悪魔の影
晴空高等学校――坂木 セラは校舎の廊下を歩いていた。
セラには金髪という人目をする要素があったが、基本的には地味な女性だった。
セラは歩いているとき、同僚の吉田 さゆり先生と出会った。
「こんにちは、坂木先生」
「こんにちは、吉田先生」
「坂木先生はいつも髪がすてきですね」
「は、はあ……これは地毛なので……特に意識はしていないのですが……」
「坂木先生は最近の教育問題をどう思いますか?」
「というと?」
「最近は学校が批判されることも多くなってきました。私は思うんです。今の教育の在り方は時代にふさわしくないのではないかと」
「は、はあ」
セラはあいまいにうなずいた。
吉田は現在の教育制度に問題点を感じている。
セラは主に吉田の聞き役になることが多かった。
「今の教育は画一的で一斉に行われています。これは日本の伝統的教育法だと思われますが、現代では生徒の個性を見定め、それを伸ばしていくべきではないでしょうか?」
「そ、そうですね」
「現在の教育は時代遅れだと認識すべきです」
吉田は批判的なことも口にする珍しい教師だった。
吉田の専門は国語である。
セラの専門は歴史である。
「坂木先生は今の教育制度について、そして学校について疑問を感じませんか?」
「わたくしには何とも……でも、つまりはこんにちの大学がその在り方を変えない限り、日本の教育は変われないし、変えられないででょう……」
「結局はそこに行きつくのですね。ウチの授業も受験が前提になっていますから。ですが、私たちは新しい教育を模索すべきなのではないでしょうか?」
「というと?」
「つまり、生徒個人の自由や個性を伸ばしていくべきだと、私は考えます」
「それは私も思います。けれども、政治や行政がかかわってきますので、私たちだけではどうにもできないでしょう……」
「坂木先生は少し、甘いのではないですか?」
吉田が厳しい表情をした。
「は、はあ……」
セラはいつも通りにあいまいにうなずく。
セラはいつもそうだ。
「坂木先生は長女ですか?」
「え? はい、まあ」
「でしょうね。良い子にならなくてはいけないと今でも思っているのではありませんか?」
「……」
「坂木先生、あなたは主体というものをお持ちですか? まあ、いいでしょう。話を聞いてくださり、ありがとうございました。失礼します」
吉田はセラの横を通り過ぎていった。
吉田は厳しいが有能な教師であった。
生徒たちからつけられたあだ名は「鬼教官」。
セラはため息を出すと、再び歩き出した。
坂木家の起床は早い。
全員、五時半には起きる。
起床後は全員で朝食の支度をする。
セリオンが来てから6人分の食事が必要になった。
ごはん、みそ汁、おかずなどを分担して準備する。
セラは目玉焼きを6人分作っていた。
服にシミがつかないよう、エプロンをつけている。
セリオンは外で、剣のトレーニングをしていた。
セラが尋ねた。
「ねえ、マリヤ? セリオンさんはどこにいるのかしら?」
「そうねえ……外でトレーニングでもしてるんじゃない?」
「じゃあ、私が呼んでくるわ」
セラは庭に出て行った。
すると、セリオンが剣を構えてトレーニングをしていた。
「セリオンさん! 朝ごはんです!」
「ああ、わかった」
セリオンも含めてリビングで6人が席に着いた。
「「「いただきます」」」
「うん、いいな。今日のみそ汁はいい味をしている」
とセリオン。
セリオンはチキュウにきて一週間過ぎた。
和食をいつも食べているせいか、味になじんできた。
セリオンは普段は坂木家周辺を歩いて地理を頭に入れていた。
朝食後、セリオンは丘の上に登り、晴空市を眺めていた。
「いっけんするとこの町は平和だ。しかし、明らかに悪魔がいる。俺は悪魔の気配を感じる。位置はセラのいる学校からか……どうやら探りを入れたほうがいいようだな……」
吉田 さゆりは職員室で残業をしていた。
職員室に残っていたのは吉田だけだ。
外は暗くなり、雨が降り始めていた。
吉田はっ窓の外を眺めた。
「雨ね……」
視線をすぐにノートパソコンに戻す。
仕事に集中する。
そんな時である。
吉田は何か不気味な気配を感じた。
吉田が振り返るとそこには黒い悪魔が浮いていた。
「な、何、これは……!?」
吉田が動揺する。
悪魔を見慣れるほど戦ってきたセリオンが異常なのである。
「我が名はゼンゼウス(Dzendzeus)。絶望を司る悪魔なり」
ゼンゼウスはいくつもの頭部と目を持ち、黒いマントで体を覆っていた。
ゼンゼウスが近づいてくる。
「い、いや! 来ないで!」
吉田は恐怖のあまりイスから倒れてしまった。
吉田は体が震えてまともに体を動かせなくなった。
じわりじわりと浮遊している。
ゼンゼウスが近づいてくる。
ゼンゼウスは体の前に魔力の管を作った。
その管が吉田を襲った。
「フフフ! そなたの精神エネルギーをいただく!」
管が吉田からエネルギーを吸い取っていく。
「ああああああ!?」
夜の職員室に吉田の叫び声が響き渡った。
「え? 良子、本当に? 吉田先生が入院?」
「そうなの。意識不明だって。いったい何があったのかしらね」
セラと良子が家で会話していた。
「セリオンさんが言っていたわ。晴空高校からは悪魔の気配がするから気をつけるようにって。セラも気をつけてね」
「ええ、わかったわ。私は吉田先生が気になるから、早めに上がって、病院にお見舞いに行くわね」
仕事帰り、セラはセリオンと共に吉田が入院している病院を訪れた。
「失礼します」
セラが言った。
吉田はベッドで寝ていた。
「吉田先生……本当に意識不明なのね……」
「セラ、この人の体から悪魔の力を感じる」
とセリオン。
「え? それって……」
「ああ。この人は悪魔に襲われた。そして精神エネルギーを喰われた。人間が持つエネルギーは悪魔の好物だからな」
「そんな……それじゃあ、吉田先生は……」
「まあ、彼女は命を喰われたわけではないようだ。いつかはわからないが、目を覚ますと思う」
「それは、どのくらい?」
セラは不安になって尋ねた。
「それは俺にもわからない。一か月後か、二か月後か、それとも半年後か……」
セラは吉田を見つめながら。
「悪魔……恐ろしいわ……」
「これは冴子にも言ったんだが、坂木家の人は巫女としての才能があるんだと思う。生まれつき、霊媒として優れた素質を持っているんだ。その才能は悪魔にとって魅力的に映るんだ。悪魔がいつどこで現れるかわからない以上、俺が護衛をするしかないな」