剣の執務室と魔法使いの衝撃
3作目です。
彼の趣味要素が少し薄めでバトル(?)多めです。
「絶対、阻止!」
「そのままの言葉を返してやろう」
睨み合う両者。乱れ吹く風。どうしてこうなった、という状況が今まさに目の前で展開されておりました。
本当にどうしてこうなったのでしょうか?
それは午後を少し過ぎた眠くなりそうな時間帯でございました。
本日の空模様は雲が多少多めですが、日差しが感じられる、そんな天気。風がそよぎ、窓から見える木々の葉を時折揺らしていきます。
そんな雰囲気の中、執務室にて報告書に目を通し、書類をせっせと決済する姿が一つ。
この魔族の地であるフェーレウス領を守護する、領主のレイドリックでございます。
頭には立派な二本の巻き角、背には代名詞である剣の翼を持つこの方は魔王様の臣下の一人でもあります。
部屋に差し込む優しい日差しを浴びて、仄かに輝いて見える波打つ金色の髪、白皙の相貌。
そして書類をチェックするために伏せられていた紅玉の瞳が不意に上げられました。
じっと正面にある扉を見つめて首を傾げています。
「何か、あったのでしょうか?」
そう呟くとペンを置きました。
その瞬間、見ていた扉がノックされます。気配で相手が判っているらしいレイドリック様はすぐに入室の許可を出しました。
入ってきたのは、黒に近い濃紺色の髪の人間。
その髪には魔法を修めているという魔道士の証の髪飾り、耳には治癒士の証の耳飾りが光り、彼自身が持つ威圧を与える様な金色の目とそれを覆う眼鏡のせいで、真顔を保っていると近寄りがたい雰囲気を醸しています。
ただ見慣れた者からすると、顔が弛みそうになるのを必死に隠しているだけでしょうけれども。
彼の名前はディノ=コバリシェン。
剣の魔臣の元にいる唯一の人間です。そして『M3(魔王よりも魔王らしい魔法使い)』と呼ばれるような凄い魔法使いのようなのです。
ような、と言っているのは、最近彼の行動が余りにも『レイドリック様大好き!』が押さえられてなくてですね、普段の姿からでは想像が難しいからでございます。
「失礼します、レイドリック様」
そんな彼がやや緊張気味に部屋に入ってきました。『執務室と作業室はレイドリック様の聖域』と言って憚らないディノがここに入ってくるのは珍しい事でございます。
「ディノ、どうかしましたか?」
きっちり執務机から三歩の位置に立ち止まった魔法使いに対して、レイドリック様が問い掛けます。
「結界の事でご報告があります」
結界。
それは彼がこの地にいる最大の名目。
魔族間で刊行されている『求人情報誌アイテム』にて求人された職の就業内容なのです。よって報告も何らおかしな事ではないのですが。
「今現在、結界を破ろうとしている者がいます」
それは一大事でございます。
確かその結界は『この領地に悪意を持つもの』を検知・妨害という効果だったはずです。
「誰なのでしょう?自称勇者達はこの辺りにいないはずですが」
自称勇者達は、人間の国から送り込まれてくる強制武力行使してくる迷惑な輩の事でございます。
「判りかねます。ただシャレンドーナ方面ではなく、西側の……」
ディノの言いかけた言葉が再びのノックに遮られました。
「失礼する。旦那、緊急通信だ」
そこから聞こえたのは、低い男の声。
魔法使いが扉を開けると、そこには青い髪に狼の耳を持つ大柄な男が立っていました。魔臣の部下であるグランです。
「どなたからですか?」
ディノが扉を開けたと同時に立ち上がり、近付いてきたレイドリック様がグランに問い掛けます。
「『鉾の魔臣』マガン様だ」
「すぐに行きましょう。ディノもそのまま報告を」
「判りました」
そのまま部屋から廊下へ。
マガン様とは先程言われた通りレイドリック様と同じ『魔臣』でございます。
魔王様よりエイデンシンという、この領地より2つ程西にある領地を任されておられます。
その方からの緊急という事は、大体の想像が付きます。何故なら、それは……。
「結界への侵入は西側の一角です。瞬間的に補強して中には入れない様にしていますが、何やら激しく抵抗しているようです」
早足で魔臣に追随をしながら、魔法使いは報告を続けます。
「西側か」
同じく体格に見合った長いコンパスで付いていくグランが呟きました。
「この通信と何か関係があるのでしょうか。この間も手紙が来ていましたし」
確かにどちらの案件も西の方向になります。どうも雲行きが怪しい様でございますね。
「どうやら単独のようです。どうしますか?」
ディノが魔臣に問い掛けます。
「もう少し現状維持で。場合によっては保護しないといけませんから」
そう言い、レイドリック様は到着した通信鏡の間の扉を開きました。
通信鏡はこの国の主要都市に設置されている通信設備でございます。
各領地とのやりとりの迅速化を目的とされ、定期報告や今回のように緊急連絡用として活用されています。
その鏡の前でやり取りをしていた赤い髪の魔族がこちらを向きました。
コウモリの羽と細いしっぽ。額にもある3つの目、黒のボンテージに近い露出気味な服はいつも通り目に毒でございます。
「レイドリックが到着しましたわ、マガン様。交代致します」
彼女、魔臣の部下であるアリアルが鏡の向こうに告げます。
「ありがとう、アリアル嬢。参考になった」
何の話をしていたのでしょうか?
