教会
ある高校の養護教諭「藤川唯子」は生徒たちをほほえみながら見送っていた。
「藤川先生、バイバイ!」
「ええ、さようなら」
藤川は下校する生徒たちとあいさつを交わした。
藤川は学校でもマドンナと言われるほどの魅力の持ち主であった。
「……少し、いいか?」
「? 石田先生……どうしたんですか?」
「石田玄三」――理科の教師は保健室に入ると、扉を閉じて鍵を閉めた。
石田はメガネにあごひげ、黒いスーツを着ていた。
「話がある」
「私に話があるとはどういうことでしょう? おや、もしかしてあなたも私の魅力に気づいたんですか? それならもっと早く話をしてくれれば……」
唯子がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
唯子はからかうような口調だった。
「何を言っている? たわけたことを」
石田は無表情で答えた。
「うふふふふ、冗談ですよ。では本題に入りましょう。いったいどういうご用件ですか?」
唯子は真剣な顔になった。
「うむ。邪竜王ザッハーク(Zahhaak)様復活のために、我らが同志が動いていたが、どうやらある者に討たれたらしいのだ」
「ある者とは?」
「それが信じがたいことなのだが、あの伝説の英雄、青き狼セリオン・シベルスクのようなのだ」
「セリオン・シベルスク? エーリュシオンにいるはずの彼がなぜこの世界に?」
「それはわからん。だが、あのゼンゼウスが討たれた。セリオン・シベルスクに討たれたのだ。邪竜王ザッハーク様を復活させるためには膨大な精神エネルギーが必要だ。それを集めるために悪魔たちを世に放ってきたが、セリオン・シベルスクのおかげでそれもできなくなってしまった」
「セリオン・シベルスクは今どこに?」
「奴は坂木家にいるらしい」
「坂木家……確か霊媒として素質を持つ一族のことですね?」
「そうだ。彼女たちはザッハーク様の捧げるイケニエとしてふさわしい。セリオン・シベルスク……敵に回すとこれほど厄介な存在もいないな」
石田は苦渋の表情を浮かべた。
「アレを使おうと私は思っている」
「アレ、ですか……」
「では話は以上だ」
必要なだけしゃべって石田は保健室を後にした。
この男はいつもそうなのだと藤川は思った。
夕日が保健室を照らしていた。
日曜日、坂木家の姉妹たちと、セリオンが教会を訪れた。
姉妹たちは席に座って、この町の主任牧師「倉田牧師の話を聞いていた。
「神は我らを神のもとに平等に作られた。ゆえに人は皇帝だろうが、王だろうが神のもとに平等なのである。みなさんもこのことを覚えておいてください」
倉田牧師の説教が終わった。
その帰り。
帰り道では少し、雨が降っていた。
「あら? 雨が降ってきたのね?」
とセラ。
「セリオンさん、この町のシベリウス教はどうだった?」
と冴子が尋ねる。
「ああ、そうだな。この国では牧師制を取っていることがわかった。俺の国では主教制なんだ。やはりシベリウス教も場所が違えば受け入れられ方も違うと実感したよ」
「そうなんだ。牧師さんの言葉で印象に残ったことは?」
「人は神の前で平等であること。牧師制度はトップダウン型のヒエラルキーを持つが、兄弟姉妹はみな平等ということ。神は兄弟姉妹が互いに愛し合うことを求めている、などかな」
セリオンは倉田牧師の興味深い言葉をいくつか上げた。
「今日冴子は仕事はないのか?」
「うん、今日はオフの日だから、こうして教会にやって来たんだ」
「冴子、話をしていないで急いで帰りましょう。濡れちゃうわ」
セラが注意した。
「あ、ごめん、セラ。早く帰ろうね」