剣の仕事と魔法使いの由縁
1話目後半です。
レイドリックは敬語標準装備です。
「一目惚れです。昔からずっと好きなので、傍にいさせて下さい!!」
あ、顔が真っ赤になっていますね。
「きゃ、言っちゃった」って貴方のキャラと違うでしょう。
言われたレイドリック様も不意を突かれたれたのか、目に見えて狼狽えています。
それに引き換え、目を輝かせたのは領主の横に控えていたアリアル。
「ソレって何時から!?」
貴女、身を乗り出して聞く事でもないでしょう。
女性というのは、得てしてコイバナというのが好きなのでしょうね。
メガネを触りながら、彼は言います。
「私が……、ああ、面倒だ。俺が5歳くらいの時だったな。シャレンドーナ城下町の大通りで転んでしまい、大泣きしていた。あれは今でも人生の汚点だったな。周りの大人は遠巻きに見ているだけ。声をかけようともしない。
しかし、その人は違った!
座り込んで泣いていた俺に駆け寄り、擦り剥いた膝にハンカチを当て、「大丈夫?」と。眉目秀麗な白皙の顔に深い慈しみを持った紅玉の瞳、それらを彩るような光り輝く髪!!もう、その辺の聖女や美女が一瞬で塵芥よりも劣るどうでも良くなったほど、女神と見間違うばかりの美しさだったね。あまりの神々しさに周りの空気すらキラキラ輝いて見えたさ。その瞬間、決めたね。この人に付いて行きたいと!」
レイドリック様、撃沈。机に頭を打って、動かなくなりました。
それにしても、かなり早口で恥ずかしい事を一気に言いましたね、ディノ。
アリアルは、「おぉー!よく言った、男前!!」と彼に賛美を送っています。彼女の思考回路はよく判りません。
ちなみにシャレンドーナは人間のお城がある大都市でございます。
10年くらい前に、『レイパレス』の仕事で名指しの指名があり、レイドリック様が人間に化けて出向いた事があります。その時の事でしょう。
「……レイドリック、街中で魅了の魔法使うなよ」
グランが倒れたレイドリック様に深いため息と共に、一言。
それ、きっと領主様にグサッと刺さっておられますよ。
「私だって、人間の町で魔法を使うなんて、馬鹿な真似はしません……っ」
のろのろと顔を上げたレイドリック様は、グランをキッと睨み付けます。真っ赤なので、迫力はありませんが。グランもグランで慣れているので、全く動じません。
そのグランの耳がぴくりと動きました。
「それよりも、旦那。荒っぽい客人の登場だ。立ち直れよ」
「立ち直れって、貴方が追い打ちをかけたのでしょう?」
少し涙目になりながらも、席より立ち上がる領主様。翼をぐぐっと伸ばします。
そして、何故か悶えていた先客(レイドリック様の様子に燃え……?ていたらしいです)に改めて視線を向けました。
「話の途中にすみませんが、ディノ。冒険者達が来ます。壁際に寄って下さい。巻き添えをくいますから」
「謁見中に乱入者か。一介の冒険者ごときが俺の有意義な一時を邪魔するなど……。
ふふ、どうしてくれようか……」
先程の態度から一転、立ち上がった彼から漂うのは明らかな冷気。
魔法使いが、怖い!!何をする気ですか!
そして、何故やる気満々なんですか!?
その様子をちらりと見ただけで、レイドリック様は何も言いませんでした。
「こっちに寄っておけ、魔法使い。レイドリックの邪魔になる」
その代わりに彼を誘導したのは、グラン。『レイドリックの』を強調していますね。
それに反応したディノは、渋々ながらも従いました。領主様の名前を出されると、弱いようです。
グランがレイドリック様の隣に立つ頃、扉がゴンっと音を立てます。
そして、一拍置いてから扉が盛大に開かれました。多分、扉にぶつかったのでしょうね。
「魔臣レイドリックッ!!お前を倒して、今日こそここから魔族を排除する!!」
勢いよく、飛び込んできたのは3人の男女。
先程の突入失敗で、シリアス半減していますが。生暖かい目で見てしまいますよ、本当に。
冒険者でしょうか、身なり的に、戦士、剣士、魔法使いと見受けられます。
リーダーらしき男の声に、立ち上がったレイドリック様は冷静に返します。
「この土地はもともとフェーレウス(魔族)の地。貴方たちが侵略者と知りなさい」
「そもそもぉ、扉にぶつかっているような人になんか、やられたりしないわよねぇ」
横からアリアルが、甘ったるく、だけども見下したような声で彼らに言います。
「そうだな。それに、この場に駆け込んでくるという時点で、品性を疑う」
グランが同僚の言葉に頷きつつ、さらに追い討ちをかけます。本人に悪気はありません。
「なによ!そんなの関係ないでしょ。あんたたちのせいで、苦しんでいる人がいるんだから!覚悟しなさいよっ!!」
そう金切り声で言ったのは、魔法使いらしき女。
戦士はちょっぴり落ち込んでいます。扉に当たったのは、彼のようですね。
「何を言い出すかと聞いていれば、見苦しいな。そんな漠然とした物言いしか出来ないとは」
それに口を挟んだのは、壁際にいたディノでした。
「その苦しんでいる人の詳細を述べろ。いつ、どこで、どこの、だれが、どのように!どうしてそうなったか!それをレポートにして陳情し、その上で事に及ぶべきだろう。話し合いが出来る相手ならば、警告で済ませられるはずだ。シャレンドーナの法律ではそうなっていたはずだが?この状況だけ見ると、どうやってもお前たちが悪者にしか見えない。その魔道の髪飾りは、本当に飾りだけか?同業者として、ひどく嘆かわしい」
淡々と無表情に正論を述べた魔法使いは、最後に呆れた視線を彼らに送りました。
口を挟む隙も与えない科白は、恐怖の何者でもありません。
「あ、あんたは……、M3のコバリシェン!」
最初に口を開いたのは、口撃(誤字にあらず)にあった、あの女魔道士でした。その根性に感服です。
「ほぅ、俺の事を知っているようだな」
そう言って、腕を組む姿は威圧感があります。
「M3って?」と仲間に聞いたのは、アリアルと剣士がほぼ同時でした。
「『魔王よりも魔王らしい魔法使い』!攻撃魔法から治癒魔法、古代魔法まで修め、王侯貴族から裏ルートまで全て知り尽くし、あいつの前では王様ですら膝を付く。敵に回したが最後、地獄に落ちるよりも恐ろしい制裁が……」
「その言葉自体が、俺の反感を買っているのだが?」
怯えたように話す彼女に、底冷えするような声で返すディノ。
眼鏡が光っています。光源なんてないですよ!?
