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第一話 始まりの吸血鬼

 吸血鬼たちの根城、古国デオドラントの王城の跡地の一室に私は住んでいる。


『始まりの吸血鬼 ヨルン』


 二千年前にここではない世界で不幸にも死を遂げた私は、女神を名乗る半裸の痴女によってあろうことかこの世界に転生させられた。

 それも吸血鬼として。


 確かにほとんど食事をしなくても生きていけるようにって頼んだのは私だけれど、だとしてもこんな仕打ちはないんじゃないか。

 吸血鬼として生まれたまではよかった。そこまでは全くもって問題がなかった。

 むしろいつも通り怠惰な生活ができることに感謝すらしていた。

 でも今じゃそんな気持ち地の底に消えた。


 朝から最悪の気分だ、そんなことを夢に見てしまうなんて。

 憎たらしい、実に憎たらしい。


 私は、なぜか日本で死んで、なぜかこの世界に転生して、そして今は、なぜか三十万をゆうに超える吸血鬼たちを統べる女王、始まりの吸血鬼として生きている。

 一体なぜなのか、いや、理由はわかっている、わかっているんだ。


「ヨルン様、お食事をお持ちいたしました」


 そう、この子だ。ショタっぽい見た目をしたまだかわいげの残る少年。

 この子の名前はレイン、つけたのは私だ。名前の由来は特にない。

 しいて言うならその時に雨が降っていたからそれに引っ張られたのだと思う。


 似非女神に騙されてお腹がすいていた私は、生まれてからしばらくたってからやっとこの城から出た。

 久しぶりに見る外の景色は綺麗なんてものじゃなかった。

 土砂降りの雨と吹き荒れる風、お腹がすいているのに動物なんていた物じゃない。

 人間も動物も魔物も、何も見つからずに途方に暮れていた時にふと後ろを見たら男の子が座っていた。


 男の子が座っていたのだ。


 話しかけても簡単なこと以外何も返してこない。

 まるで赤子のようにすら思える少年が座っていた。


 実際彼は赤子だった、生後間もない、というかたった今生まれたばかりのようだ。


 呆けた顔で座っている吸血鬼の赤子(見た目は12歳)をびしょ濡れのまま放置しておくわけにいかないと、私の良心がそう判断したから私は彼をこの城に連れて帰ることにした。


 そしたらなついた。

 めっちゃなついた。


 名前を付けたらめっちゃ喜んだ。

 飛び跳ねるくらい喜んだ。


 それに彼は自称だが運動が得意らしい。

 城の中をせわしなく駆けずりまわっていて煩わしかったからお食事係に任命した。


『レイには、私たちが食べるご飯を取ってきてもらいたいんだ、頼める?』


 と聞くと笑顔いっぱい元気いっぱいに『もちろんですヨルン様!!』と答えた。


 ああ、これで私も魔物を刈りにいって生活する必要がなくなるんだと、これまでの飢餓に苦しんでいた生活を思い出して、それから解放されるということの余韻に浸っていた。それが間違いだった。

 そもそも任命したのが間違いだった、というか連れて帰ったことがまず間違いだった。

 なんてあとからではいくらでもいえるものだ。


 あるとき彼――レインは、道中で会った吸血鬼たちが自分の部下になりたいって言ってきかなかったから連れてきました、といって私のもとに三人くらいの吸血鬼を連れてきた。


 まあ少しならいいんじゃないかな、と。

 人数が増えればレインも少しは楽になるよね、と。

 もっと効率的に血を集められるかな、と。


 そう思っていたのもつかの間、気づいたらそれが100を超えていた。


 いつからか食事に出てくる血もおいしくなったし、吸血鬼たちがめっちゃ増えたし、レインは何をしているんだろうか、と不思議には思ったが踏み込んだら余計なことに巻き込まれそうだから聞かなかった。


