第8話 問題だらけの初ダンジョン
アカデミーを退学になる学期末まであと二週間しかない。
翌日、さっそく無限迷宮に潜ることにする。だが、俺たちは初っ端から大きな問題にぶち当たる。
「あのさ、タンク役どうする……?」
アカデミーの宿舎から無限迷宮に向かう大通りの往来で俺たち四人は足をぴたりと止めて顔を見合わせる。
「自然術士のぼくはヒーラー兼バッファーだね」
「呪術師のわたくしは基本はデバッファーです」
「暗黒戦士のあたしは完全にアタッカーだ」
「忍者の俺もアタッカーなんだよなぁ……」
四人揃って無言になる。
皆が困り顔で口をつぐむのも無理もない。現状のダンジョン攻略パーティーに盾役であるタンクは必須だからだ。
「アタッカー、アタッカー、バッファー、デバッファーか……俺たち尖ってんな!」
「ジュノン、笑いごとではないぞ?」
「ええ。このパーティー構成で10階層を突破しなければなりませんから」
「ごめんね。ぼくにもっと回復力があれば……」
再び皆が黙り込む。よし。こういう時こそリーダーの俺が仕切るべきだろう。
「ダメ元だけど、忍者が一番回避率が高いし、俺がタンクっぽく立ち回ってみるわ」
前世の記憶に『回避盾』という概念がある。MMORPGの知識ではあるが、運が良ければ忍者でそれが実現できるかもしれない。
ただしそれを実用可能するには明らかにアビリティやら装備やらなんやらが足らない気がするのだが……。
俺は歩きながら冒険者ライセンスの個人情報をパーティーメンバーに開示する。
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◆NAME:ジュノン・ジュリアス
◇JOB:【忍者】
◆LEVEL:14
◇ABILITY:〈隠密〉〈影縫:壱〉
◆PARTYBONUS:〈俊敏性UP〉
◇ASSET:〈投擲強化Ⅰ〉
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「すごいです! ジュノンさん! レベル高いですね!」
「いや、チマチマ雑魚モンスター狩って上げただけのハリボテさ。結局、ソロで10階層のボスにすらたどり着けなかった……」
「それでもすごいよ。ぼくたちの中で一番戦闘経験は多いんじゃない?」
「ちなみに〈隠密〉はモンスターに気取られずに移動できるアビで〈影縫〉はモンスターの動きを一時的に止めるアビだ」
アビリティ。略してアビ。ジョブ固有の技能や魔法のことを指す。
「ふむ。少なくともタンク向けのアビは見当たらないな」
「それな! 武器も防具も全ジョブ共通の初級装備だし、果たして立ち回りだけでどこまでやれるのか……」
自分で言い出したものの急激に自信がなくなってくる。
「みんな上手くいかなかったらごめんな」
「気にしないでジュノンくん。初日なんだし試行錯誤しようよ」
「ええ。わたくしたちも協力を惜しみません」
「無限迷宮で死ぬことはない。恐れず行こう」
ラヴィが言うように『無限迷宮で冒険者は死なない』。冒険者はライフがゼロになるのと同時に、ダンジョン入り口にある『ルナロッサの女神像』の前に転送される仕組みだ。もっともデメリットがないわけではない。
「そりゃ死なねーけどさ『経験値デスペナ』は普通に心折れるだろ?」
「ふむ。コツコツ稼いだ一日分の経験値が全部パーだからな」
デスペナルティ。いわゆるデスペナがあるのだ。
「それにできれば俺は『復活酔い』を味わいたくはないんだけど……」
ヘマをして何度か転送されたことがあるが、俺はその日丸一日『復活酔い』に苦しむことになった。個人差はあるらしいが、俺は頭痛や吐き気など二日酔いのようなひどい状態に陥った。
「そうか? 復活酔いくらい大したことないだろ?」
古来から鬼はうわばみと相場は決まっているが、どうやら鬼族のラヴィも酔いに対して耐性があるらしい。実に羨ましい。
しばらく歩くと、ストラーヴァ城の荘厳な城門が視界に現れる。
俺はブルっと身体を震わせる。問題や不安は山積みだが、やはりダンジョンを前にすると自然と気持ちが昂ってくる。
しかも、今回はソロではない。久しぶりのパーティーだ。俺はまるで初恋のようなせわしない胸の高鳴りを感じている。
どうやらそれは俺だけではないらしい。皆の表情も暁のようにキラキラと輝ているのだから。