剣の婚約者と魔法使いの心情
窓から出て行った彼らのその後。
今回、視点転換多めです。
その部分に改行入れています。
「ディノ、現場までのナビゲートをお願いします」
一方、早々に空へと上がったレイドリック様達ですが、
「は、はいぃぃぃっ!」
ディノが奇声を上げておりました。
「うーん、高所は苦手だったでしょうか?そうでしたらすみません」
困ったように言う魔臣に魔法使いは勢い良く頭を横に振ります。
「いえ、いえいえいえ!……やばい、むり……」
何か言ったようですが、後半がよく聞こえませんでした。
ちなみに今の態勢ですが、ディノの後ろからレイドリック様が抱き締めているような状態です。
気圧等は風の魔法とか魔力の膜で押さえられているはずですが、魔法使いの顔が真っ赤な気がします。
あえて触れないでおきましょう。
「やはり飛び出してきたのは失敗だったでしょうか。でも、心配ですし……」
囁くような声でもレイドリック様の口元に近い位置に耳があるディノにはよく聞こえているようです。
「心配、ですか……?」
思わず聞き返します。
「はい。私の姉のようなものですから」
その答えにディノが潤んだ目でレイドリック様を仰ぎ見ます。
「姉」
「婚約者なんですが、どうしても親戚のお姉さんの感覚で。生まれる前の親同士の約束ですから」
本人の意識はあまりないんです、と魔臣は苦笑します。
「彼女が望むなら、私は……」
そう言いかけて言葉を止めました。
「今、話する内容でもありませんね。ディノ、そろそろ領境です。南ですか?」
「え、あ、はい」
レイドリック様の飛行速度は空気を裂くせいか、かなり速いのでございます。
話している間にも景色が凄い勢いで流れていっております。
「姉、か」
そう呟いた魔法使い。後ろから回されている魔臣の腕にそっと手を添わせ、目を伏せました。
「もうすぐ見えてくるはずです」
そして顔を上げると、キッと結界のある方を睨みます。その言葉を受けて、魔臣の剣の翼が宙を打ちました。
「判りました。少し手前で降りましょう」
その場は緊迫した空気が流れておりました。
結界の手前には白銀の鬣に鹿のような角を持つ馬のような魔族。
そして距離を置いてそれを囲うように武器を構える男達。
両者多少傷付いているものの、未だ戦う意思は失っていない様子でした。
『いい加減、諦めて。邪魔』
麒麟と呼ばれる種族のその者は前足で土を蹴りながら、頭に直接響く涼やかな声で告げます。足に受けた矢傷が痛々しいですが、それでも凛とした立ち姿。
しかしそれを嘲るかのように男達は笑います。
「誰が諦めるか!単独でふらふら飛んでいる魔族なんざ、千載一遇のチャンスじゃねぇか!!」
「それこそ追いかけてきた甲斐があるってもんよ」
『本当、野蛮』
足下の土がミシミシと音を立て始めました。よく見ると草に霜が付き、大地には霜柱が出来ています。
自称勇者達の一人が弓を引き絞っているのを視界に入れながら、その者は足に力を込めました。
『大違い』
ヒュンと弓が放たれると同時に跳んだ麒麟。
矢が凍り勢いを失い地に落ちていき、それとすれ違うように氷の矢が複数相手に向かっていきます。
走り出していた男達も剣で払い、あるいは避けながら接近していきます。
いよいよお互いの攻撃範囲に入る、と誰しもが思ったその時。
「道を開けろ、痴れ者が!エンプロージオ!!」
その声と共に両者の間に生じる一瞬の真空。
それが一気に破裂致しました。
爆炎がその場にいる者に等しく襲いかかると同時に、ぶわりと土煙を巻き上げ爆風が周辺を凪払います。
中心地にいた者はたまったものではありません。爆風に煽られその場から弾かれるように飛ばされます。やや後方にいた弓使いもしっかり範囲に入っております。
そして勿論、あの麒麟も。
空中にいたためか、結界の方へ押しやられます。
衝撃かその姿は見る間に銀髪を持つ少女のような姿に。
そのまま結界に激突かと思われましたが、結界を突き抜け宙で黒い影に抱き留められました。
「貴女は本当に心配性ですね」
それは苦笑を浮かべたレイドリック様でした。
その場で見たものは、銀の鬣の麒麟と自称勇者達の衝突の場面でした。
ゆっくりと魔法使いを地面に降ろしたレイドリック様はその状況を確かめるなり、口を開きました。
「ディノ、凪払って下さい」
少し予想外だったのでしょう。魔法使いが思わずレイドリック様を振り返ります。
「いいのですか?」
それについて魔臣は頷きました。
「はい。命にかかわる程の傷も無さそうですし、私でも出来ない事は無いでしょうが、一度双方を引き離す為にもお願いします。あんまり技を出されると被害が出るので」
