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剣の趣味と魔法使いの仕事

2話目です。

今回はお出かけします。

 「……よし、出来た。明日どうなるか……っ」

 そう深夜に笑う男が一人。



 ――千年王国デール。

 この国は、人間と呼ばれる種とは別の、魔族と呼ばれる人々が住んでおります。

魔族、と言いましても、外見が多少違う他は、普通の人間となんら変わりはございません。

泣きもすれば、笑いもします。落ち込みもしますし、恋だってします。

何より生きるためには栄養を取らなければならないですし、そのためには対価も勿論必要なのです。

よって、対価として通貨を稼がなければならないのです。


 そんな王国の領地の一つに、フェーレウス領という土地がございます。

現在この領地を治めておりますのは、魔王様の家来『魔臣』の一人。


名はレイドリック。


『剣の魔臣』という二つ名を持つ彼は、文字通り剣の翼を持っておりまして、今までに幾多の侵略者をその武で退けてきています。

しかしその名とは裏腹に、普段の彼は穏やかで領民にも慕われる、良き統治者なのです。


そんな彼の一日は朝の日課から始まります。


「おはようございます、マリアンヌさん。今日も綺麗ですよ」

声をかけられたマリアンヌは、たおやかに微笑み挨拶を返しました。


 ここはレイドリック様の屋敷の庭でございます。すっきりと整備された庭には、年中花が華美にならない程度に咲いております。


「今日はですね、我ながら情けないことに、あまり眠れていないのです」

彼が深紅の瞳を細め、へにょりと苦笑すれば、彼女は理由が判ったとばかりに魔臣の顔を見上げます。


「あはは、やっぱりマリアンヌさんには適わないですね。そうなんです、年甲斐もなく興奮してしまいまして……」

まったく、もぅ。と言いたげに彼女は彼の頭に蔦を伸ばしました。そして、よしよしと子供にするように頭を撫でます。


そうです。蔦なんです。


彼女はこの庭に生息する魔バラで、先代の魔臣の時代からこの場所にあります。

それこそ、レイドリック様とは生まれた時からの付き合いだそうで、彼女にとっては恋人というよりは子供のように彼を可愛がっているのです。

その彼女に水やりと挨拶をするのが魔臣の朝の日課なのでございます。


 ところで、そんな彼らの波打つ金髪とうねる蔦を遠くから見つめる姿が一つ。


早朝というのに、服装に一切の乱れもなく、一分の隙もありません。金色の目を覆うメガネが朝日に輝いています。


だがしかし、その表情は通常の6割は弛められ、わずかに紅潮しています。

第三者から見れば、変な人。明らかなストーカーと呼ばれる輩。

彼の名前はディノ=コバリシェンと言います。


先日自ら魔臣に能力の売り込みに来た、この屋敷内唯一の人間なのです。

彼は人間達の間から、M3(魔王より魔王らしい魔法使い)と呼ばれ恐れられているのですが、今の姿からは想像できません。


売り込みに来たのはついでで、実は魔臣に告白しに来たくらいですからね。

マリアンヌに負けないくらいにレイドリック様が好きなのです。好きのベクトルは違いますが。


隠れているのに申し訳ありませんが、そんな彼に剣の魔臣が気付かないはずがありません。

気配探知に長けているのに加え、最近は毎日のように覗いていますからね、あの人。

よって、レイドリック様は頃合いを見計らって、彼にも声をかけます。


「おはようございます、ディノ。今日も早いですね」


見つかったと判るやいなや、彼は弛んでいた顔を爽やかな笑顔に変えます。

「おはようございます。今日も素敵ですね」


ちなみに彼は、初日にプラス手の甲にキスなんて気障ったらしい事をしていましたが、レイドリック様に拒否されています。


「それに何だか嬉しそうですが、どうかされましたか?」

流石ストーカーもどき。領主様の変化に気が付きました。

その背後でマリアンヌが蔦をバシバシ振っています。彼女は魔法使いが気に食わない様子。可愛がっている子を盗られそうなのが嫌なのだそうです。


「ふふっ、ディノ。私は本日、所用のため外出しますから」

「オレも行きたいです」


留守番を言い付けるはずだった魔臣の言葉は、魔法使いの宣言により音になりませんでした。

どこに行く、何をしに行くなど、全く聞いていないにも関わらず。

ついでに、一人称がオレになってますよ。


ディノの言葉に少し驚いたレイドリック様でしたが、すぐに微笑みます。

「判りました。いい機会ですし。アリアルにも相談してみましょう」


朝食後、出掛ける準備をして玄関ホールに来て下さい。と、予定を告げると、彼は魔バラの葉を一撫でしました。それだけで、マリアンヌは喜びます。


「今日はよろしくお願いしますね、ディノ」

そう言い残し、魔臣は部下と話をするために去っていきました。


マリアンヌは少し寂しそうにしましたが、魔法使いを無視して普通のバラのように静かになりました。

「ふむ、出掛けるなら、オレも用事を済ませるか」

朝日に光るメガネを押し上げ、青年もまた早足にその場を後にしました。



 さて時は過ぎ、朝食後の玄関ホール。

曲がりなりにも魔臣の拠点ですので、玄関ホールといえども、シンプルな造りの中にも品の良さが演出された、ダンスパーティが出来るほどの広い空間になっているのです。


 そこに魔族の女性と魔物が数匹おりました。

魔臣の部下アリアルとその手下達でございます。

本日も彼女はボンテージのような露出の高い服のため、些か目のやり場に困ってしまいます。


そんな彼女達の目の前には大きめの包みが置かれておりました。


「うふふ、いい出来ね。レイドリック様もお喜びになると思うわぁ」

額にもある三つの目を細めながら、彼女は目の前の魔物に讃辞を送ります。


