第四話 出立の時 (2)
*** ヨルン視点
「オオオオオォォ!!!!」
部屋の扉がかたかたと、小刻みに揺れている。
それどころか窓も、なんなら天井すら小刻みに揺れている。
外から聞こえてくる誰かの雄叫びがひどく耳障りだ。
よく聞けば、その雄叫びがする度に、部屋全体がカタカタと揺れている。
全く、心底腹立たしい。
私の安眠を妨げるやつは誰であろうと絶対に許さない、許すもんですか。
で、外で何があったんだろうか。ちょっと気になる。
そんな騒ぐような事って一体何だろう。
私はゆっくりと目を開けた。
網膜に入ってくる光が熱く、脳が焼けそうになる。
肌が焼けそうになる、それは種族的な問題だが。
まぶたを無理矢理こじ開けると、そこに移るのはいつもの見覚えのある部屋。
どうやら私は、この部屋を二千年間も、双貌の水晶体に映しだし続けているらしい。
私、もう二千年間も生きているんだ……。
たまに城にやってくる吸血鬼たちが私のことを『あなたが、あなたが二千年間生きた吸血鬼様……
始まりの吸血鬼様ですか……!!』といっているから多分そうなのだろう。
でも、にわかには信じられない。
だって体感的にはまだ、前世での一生分くらいしかたっていないのだから。
もしかしたらこの世界では時間の感覚が少し早くなるように設定されているのだろうか。
それか女神の策略か、どっちにしろあまり関係のないことか。
さて、にしてもさっきから外が騒がしい。
誰かの雄たけび、せわしなく響く足音、甲高い叫び声。
動乱にも聞こえるそれ、どこかで聞いたことがあるような気がするのだが……。
……ここの吸血鬼たちはときどき祭りのようなことをやっているが、今日がその祭りの日なのだろうか。
祭りだ、私はあれを思い出したくもない。
ちょっと前に、レインとユキが『祭りがあるから来てください、ヨルン様!!』っていうから仕方なく外に出た。
そしたら私を待っていたのは、巨大な像とこれまた巨大な真っ赤な血液の入ったガラス瓶。
そこまでならまだ許せた。
グロいなーくらいで済んだ。
しかし、そのあとにレインが放った一言が私の心を理不尽にも破壊した。
それはもう、めちゃくちゃにしてやった。
『見てください!!
これ、ヨルン様をかたどった石像です!!』
と。
石は貴重だ、しかし、貴重な資源を使って私をかたどった像を作った事に私は全く興味がなかった。
私の見た目がどうとか、石像の規模とかも。
そんなのも全く重要じゃない。
私が気になったのはそこなんかじゃない。
私をかたどった石像、祭り、巨大なガラス瓶。
その祭りっていうのは、私(石像)に大量の血液(本物)を与えて、私に祈りをささげることで大いなる力(神力)をいただこうという物だった。
私は、吸血鬼の中では神様みたいな存在らしい。
あんな凶暴な、見つかったら真っ先に討伐対象になりそうな吸血鬼たちの神様。
考えただけでもお腹が痛くなってくる。
私的には普通に理解できない部類の祭りなのだが、祭りというくらいならば街に露店でも出して吸血鬼のみんなで楽しんでいてほしい。
だって私の知っている祭りってとてもジャパニーズな青春ってやつだもの。
いやでも、私の事を信仰する宗教が三十万を越える吸血鬼たちの青春になってしまうなんて考えたくない。
私は青春アンチなのだ。
青春で思い出した。
そういえば、私が前世で死んでしまった年齢は確か16歳。
高校生になって初めての夏休みで友達たちにたくさん遊びに誘われていたんだっけ。
他校の子たちとか、他校の人たちとか、中学校の部活の先輩とか。
あれ?
高校の同級生に友達がいない?