 数年が経った。

 人数が増えてきて夜中に寝ることもできないくらい騒がしくなったから、――一番騒がしかったのはレインだが――私は外に散歩しに行った。

 吸血鬼は夜行性らしく、日本人だった私は普通に眠くなる時間帯に活性化するもんだからひとたまりもない。

 小言をいいつつ城の周り、壊れた街並み、ちょっと外れた場所にある並木道、この辺を散歩していたらそれはいた。


 全身傷だらけの、今にも息絶えそうな少女。

 私はそれが吸血鬼だとすぐにわかった。その見た目があまりにも吸血鬼として完成されすぎていたからだ。


 レインの時みたく余計なことにならないか、そんな心配をすることもなく、その死にそうな吸血鬼の少女を城にある自室に連れて帰った。

 もしかしたら私もお人好しなのかもしれない。


 その夜事件は起こった、あのことを私は絶対に忘れないだろう。


 首元に激痛と重みを感じて、日が昇りそうな時間に目が覚めた。

 ベットが血だらけ、首には激痛、背中にはなぜか腰に手をまわして寝ている少女。

 ここから連想されることはなんだ、そう、私は何者かによって捕食された。

 何者か、なんて思考するよりも早く、もはや反射の類いで気付いてしまう。


 普段誰もいれることのない自室に、施錠すらかけているはずのこの自室にもとからいた存在。

 それは彼女しかいない。そう、私に抱き着いて寝ている彼女だ。


 雪のような真白の髪を持つ私と同じくらいの背丈をした少女。

 昨晩城の近くで死にかけていたあの吸血鬼だ。


 彼女はお腹がすいていた。

 誰かに襲われたということもあるだろうが、そもそも吸血鬼は生半可な傷では死なない。

 彼女は空腹で倒れていたのだ。

 私は失念していた。

 空腹の獅子を自室に連れて帰って、しかも同じベットで寝てしまうなんて。


 私は首の付け根をかまれ、血だらけになったベットを見てそう思った。


 シーツをめくり振り返ると、そこには天使のように美しいお顔で眠る美少女がいた。

 美少女もとい私からすれば寝込みを襲ってきた悪魔なわけだが。


 彼女が起きるまで自室を出るわけにはいかない。と言うか普通に出れない。

 レインなんかに見つかって騒がれたらひとたまりもないし、ましてやしがみつかれて寝ているからろくに動けない、私は寝たい。


 そんなこんなで私は彼女が起きるまでその見ていると時間を忘れてしまいそうになる美しいお顔を眺めながら待っていた。

 しばらくして起きた少女は私の顔を見ていった。

『始まりの、吸血鬼、さま』と一言。


 なんだその名前は、と誰もが不思議に思ってしまうような内容だが、彼女にとってそれは何ら不思議なことではなかった。


 彼女はレインとは違い戦闘が苦手な弱い方の吸血鬼だった。

 そんな彼女は空腹で倒れているところを人間にみつかってしまう。

 見た目が良かったからだと思うが人間に追い掛け回され、危うく奴隷にされかけていたところを死にものぐるいで逃げ出してきたが、空腹に耐えられずにその場に倒れてしまった、それが昨日の晩の事らしい。


 もともと私が何人かの吸血鬼を従えているうわさが立っていたらしく、それもあってこっちの方角に逃げてきた、そんなことを言っていた。


 私は彼女に名前を付けることにした、名前がないと呼ぶとき困るし。


 彼女の名前はユキ、命名の由来はユキみたいな儚い弱そうな見た目だったからだ。


 ちなみに彼女は強くなった。

 私の血を飲んで強くなった。


 私は今でこそこんな始まりの吸血鬼なんて崇められているけれど、吸血鬼としてはすごく弱い。

 強いて言えば治癒魔術が使えるくらいの本当に弱い吸血鬼だ。


 なのにユキが、もともと人間にすら勝てなかったユキが、私の血を飲んだことでめっちゃ強くなった。

 それはもう、半端なく。

 レインと同じくらい強くなった。


 そんなこんなで、一体どこから広まったのか知らないが、優秀(?)な部下たちのおかげで、それを従えている私がそれ以上に強いという噂が広まり、まったく知らないところで吸血鬼たちが吸血鬼の部下を作って、それが私の部下になって、みたいなサイクルをたどったことで私が一人で住んで、静寂を独り占めしていたこの城に、1000を超える吸血鬼たちが住み始めた。


 とても許されざることだ。

 おかしい、私は静かに暮らしたいだけだった、というか今でもそうだ。

 なのになんだこれは、と。


 そう思った私は天才だった。


 この城の周りには城下町のような広い空間に、戦争の後のような壊れた都市が広がっていた。

 もういっそその壊れた都市を建て直してそこに住めよお前ら、そう思った私はすぐに行動に移した。

 部隊の編制、役割を決める。

 レインとユキが吸血鬼たちに大きな影響力があるから彼らをつかってうまく吸血鬼たちをまとめてもらう。

 なぜか仲が悪かった二人は同じ仕事をしたがらなかったこともあってうまく役割の分担が済んだ。


 またしばらくたってようやく都市全体の修繕が終わったらしく、続々と吸血鬼たちが街に出ていき城に静寂がやって――。

 ――来なかった。


 レインとユキはなぜか城に残った。

 なんでか聞いてみると、ヨルン様のお世話をします、とのことだった。

 まあ静かにしてくれるならそれでいい。

 何度も言うが、私は静かに暮らしたいだけなんだ。


 そのころからとんでもない速度で吸血鬼たちが都市に住み始める。

 私としては全く文句ない事だが、十万を超える吸血鬼たちを従える最強の吸血鬼、とでも話が伝わっていることは許せない。


 どうするんだよ魔物の国ができたとかいって人間が殺しに来たら。

 私どうすればいいんだよ。

 混乱の張本人として処刑されるコースじゃないか、そんなのやめてほしい。

 率直な感想だ。


 だが、それが止まることはない。

 もうあきらめた、十万五千を超えたあたりからもうあきらめた。


 そして今ではすでに三十万だ。

 私は三十万の吸血鬼と二人の武闘派吸血鬼、一人の天才参謀を従える最強の吸血鬼がいるなんていう根も葉もない噂によって始まりの吸血鬼として祭り上げられてしまった。

 いやまあ半分は本当なんだが、最強云々以外は本当なんだが。


「ありがとう、レイ」

「いえ、ヨルン様のお役に立てることのみが僕の幸せなので」

「そ、そうなんだ」


 とりあえず愛想笑いを浮かべておこう、この子たちの反感を買って喧嘩にでもなったら真っ先に死ぬだろうし。


「な、よ、ヨルン様……」


 レインが絶句した顔でなんか言っているけれど気にしなくていいや。

 いつもだし。


 今は違うことを考えなくてはいけないのだ。


 私が、どうすれば安眠につくことができるのかを――。

一話を読んで頂きありがとうございます

いちおう完結まで書くつもりなので期待していただければなあ……なんて思っております。

ちなみにわたしは天才なので実家がアリの巣になりました。

これはガチです。


なのでありんこと戦争をするという子供のころに誰もがしたことのある妄想が現実になってちょっと、いや、かなり嬉しいです。


なので私がアリさんに負けておうちが倒壊したら更新ができなくなるかもなので、もし更新が止まったら『あ、この作者はアリさんに負けて死んだんだな……』って思っておいて下さい。


多分その予想は九割当たってます。

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