剣の意外性と魔法使いの交渉
投稿機能をいろいろ弄っています。
「恥ずかしながら、このような盗賊や強盗は後を立たないのです」
レイドリック様は歩きながら、少し悲しそうな顔で同行者に呟きました。
「もちろん、魔族の盗賊がいないわけではありません。しかし過半数が人間の国からの流入者です。判っていても、それを防止する策は私には採れません」
「人間の国からの移動を制限する事になるからか。それは魔王が望まないな」
魔法使いが物知り顔で頷きます。
魔王様は、かねてより人間の国との和平を求めております。よって、人の流れを止めるという事は、その和平の意思に不穏な影を落としかねないのでございます。
そんな事知った事か、と人間の国は一蹴していますが。
王侯貴族にまでパイプを持つと言われている、この青年はそんな事情を理解しているのでしょう。
「はい。魔王様は『長寿な魔族だけでは国が病む、流れのない所に澱みが生まれるのだと。だからこそ、外部からの流れも必要なのだ』とおっしゃいました。それだけの理由ではありませんが、この地を閉ざすわけにはいきません。その為に私は戦っているのです。……魔臣として」
そう、剣の魔臣ははっきりと告げました。その横顔に青年はメガネの奥の目を和らげます。
「そうやって、国と民の為に考えられる貴方だからこそ、私は貴方の元にいたいのですよ。レイドリック様」
会話をしているうちに、周りの風景は林から素朴な町並みに変わり、道も石を敷き詰めたものになって参りました。
「側にいるのもいいですが、考えの甘さに呆れ果てるかもしれませんよ?あ、ここです」
「それはない」
最後の言葉が重なったため、店のドアノブを持ったまま、レイドリック様は目を瞬かせました。そして、ふんわりと笑いました。
「そういう事にしておきましょう」
扉を開けた先は、一見整然とした店内でした。
展示スペースや販売スペースはさっぱりと片づいていており、一輪差しがあったり、女性が好きそうな小物が飾られています。
しかし、カウンターの奥をのぞき込めば、箱に入ったままの商品や、下のものを取ろうとすると上のものが落ちそうな服の束がいくつも見受けられます。キレイにしようとは努力しているのでしょう。それらが埃を被っているという事はありませんでした。
どちらにせよ、そこに人を招き入れるのは無理のようです。
きっと、こちら側とバックヤードでは片づける人が別人なのでしょう。
「こんにちは。オルガ、いらっしゃいませんか?」
カウンターに人の姿が見えなかったので、レイドリック様はその乱雑な店の奥に声をかけました。やや遅れて、「おーぅ」と投げやりな声が返ってきます。
しばらく待っていると、何とか存在する通路から中年の男が現れました。
少し厳つい髭面で、一見すると先程の野盗の仲間かと思うほどです。とても衣料品を扱っているようには見えません。
そんな男が在庫の中を器用にするすると近づいて来ました。そして、顔を上げた時に来客の姿を確認したのでしょう。子供のような純粋な笑顔を浮かべました。
「おぉ、待っていましたよ、レイさん!今日はアリアル姐さんじゃないんですね?」
カウンターから身を乗りだして、待ち人にかけます。
しかし、目はしっかりと魔法使いを値踏みしています。商売人のサガなのでしょうか。
「アリアルの方が良かったか?」
その視線に何でもないといったように、ディノがニヤリと笑います。
「まさか!あの姐さんは目のやり場に困る」
店の主人は降参と言ったように手を挙げました。
「今日は凄い人連れていますね。若いのに複数の証持ちとは。それに頭も度胸も悪くない」
『証持ち』とは、各分野の魔法を修めると授与されるアクセサリーを持っている人の事を指すのでございます。ディノは見える範囲でも複数持っているのが確認する事ができます。
「はい。本業の方で助力頂いているディノです。今日はアリアルの代わりに私に付き添ってもらっています」
紹介されたディノは軽く会釈しました。それに店主も返します。
「オレはオルガっつーもんだ。昔から我が家をレイさんに贔屓にしてもらっていてな、『レイパレス』の販売を任されている」
「つまり『レイパレス』の窓口というわけだな。確かにこんな所に店を構えているとは思わないな」
ディノが何やら納得したように店主の説明に頷きました。
『レイパレス』の販売ルートは人間達には秘密とされています。実際は、いくつもの店や人の手に渡り、最終的に人間の国のお店に行き着く、という流れになっております。
全ては販売元を知られないようにするカモフラージュ。
稀にしつこい輩が現れますが、協力者もあってバレた事はございません。
「こんな所言うな、こんな所って」
操業ん百年だぞ、とオルガは大して気にしていない素振りで言いました。
「あれ?リアナさんは?」
店内を見回していたレイドリック様は、いつもいるはずのもう一人の店員を尋ねます。
「あいつなら、買い物です。セールだとか言っていましたね」
リアナはオルガの奥方でございます。この旦那の足りないところを見事に補っている素敵な女性です。
「そうですか、判りました。今日の用件は先触れも出しましたが、この件です」
そう言うや、レイドリック様は持ってきた荷物をどんっとカウンターに置きました。
見た目よりも重そうな音がしたのは決して間違いではございません。何故ならその中身は、
「前に好評だったスカートと新色のシャツを10ずつと季節に合わせたジャケット5です」