「もったいないお言葉です、アリアル様」

手下の代表である子鬼が深く頭を下げました。彼の周りにいた妖精のような少女達が感激でくるくる回っています。


「い~え、貴方達のお陰なんだからぁ。これを続けられるのも。それじゃ、これは賃金よ。いつものように、みんなで均等に配分しておいてねぇ」


どこからもなく取り出した皮袋を子鬼に手渡します。想像よりも重いそれに彼は慌てます。

「こ、こんなには貰えませんっ。そもそもこの仕事は」


「我々にとっては誇り高き仕事、でしょう?そんなの気にしなくてもいいんだからぁ。ね、レイドリック様」

アリアルは後ろに振り向きました。そこには、この地の領主様が。


ただし、その出で立ちは自慢の角を大きめの帽子に入れ、代名詞である剣の翼を消した、どこにでもいそうな青年の姿でした。

タダモノではないオーラは多少出ている気がしますが。


「はい、みなさんの作業が早くて正確ですので、私もいつも助けられていますよ」

彼らの上司はにっこりと微笑みました。


「フレディ、遠慮なんてしないで下さい。貴方達のお陰で助かっているのですから」

私からの気持ちです。上司にそう言われてしまえば、受け取らないわけにはいきません。

フレディと呼ばれた子鬼は、おそるおそる皮袋を受け取りました。

妖精たちはそれを見ながら、きゃらきゃら笑います。


しかし、すぐに笑いをひっこめて、彼の後ろに隠れました。通路から見慣れない人間が現れたからでしょう。

彼女たちからしたら見知らぬ人間――ディノが手荷物を持って歩いてきました。


「少し遅れましたか?」

いつもの魔道の証である装飾がついた服は、彼本来の威圧感を底上げしている気がします。

彼女たちはそれを敏感に感じたのでしょう。


「いえ、丁度いいくらいです」

レイドリック様はそう答え、子鬼に目を向けます。


「ディノ、紹介しておきます。こちらはフレディ。私の趣味の支援をしてもらっています」

「と、言うと?」


紹介された内容に首を傾げると、横から赤毛の魔族が言い直します。

「『レイパレス』の縫製工場の工場長さんって事よ」


それを聞いて「あぁ」と声を上げて納得する魔法使い。

「まさか量産体制も整えていらっしゃったとは」


 『レイパレス』。

それは、レイドリック様の昔からの趣味が高じて創立された、洋服の老舗ブランドでございます。

人間の間でも人気が高く、この地の一大産業となっております。

もちろん、魔族発信ブランドというのは極秘事項。

自力で突き止めたディノが変た……いえ、空前絶後なのです。


「流石に私だけでは、手が回りませんからね」

こうして、仕事を作ることによって、お金も世間に回っていくのです。


「今、こちらで世話になっているディノだ。 まぁ、よろしくされる筋合いもないだろうが」

魔法使いが子鬼へ、自分で名乗ります。何というか、素の性格がだだ漏れですね。


「フレディと申します。貴方の噂は聞いておりますよ」

独尊的な挨拶に笑顔でそう答えた、子鬼。その微笑みが少し怖いです。


「人間の城の一部を爆破したとか、しつこい人間を禁呪の実験台にしたとか」

「ふふふっ、あまりにもしつこかったので、つい、ね」

爽やかな朝に似つかわしくない会話ですね。


そう思ったのかどうかは判りませんが、アリアルが手を叩きます。

「挨拶はこれくらいにして。出発しないと遅くなっちゃうわよぉ」


「そうでした。ディノ、今日はよろしくお願いします」

魔臣が床に置かれた荷物を軽々と持ち上げながら、言いました。


「判りました、と言いたいところですが、どこに行くのですか?」

今更な疑問をようやく切り出す魔法使い。

レイドリック様とお出掛けが、よっぽど嬉しかったみたいです。


「ああ、言っていませんでしたね。 本日は町まで『レイパレス』の新作と服の納品に行くのですよ」


新作の納品は、毎回創立者自ら赴きます。

そして、商品の評価と改善点、今後どのような形態の服が望まれているのかをリサーチする目的があるのです。

いつもは、部下のアリアルがマネージャー兼護衛として付いて行くのですが、今回はその役をディノに任せる、との事なのでございましょう。


「心得ました。責任重大ですね」

魔法使いがそう言うと、赤毛の魔族がにやりと笑います。

「そうよぉ、しっかりレイドリック様と荷物、護ってね。せっかくデート、セッティングしたんだから」


デートとは違う気がしますが、領主様は必要以外外出する事が出来ない身分の方ですから、アリアル的には譲歩しているのでしょう。


「デートではないです。仕事です」

にっこりと否定する魔臣。彼は『レイパレス』に誇りを持っていますからね。

デート云々はあまり気にしていない様子。


「では行きましょう。ディノ、私の事はレイと呼んで下さい」

『レイパレス』のデザイナーとしての名前なんですよ、と少し恥ずかしげに伝えます。


何、ガッツポーズしているんですか、魔法使い。

小さく「萌え、キターッ」って、聞こえていますよ。


「それでは、行って参ります。侵入者がありましたら、処遇はおまかせします」

そんなディノを無視して、レイドリック様は部下に指示を出し、扉を開けました。


今日もいい天気です。


出て行った雇い主を追いかけようとして元に戻った魔法使いに、アリアルはこっそり耳打ちします。

「くれぐれも頼んだわよ?」

「ふふっ、判っている。不利になるような事はしないさ」


しっかりと頷いた青年にアリアルは「お守りよぉ」と頬にキスしました。

魔臣一筋の彼は、そんな事には全く動揺を見せず、そのままレイドリック様を追いかけて行きました。


さりげなく頬に付いた口紅を拭きながら。


マリアンヌさんは母親気分です。

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