こちらにウインクをしたアリアルとレイドリック様が場所を交代します。
「男親っていうのも色々フクザツなのねぇ」
何でしょう、その感想は。
確かマガン様は奥方との間に3人のお子様がいらっしゃいます。その方々の話だったのでしょう。
「誰かに聞いてもらいたい時もあるという事だ」
グランが腕を組みつつ頷いています。
「お待たせしました、マガン様。緊急という事ですが」
通信鏡の前に立ったレイドリック様は鏡の向こうに呼び掛けました。
「久しいな、レイドリック」
そこに映るのは白皙の青年ではなく、壮年の大男でありました。
短く刈り込まれた銀色の髪、額から飛び出た一本の角、厳めしい顔付きが堅物であるのを示しているかのようなこの人物こそ、エイデンシン領の領主にして『鉾の魔臣』であるマガン様でございます。
マガン様はレイドリック様のお父上、つまりは前領主と友人であるため、幼少時よりの付き合いとなります。そのため、レイドリック様はマガン様を敬称付けで呼んでいるわけなのであります。
「セツが家を飛び出した」
……、緊急ですので本題に入るのは早いに越したことは無いのですが、いきなり過ぎませんか、マガン様。
事情を聞いていたであろうアリアル以外がポカンとしています。
あ、魔法使いは何の事か解っていない様子ですね。
「彼奴等の話だと恐らくそちらに向かっているだろうという事だ」
「セツがこちらに……?何故でしょう?」
心当たりのないレイドリック様が確認するかのように呟きます。
「それがな……」
おや、マガン様がチラリとディノに目線を向けましたよ?
「どうやら人間に誑かされている、と言ったらしい」
頭が痛い、そんな表情でその言葉を紡ぎました。
いえ、一概に間違っているとも言えないのですが。
「どちらかというと、誑かされているのはコイツなのでは……」
「人聞きの悪い。俺は最初からレイドリック様一筋だ」
後ろの二人が小声でやり取りしています。そういう意味ではありません。
「この雇用にそのような意図は全くないのですが。魔王様の許可も頂いておりますし」
「不安になったのだろう。誰でもない、お前の事だからな」
困ったような顔をしたレイドリック様に苦笑するマガン様。
その会話に反応する男が一人。
「それはどういう意味だ?不安になる?」
魔法使いです。
「あらぁ、ディノは聞いた事なかったかしらん」
アリアルが意外そうに彼を見ます。確かにレイドリック様の事なら調べ尽くしていそうなイメージです。
「なかなか話題に上がらないが故に耳にする機会がなかったのだろう」
グランが組んでいた腕を解き、次の行動に移れるようにディノに少し近付きます。
ああ、気持ちは判ります。
「セツ様はな、レイドリックの婚約者だ」
瞬間、魔法使いの背後に雷が落ちました。
ん?魔法ですかね?幻影??
そして、バッと彼の口を塞ぐ準備万端の男。アリアルはやっぱりね、と納得顔。
「そういえば、こちらの結界に感知されたものがあるのですが、やはりセツでしょうか」
そんな後方を後目に魔臣同士のやりとりは続いています。
「恐らくそうだろう。それとこちらで自称勇者たちの目撃情報も上がってきている」
「勇者……」
レイドリック様の顔に憂いが浮かびます。
「その輩がセツを追っていった可能性がある。どうか守ってやってくれ」
「判りました」
少し父親の顔を覗かせるマガン様にレイドリック様はしっかり頷きました。
その時、ディノがグランの手を叩き外させました。衝撃は抑え込んだようです。
「レイドリック様、気配が増えました!」
そして告げる。それに振り返る魔臣。
「っ、すみません、行きます」
一声、話し相手に謝罪をし、すぐさま距離を詰めて魔法使いの腕を掴みます。その行動に反応出来なかったディノが固まっている内に通信鏡の間を出て、直ぐ側の窓枠に足をかけました。
そして、
「しっかり掴まっていて下さいね」
「え」
そこから飛び出しました。
展開する剣の翼。
ヒィンと独特の風切り音を奏でながら、その姿はすぐに小さくなっていきました。
「まあ、緊急事態だ。窓からの出入りには目を瞑ろうか」
「そうねぇ」
残された青と赤の部下はのんびりと言葉を交わしました。
「申し訳ありません、マガン様。西側の結界に異常がありレイドリックが確認に向かいました」
アリアルが鏡に改めて現状を告げると、壮年の魔臣は肩を竦めます。
「仕方ない、ある意味我が子の為だ。無作法にはならんよ。また結果が判ったら知らせてほしい」
その言葉と共に通信は切れ、鏡は部屋の中の二人を映すのみになりました。
「俺が留守を預かろう。アリアル、お前は旦那達を追ってくれ」
「セツ様もいらっしゃるからね?了解よーん」
軽く打ち合わせた後、二人はそれぞれの行動に移るために部屋を出ていきました。
とにかくディノを驚かせたかった。
後悔はしていない。