彼はこのフェーレウスの領主でございます。
婚約者も大事でしょうが、領地を護る事が一番の使命なのであります。つまりは原因を止める事こそ優先すべき事という訳でしょう。
「私には領地を護る義務があります。それはセツだって判っています。今は止める事を念頭に」
「ふふ、命を受けるのは初めてかもしれません。張り切ってしまいそうです」
口元が絞まり無く弛んでいる魔法使いはある意味凶悪でした。
「ぎりぎりこちらの領内に入っている様なので、適度にお願いします」
後半を強調されたそれは、以前の冷気で樹を砕いた事を踏まえての忠告なのでございましょう。
「適度にブッ飛ばせばいいのですね」
その言葉を受けての台詞なはずですが、ちょっとニュアンスがおかしいですよ、魔法使い。
「ここで蹴落としておけば安易に近付かないだろう……」
何か悪巧みをしているようで、眼鏡を上げニヤリと笑いました。
似合いすぎます。流石、魔王よりも魔王らしいお方。
そして徐に紡がれる力ある言葉。
「大気に隠れし緋色の力、時は来た、時は来た。一部省略」
衝突し始めた視線の先を金色の目が射抜きます。
視線の先の彼らが近接戦闘に移る、というそのタイミングで魔力から変換された言葉が解き放たれました。
「道を開けろ、痴れ者が!エンプロージオ!!」
……と、いう事でございます。
爆発と同時に跳んだレイドリック様はセツ様を抱き留め、そのまま地上へと降りてきました。
腕の中の婚約者を覗き込み、それから少し乱れた銀色の髪を梳きます。
「貴女は鮮やかな色も似合いますが、やはり白が似合いますね」
にこりと微笑んだレイドリック様に、セツ様は顔の血色を良くし、魔法を使った手を下ろしたディノが顔を歪めます。
まあ、次の言葉で違う反応を見せる事になったのですが。
「凄く創作意欲が湧きます」
二人の顔が呆れと納得に染まりました。
レイドリック様には趣味と実益を備えた副業があります。
それは『レイパレス』という洋服の老舗ブランドの創業者で現役のお針子兼デザイナーという誰もが想像しないような職でございます。
セツ様もディノもそれを知っている為にこの反応なのですが。
まあ、この発言もセツ様の容姿を考えれば判らないでもないでしょう。
セツ様の魔族の特徴としては鹿のような角が挙げられます。
長いサラサラとした銀髪から覗く角は銀髪を引き立てる髪飾りにも見えます。
そんな銀髪を結い上げ、色鮮やかな衣を重ねたようなエイデンシン独特の服を着ているとディノとは違う近寄りがたさがあります。
しかし、それを凌駕するのが、サイズ、なのでございます。
背丈はレイドリック様の胸辺りまで。
麒麟の姿の時は立派なはずの前足は白く小さな手に、威圧さえ感じる鋭い目は大きくパッチリとした瞳に。
つまり、一部の男性には人気のありそうな外見なのです。
先程の自称勇者達もこの姿のセツ様に襲い掛かったのなら、人間の国でも捕まるのではないでしょうか。
……レイドリック様よりも年上なのが信じられません。本人には言えませんが。
そんな彼女をそれでも面白くなさそうに見ている者がここに1人。
「レイドリック様」
魔法使いです。
普段持っている杖(召喚士の証)を持っていたのなら突き付けているような雰囲気で魔臣に呼び掛けました。ちなみに本日はスクランブル発進のため、屋敷に置いてきております。
レイドリック様も執務の時のまま上着を着おらず何時もよりもラフな格好なのです。
その声に顔を上げたレイドリック様はディノの目線の指す方、つまり先程吹き飛ばした男達へと視線を向けました。
先程の魔法は一部省略といったふざけた詠唱だった為か、爆風ばかりが上がりあまり威力がありませんでした。それでも大の大人が吹き飛ぶ威力なのは魔法使いの力量でございましょう。
そんな魔法を受けた所で重症など負う事もなく、彼等は立ち上がろうとしている所でした。
「セツ、私が応対します。ここにいて下さい。ディノは手を出さないように」
そう言うとレイドリック様は彼等に近付いていきました。
「おい、馬」
その姿を目で追いながら魔法使いは何も飾らない悪口を口にしました。
「何、メガネ」
セツ様も先程の婚約者に対して出していた穏やかさを消し去り、冷たささえ孕む声で返します。
勿論、目線はそちらに向けたりなんかしていません。
「レイドリック様に迷惑をかけるなど言語道断だ」
「お前、押し掛ける。レイドリック様、迷惑する」
「はっ、俺はやる事はちゃんとやっている。家出娘が」
何だか空気が重いですよ?
何処かでゴングの音が鳴ったような幻聴が聞こえたような気がするのですが。
マウントを取りたいディノと見せつけたいセツ。
何だか不毛な争いをしています……。