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加速する世界 時の彼方へ  作者: ひなたひより
第一章 春、輝いて
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第1話 新しい春

 駅の構内にあるポスターの張られた大きな柱。

 そのひとつに背をもたせかけるようにして、紺色のジャケットを羽織った少年が改札を通る人の流れに視線を向けていた。

 少年という表現は少し違うのだろうか、ごつい体に見合わない少し歳より幼く見えるその男の子は、青年とも呼べない事も無い微妙な印象だった。

 彼の名は丸井大志まるいだいし。ここ宮城県仙台市にある、東北大学の学生だ。

 昨年、大志は東北大学に進学し、大学の寮で下宿生活を一年間送った。

 二回生になった春。後一週間で新学期が始まろうとしているこの時期に、大志は特別なある人をここで待っていた。

 そして改札を見つめる大志よりも先に、大きく手を振る女の子が、よく通る声で高らかに懐かしい声を響かせた。


「せんぱーい!」


 大きなスーツケースの車輪をガラガラ鳴らせて、女の子は改札から飛び出して来た。


「やっと来たな!」

「うん。会いたかった!」


 女の子の名前は戸成晴香となりはるか

 今年の春から大志と同じ大学に進学した同じ高校の後輩。

 いや、元後輩だったと言った方が適切だろう。

 晴香は大志が3年生の時に母親の転勤で転校してしまっていた。

 しばらくの間、離れ離れになっていた二人は、こうして再び同じ大学に進学し再会を果たしたのだった。


「荷物貸してみろ」

「いいよ。ゴロゴロ引っ張るだけだから」

「いいから。貸してみろ」

「うん」


 お互いに久しぶりの再会にややぎこちない。

 晴香はちょっと照れながら、大志にスーツケースを任せて歩き出すと、大志の空いている方の手に自分の手を滑り込ませた。


「いいでしょ?」

「うん……」


 大志は少しはあの頃に比べると大人っぽくなっていたが、しばらく会っていなかった晴香は大志以上に変化していた。

 やんちゃな子供っぽさがだいぶ抜けて、本来の可愛さが引き立ってきている。そんな印象だった。


「これからずっと一緒だね」


 少し恥ずかし気に上目遣いでそう言われ、大志は心臓が痛くなるほどドキドキしてしまう。


「まあ、そうなるのかな……」


 晴香が他県に転校してしまってからも、二人はお互いに月に一度は会いに行っていた。

 しかしその後、東北に進学した大志に、受験を控えていた晴香が会いに行くわけにもいかず、お正月などで大志が帰省したタイミングでしか会っていなかった。

 お互いにこうして顔を合わせるのは晴香が受験のためにこちらへ来た時以来で、その時はそれほど二人で一緒にいられたわけではなかった。

 長い間お互いに会いたい気持ちを我慢して、電話でやり取りをしていた二人は、いざこれから一緒にいられる環境に戸惑っている様子だった。


「さて、取り敢えず女子寮だな」

「うん。荷物運び込んだり色々しないとね」

「今晩から寝ないといけないから、最低限寝泊まりできる程度には片付けとこう」


 普段は男子立ち入り禁止の女子寮だったが、引っ越しの時は許されていた。

 晴香がどれぐらいの荷物を用意しているのかは知らないが、力仕事を大志は当然ながら買って出たのだった。


「引っ越し業者もうすぐ来るんだろ、急がないと」

「まあ大丈夫だよ。余裕見てあるから」


 明るい春の午後。

 風のない晴天の空が、駅を出た二人を迎えてくれた。

 駅から出る市バスはすぐに到着し、二人はバスのシートに腰かけて一息ついた。

 発進したバスの窓から見える景色に、晴香は新鮮な眼差しを向ける。


「なあ、お母さんどうだった? 一人娘をこんな遠いところに行かせて、寂しかったんじゃないか?」

「うん。見送りに来てくれた駅で号泣してた。でも先輩と一緒だから大丈夫だよって言っといた」

「そうか。俺も責任重大だな」


 晴香は狭い二人掛けのシートで大志にくっつく。


「それでね、ママったら、別れ際にこう言ったんだよ。幸せになるのよって……なんだかお嫁に行くみたいだった」

「そ、そうだったの……」


 上目づかいで反応を見ようとする晴香に、大志は紅くなって目を泳がせた。

 

「先輩は男子寮で、私は女子寮だから、夜は会えないんだよね」

「そりゃそうだ。それが普通だ」

「そうかー、そうだよね」


 実は二人の仲は付き合いだしてからも進展していなかった。

 ずっと離れ離れだったことも関係が進まない原因ではあったが、問題は大志にあった。

 大志はそういったことに滅茶苦茶関心があるものの、相当な腰抜けだった。

 やっと会えたとしても、相変わらず付き合う前と同じ感じで、デートと言うよりミーティングといった雰囲気にいつもなっていた。

 晴香はなかなか手を出してこない大志に焦れだしてきており、最近は自分の方からくっついていっていた。


 まだキスだってしてこないんだから……。


 奥手とか不器用とかというレベルではなく「仏か!」と突っ込みたくなる晴香だった。

 それでもこれからは大志の傍にいられる。

 晴香は幸福感と共に、ちょっとした期待感を胸に秘め、大志の横顔を見上げた。

 そして、そんな晴香の隣で、大志も不器用なりに同じ幸福感と期待感を抱いていたのだった。


「幸枝先輩と彼ってどこに進学したのかな」

「ああ、ゆきちゃんは第一志望のJ大に合格したよ。瀬尾もゆきちゃんを追って受験したんだけど……」

「けど?」

「あいつ落ちちゃってさ、浪人するかどうか迷ったらしいけど、滑り止めに受けた私大に進学したよ」

「じゃあ、別々なんだ」

「まあね。仕方ないよ」


 晴香は大志にピッタリ寄り添う。


「でも私達は一緒だね」

「そ、そうだな」


 またすり寄って来た晴香に大志は固くなる。

 こうして世界一速く動ける腰抜け男と、天才的行動力を持った女の子は二人でまた進み始めたのだった。


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