、予定通り。戸成の方は?」
「こっちも抜かりなしよ。じゃあ久しぶりに行きますかね」
晴香はなんだかワクワクしているように見えた。
「ひょっとして楽しんでる?」
「悪党を成敗するのよ。楽しいに決まってるじゃない」
「そうゆう見方なんだな」
大志も何となく、久しぶりにあの感じになってきたと口元に笑みを浮かべた。
「じゃあ、戸成、頼む」
「行くわよ。先輩、加速して!」
大志は晴香の一声で一瞬で加速世界に入った。
そのまま客席へと移動して一時停止中の男二人から手にしたスマホを取り上げた。
そして晴香の元へと戻って来た大志はそこで加速を終えた。
「へへへ。操作中のスマホだからそのまま使えるわね」
「ああ、じゃあ覗いてみますか」
晴香と大志はスマホの中の写真に目をとおし、目的の画像を見つけた。
「やっぱり盗撮してた。他にも色々余罪がありそう。当たりだったね」
「何も出て来なかったらどうしようかと思ってたけど、あって良かったよ。いや、先輩の事考えるとない方が良かったのかな」
「確認完了ね。じゃあ返してきて」
「ああ、また頼む」
「加速して!」
携帯が突然無くなったと慌てている二人に、加速している大志は晴香のような悪魔的な笑みを浮かべながら携帯を戻したのだった。
「あれ、こんなところに落ちてる」
テーブルの下に落ちていた携帯を二人は拾い上げて、険しい顔をしている。
さっきまで掌に納まっていたものが、どうしてここに落ちていたのか理解できない様だ。
「当然よね。これこそオカルトってやつよ」
「まさにそうだろうな。あの二人にとっては」
遠目に見ていた晴香と大志は、戻って来た携帯をまた操作し始めた二人にニヤついた。
それから十分ほどして、カランとドアに吊り下げられたベルを鳴らして制服を着た警官が二人入って来た。
計画を立ててすぐに、予め晴香が呼んでおいた警官だった。
大志は急いであの二人に気付かれないように警官たちの対応をする。
そしてまた晴香の元へと戻って来た。
「戸成、頼む」
「加速して!」
男たち二人はまた手元から携帯がなくなったのに気が付いた。
訝し気な顔でテーブルの下を覗き込んで探していると、注文した料理が運ばれて来たのに気が付いた。
「お待たせしました」
料理を運んできた大志に二人は鋭い目を向けた。
「なんだ? 女の子が運んでくるって言わなかったか?」
「そんな事言いましたっけ?」
「何とぼけてんだ? ああ」
立ち上がって因縁をつけようとした男たちに、制服の警官二人がすぐに寄って来た。
「どうかされましたか?」
男達は突然現れた警官に顔色を変えた。
急に大人しくなった二人は慌てて取り繕う。
「いや、別に何でもないです」
「そうですか。何か揉めているのかと思いましたよ」
男二人が警官たちに注意を惹きつけられているそのタイミングで、奥の客席から晴香の声が聴こえてきた。
「店員さーん。お水くださーい」
「はーい、ただいま」
大志はそのまま水差しを手にして、その場を去っていった。
「お待たせいたしました」
コップに水を入れてもらってから、晴香は大志にそっと囁く。
「じゃあ仕上げと行きますか」
晴香の膝の上には携帯が二つ載っていた。
「ああ。頼む」
「じゃあ行くよ」
そして、かがみ込んだ大志の耳元で晴香ははっきりと囁いた。
「加速して」
またすぐに戻って来た大志は、警官と男たちの間にかがみ込んだ。
「おや、こんなところに携帯が。お客様の物でしょうか」
「ああ、俺たちのだよ」
男達は大志の手にした携帯に手を伸ばした。
すると伸ばしてきた手に大志は背を向けた。
「おや? いったいこれは……」
大志は少々わざとらしく言った後、わざと警官たちに携帯の画面を見えるように調整した。
警官たちは携帯の画面を覗き込んだ後、すぐに険しい顔つきになった。
画面には盗撮したであろうスカートの中の映像が映っていた。
「ちょっと表に出ろ」
先程までとはがらりと口調を変えた警官は、二人の腕を取ってそのまま店の外へと出て行った。
その後、二台ほどのパトカーが応援に駆け付け、大志達は警察から事情を聞かれた。
盗撮された美里自身が店内にいたので、すぐに警察も話を聴く事ができ、簡単に二人は連行されていったのだった。
後日聞いた話だと、男たちの携帯の中からは、たくさんのそれらしき画像が出て来たらしい。
余罪を追及されて、罪が相当重くなりそうな感じだった。
寮の夕食の時間に間に合うよう、あれから急いで帰った二人は、翌日、大学の学食で定食を食べながら、昨日の事を肴に、楽し気に盛り上がっていた。
「やったね。先輩」
「ああ、しかし運の悪い奴らだ。よりにもよって戸成がいる時に店に来るとは」
「悪党は絶対見逃さないんだから」
「そうだな。あいつらも敵に回した相手が悪かった」
「これで正義の鉄槌の味を思い知ったでしょうね」
「ああ、滅茶苦茶痛かっただろうな。おかげで当分出て来れなさそうだし」
そこへニコニコしながら坂井美里が定食の載ったトレーを持って現れた。
「私もいい?」
「勿論どうぞ」
大志は隣の椅子を引いてやる。そのさりげなさに晴香はムッとした。
美里は大志の隣に腰を下ろして昨日の礼を言った。
「昨日はありがとう。変なのに絡まれて困ってたの。なんだか丸井君を見直しちゃった」
「あ、いえ、俺というより、戸成の手柄ですよ。機転を利かせてあの計画を思いついたのは戸成なんです」
「そうなんだ。丸井君といいコンビだね」
「はい。それはもう、それはそれは私たち息ぴったりなんです」
言葉にちょっと棘があるな。大志は何となくそう感じた。
晴香はまるで泥棒猫を見るような目で美里を警戒している。
「なんてったってずーっと先輩と私は一緒だったもんですから。もう一日中べったりで。ねえ先輩」
「いや、そんな感じだったかな……いてっ!」
大志は晴香に机の下で脛を蹴り上げられた。
「どうしたの丸井君?」
「いえ、なんでもありません」
なにするんだよと、大志は無言で抗議する。
「でも昨日思ったんだ。丸井君っていざという時頼りになる人だったんだって。きっと丸井君が傍にいてくれたら安心なんだろうなーって思っちゃった」
「そうですか。でも先輩は私の傍にずーっといますんで悪しからず」
ちょっとムキになっている晴香に美里は余裕のある笑顔を見せた。
「そうね。じゃあ丸井君がフリーになるまで気長に待とうかな……」
ニヤリと笑って定食に箸をつけた美里と、その言葉を真面目に受け取って驚嘆している大志、そしてありありと対抗心を燃やしている晴香の三人はおかしな空気の中、それぞれの定食をまた食べだしたのだった。