いや違うよ、思い出せないだけ。だって2000年もたっているのだから。
しょうがない、思い出せなくても。
思い出せる友達がいるだけましだから。
懐かしいな、そんなこともあった、あったあった。
もう何をしたかなんて思い出せないけれど、きっと名前くらいは憶えているでしょ。
確か彼女たちの名前は――。
「オオオオオオォォオ!!!!」
いやだからうるせぇよ。
なんだよさっきから、なんの騒ぎだよ。
祭りってそんな騒ぐものなの?雑談でもしてるだけじゃないの?
いったことないからわかんねぇよ。
あぁ、心なしかさっきの甲高い声と靴の音が近づいている気が――。
「ヨルン様!!
大変です、人間が、に、にん――」
「ああアァァぁあ!!
やめてレイ勝手に開けないで!!それと落ち着け!!」
レインが勝手に扉を開けやがった。しかも急に。
あまり怒りを出しては危険だから言葉と態度は柔らかく、それでいて怒らなすぎも良くないだろうから適度に怒る。
上手く私の立場を作っていこう。
はあ、ストレスのたまる仕事だ。
それと、近付いてた足跡はレインだったのか、ってことは甲高い声は多分レインについて回っている女の子だな。
騒がしいのはいつもだが、今日はいつもにましてだ。
なにがあったんだろう。
「よる、ヨルン様、大変なんです!!」
「な、なに?」
なにが、さっきの雄叫びと何か関係でもあるのだろうか。
皆目検討もつかない。
まるで日本の政治家のようだ……。
「人間がものすごい数で攻め込んできたんです!!
全員完全武装です!!」
私の頭は真っ白になった。
まるで記憶がなくなってしまう日本の政治家のように。
***
つまりはこうだ。
一言でいうならば、さっきの雄叫びは、殺気の雄叫びだった。
おそらく隣国の兵士だと思われる人間たちが、完全武装で、しかもすごい数でやってきた。
完全武装してるんだから攻めてきてるのだろう。
いや、もう断言していい。
間違いない、攻めてきてる。
きっと、始まりの吸血鬼なんていう大層な名前がついているから私を討伐しに来た違いない。
でも一体なぜ、そんな急に彼らがここに攻めてきたのだろうか。
私の名前だって、吸血鬼には知られているが人間たちに知られているなんて聞いたことがない。
私が交流を絶っているからかもしれないが、少なくともこちらからは何一つとして行動を起こしていないはずだ。
生命の源である血液だって魔物からとってこいと頼んである。
だから人間と関わる機会なんてものもないし、ましてや迷惑なんてかけたことない。
被害なんてもってのほかだ。
──いや、まて。
ある時からごはんが美味しくなった。
ある時から吸血鬼たちが私を恐れだした。
ある時からレインたちが何人もの吸血鬼を率い出した。
ちょっとまて。
もし、仮にレインたち食料調達班の子が、私に黙って人間を襲っていたら。
もし、それで一人でも人間を殺してしまっていたら。
もし、彼らが子供を襲っていたら──。
それはこちらから宣戦布告したようなものじゃないか。
この仮説が真実なら、今こうしてせめて来られているのは、その被害を鑑みて討伐しに来たという大義名分の基ということになる。
これは、本当にまずい。
なんとか、しなければ。
戦闘が始まる前に、あの三人を集めて吸血鬼達を止めなければ──。
戦闘どころか、勝手に話し合って勝手に戦闘にでもなったらまずい。
「──レイン、ユキとレ―ゲンを呼んでくれる?」
「ヨルン様……
その、言いにくいのですが……
ユキとレーゲンは今、攻めてきた人間たちを迎え撃つべく玉座の間に集まっております」
──あ、終わった。
相坂です。
実は僕も吸血鬼なので、彼らの事情には詳しかったりします。
あ、次は今日の3時の投稿となります。
それとこの話にブクマつけてる人まじでアルバトリオンだからほこって生きてください。
つまりランス。ありがとう。