呪いの人形
「完全な密室で一人の老人が亡くなった。外傷はなく、不審な薬物も検出されなかった。死因は急性心不全。そして……彼の亡骸の隣には、なんとナイフでめった刺しにされた人形が横たわっていたのだ! 一体彼の身に何が起きたのだろう!?」
ミステリー研の部長、佐藤はいつもどおりの自信満々で不敵な笑みを浮かべている。
「何だかやけに情報が少ないですね」
部長を除く唯一の部員である鈴木は淡々と感想を述べた。
「おい! テンションどうなってるんだ! 密室と死体とめった刺し人形だぞ!! もっと狂喜乱舞しろよ!!!」
「嫌ですよ。変態サイコパスじゃないんですから。それで、第一発見者は誰ですか?」
「はあ……鈴木にはミス研メンバーとしての自覚が全然足りてないな。第一発見者は妻だ。きっと彼女は鈴木と違ってテンションぶちあげでノリノリの悲鳴をあげたに違いない」
「もしそうなら犯人確定じゃないですか。夫婦は別々の寝室だったってことですか?」
佐藤の嫌味をことごとくスルーして、鈴木は質問を続ける。
「そうなるな。鈴木も気を付けろよ! いつもそんな低空飛行のローテンションだと、たとえ奇跡的に結婚できたとしてもすぐに冷えきった夫婦関係になってしまうぞ! ……まあ、もし仮に釣り合いがとれるとしたら、いや誠に遺憾ではあるけれど、懐深く太陽のように明るい私くらい……」
「何をゴニョゴニョ言ってるんですか。それよりもう答えが分かったかもしれません。でも、もし僕が想像している通りの真相なら部長をセクハラで訴えることも視野に……」
「まあまあ。落ち着くんだ、鈴木くん! ゆっくり答え合わせを楽しもうじゃないか」
初めて慌てた様子で鈴木をたしなめる佐藤。
「はあ。じゃあ、いくつか確認したいのですが、人形のナイフは最初から、つまり妻が死体を見つけた時から刺さっていましたか?」
「……いいえ」
「人形は等身大ですか?」
「……はい」
「男は何か服を着ていましたか?」
「……いいえ」
核心を突いた質問を次々にされて佐藤は明らかに口が重くなる。
「部長、もうここで止めにしませんか? 今ならまだ引き返せますし、お互いダメージも少ないでしょう」
「そんなことができるか! 私にもミス研部長としての矜持というものがある!」
「それなら、そもそもこんな下品な問題を作らないでほしいんですが……じゃあ、もう回答しますよ」
佐藤は頷き、神妙な面持ちで鈴木の言葉を待つ。
「はあ、嫌だなあ…………。人形はラブドールだった。男は腹上死した。現場を見て真相に気づいた妻はカッとなって思わず人形を刺した。以上です」
「……わ、わあ~……鈴木ってラブドールとか腹上死なんて言葉を知ってるんだ~……やらし~…………」
「その下らない特大ブーメランを僕にぶん投げるためだけにこの問題を考えたんですか?」
「……」
既に煽りながらも羞恥心で熟れたトマトのように赤面した佐藤に、冷ややかな目をした鈴木が冷ややかな声でとどめを刺す。
「もうこういう謎解きをしないなら許してあげますよ。ほんと、こんな部長に付き合えるのは僕ぐらいですね」
「えっ………………こ、これで勝ったと思うなよ!!! 鈴木!!!」
さすがに可哀想になった鈴木が何の気なく放った一言に、追熟して破裂しそうになった佐藤は捨て台詞を吐いて部室から逃げ去ってしまった。だからこそ、自分の発言を振り返り、僅かに鈴木の頬が赤らんだことなど、彼女は知る由もなかった。