そう、商品の納品です。
「いつも仕事が早いですね、レイさん。……確かにお預かりします」
荷物を解き、手早く数と縫製を確認したオルガを見て、レイドリック様は次の荷物を出しました。
それに店主は目付きを変えます。
「それから、本日の本題です」
そう言いながら包みを開けました。
「次の季節用にコートと作業用のボトムスです。意表を突いてみました」
付き添いのディノもそれを覗き込みます。
コートはパステルカラーの生地に、よく見れば花や蔦をモチーフにしたデザインが刺繍されており、ふんわりと軽やかな印象を見る者に与えます。
作業用ボトムスと言われた方は、『レイパレス』には珍しい機能重視のアイテムになっております。
作業の邪魔にならないように華美な装飾は極力省き、シルエットにこだわった一品でございます。ポケットも多めに配置されており、作業用の名を違えておりません。
何の関連もない二品ですが、実は領主様が右腕のグランを見ていて思いついたのだそうです。
彼、黒っぽい色ではありますが、コートやカーゴパンツを好む傾向がありますからね。
それに、物を持ち運ぶ事がよくある割に、収納が少ないと以前よりこぼしておりました。
「まぁ、私が思いついたまま作りましたので、一般に通用するか判らないのですが。どうです?オルガ」
試作品を前に唸るオルガに対して、レイドリック様は顔色を伺います。
彼はようやく手に取ったボトムスを慎重に見ています。しばらくそうした後、店主は口を開きました。
「とりあえず、出してみましょう。作業用なんて言うので、どんな物かと思いましたが、大丈夫ではないでしょうか。ただ、このままだと少々強度が弱いのでは?」
「確かに、いつもと同じように作ったので、動いたり、摩擦に少し弱いかもしれませんね。生地と縫い糸を丈夫にすべきかもしれません」
その後、二人は着心地と強度の話し合いを始めてしまった為、蚊帳の外の魔法使いは、やれやれとカウンターに凭れ掛かりました。
数十分後。
ディノはその光景をらしくなく呆然と見ておりました。
「普通、反対だろ……」
ええ。全くその通りでございます。その光景とは、
「いいえ、全部で1080レランです!譲りません」
「頼みますよ、レイさん。1740は取ってもらわないと困ります!」
値段交渉です。
ただし、普通は業者の方が買い叩くはずなのでありますが、レイドリック様があまりにも価格を下げてしまうために、困ったオルガが値段を上げるという、変な交渉になっております。知り合い故というべきでしょうか。
ちなみに毎回、でございます。
「いつも言っていますでしょう!?私の趣味の延長上だと」
「だからと言ってブランドの価値下げてどうするんですか!先代に顔向けできなくなりますっ」
埒があきません。この話はいつも平行線を辿ります。
店主の奥方がいてくれれば多少まとまりやすいのですが、今日は期待できないでしょう。
そう感じたのか、成り行きを見守っていた青年が溜め息を大きく一つ吐き、ようやく口を挟みます。
「レイ、それは安すぎる」
値段交渉の場に一歩踏み出しました。
「そもそも、だ。首都で見た商品は『レイパレス』ではなくても、こんなに安くない。
勿論、いろいろマージンが入っての値段だが、倍はしているんじゃないか?」
その言葉にオルガが、そらみろとばかりにレイドリック様へ視線を向けました。
それを気にせず、彼は話を続けます。
「ついでに言うと、ここにある商品をざっと計算したところ、売価は最低でも3300レラン以上。半額をマージンとしても1670は取らないとな」
もちろん、最安値での設定で。と少し低い位置にあるレイドリック様の顔をのぞき込みます。
ちょっと顔が近いですよ、魔法使い。
しばらくの逡巡の後、魔臣は正面のオルガを見据えました。
「……わかりました。えぇ、わかりましたよ。今回は1700レランでいきます。文句ないですよね?」
オルガの提示額は1740レラン。それよりも数字が小さいのがレイドリック様の妥協点なのでしょう。最安値にしなかったのは、フレディ達工場従事者に対する労働報酬を少し上げるためだと思われます。子鬼たちは遠慮するでしょうが。
そして、恐らく横にいる青年の今回の報酬も含まれていますね。
「よし、決まりだ。変更なしですよ、レイさん」
店主は気の変わらない内にと声を上げました。
「今回は仕方ありません。そこまで言われてしまうと。……ディノ、後で覚えていて下さいね」
悔しげに魔法使いを睨む魔臣。しかし、言葉を撤回する事はありませんでした。
「覚えておきますよ。むしろ大歓迎です」
メガネをキラリ光らせながら魔法使いはニタリと笑いました。
はっきり言って、怪しいです。レイドリック様、逃げてー、でございます。
そうしている間に支払いの準備が終わったオルガが、ジャラリとお金が入っているだろう布袋をカウンターに置きました。
「今日は兄さんのお陰で交渉が早く済んだわ、ありがとう。何か力になれる事があったら、遠慮なく言ってくれ」
オルガが気前よく、ディノに声をかけます。
そんな事いうと、この魔法使いにいいように使われそうですよ。
その言葉に青年は顎に指を当て、「そうだな……」と考えます。
「なら、荷物を届けたいのだが。信用出来るルートで」
通貨のレートは1レラン=約50円です。
服の卸値って、いくらくらいが妥当なんでしょう?
レイドリックは、かなりの力持ち。