「そんな奴がどうしてここに……?」
戦士の方、空気読んで下さい。お仲間さんが固まっているのが判らないのですか。
「はっ、俺は……」
「貴方達と違って、彼は通常の訪問客です。こういう人間が増えてくれると私の仕事も減るのですけれどね」
ディノが何か言葉を連ねる前に、魔臣が遮りました。きっと、魔法使いが魔族側に寝返ったと思わせたくなかったのでしょう。
いつかこの優しさ、というか気配りが仇にならないか心配です。
「まぁ、シャレンドーナの法律がここに適用されないと思うがな。それに、ここに侵入してきた時点で、排除は確定だが。……どうする?」
グランが上司にお伺いを立てます。
「来客中ですので、時間短縮のため私が一人でやります。アリアル、グラン、下がっていて下さい」
そう言うと、レイドリック様は剣の羽を音を立てて広げました。
それに気付いた侵入者3人は、慌てて身構えます。
「あらぁ、久しぶりに見られるのねぇ。レイドリック様の技」
「そうだな。最近は出すまでもなかったからな」
それとは反対に、すでに後ろに下がって、傍観体制の部下2人。
それを狙って走り出す冒険者達。
「行きますよ、ブレイド・レイン!」
その前に紡がれる魔臣の魔力。
頭上に現れる幾多の刃。
その全てが走る人間たちに降り注ぎます。
逃げ場の無いくらいの剣先に、彼らは顔色をなくしました。
ちなみに今日の技は全然魔力のこもっていない、手加減されたものです。見た目とは裏腹に。
そのため、落ちてきた刃たちは、床に付く寸前にすべて消えていきます。ごみも出ませんし、床に穴が空いたりもしないため、後片付けがいりません。非常に経済的です。
技を受けた方も、まぁ、意識は失うでしょうが、命に別状はないでしょう。
多少は切れたりしますが、当たった瞬間、衝撃を残して消えますので。
それに、どう見ても刃先が尖っていません。
数千の剣の雨が止んだ後に残ったのは、倒れ伏した侵入者たちだけでした。
「あいかわらず、素晴らしいコントロールだな、旦那」
剣が消えたのを見計らって動き出したのは、グランです。倒れている人間たちに近寄ります。
「それだけが取り柄ですからね。……恐らく、1週間くらいで完治すると思います」
苦笑気味にレイドリック様が返すと、彼は頷きました。そして、倒れた者たちを俵担ぎにします。
「判った。いつもの所に預けてくる。では、失礼する。アリアル、留守中頼む」
「はぁい、いってらっしゃーい」
開いたままの扉から出て行く狼の青年に、アリアルはひらひらと手を振りました。
「お待たせしました、ディノ。見苦しい場をみせてしまって」
気を取り直して、レイドリック様は壁際の魔法使いに声をかけます。
「気になさらず。来た早々、凄いものが見られたと感動しているのですよ」
領主の正面に歩いてきた青年は、どこかきらきらとした素敵な笑顔で言いました。本性を考えると、少し怖いです。
「彼らは、どこに?」
立ち止まって、彼は開けっ放しになっている扉に視線を向けます。
「町の外れにある診療所です。ここで目覚められても困りますし、外に放置するのも憚られますし」
苦渋の選択です、と領主様は言いました。
「それよりも、いいのですか?ここで働くという事は、今回のような事にも遭遇します。危険な事もありましょう」
レイドリック様は、ディノの本来の訪問目的である求人募集に話を戻しました。
「勿論、覚悟の上です。考える時間は沢山ありましたから」
彼は正面を向いて言い切りました。
「あまりこういう事で覚悟を決めてほしくないのですが……。私たちには、貴方に隠している事も沢山ありますし、言えない事もあります。何より、私、女性ではありませんよ?こう見えても」
ディノの視線を真正面から受けながらも、レイドリック様は言葉を重ねます。
「男だろうと女だろうと、傍にいたいと思ったのは貴方です」
魔法使いの視線に揺るぎはありませんでした。
「愛さえあれば、オールオッケー!」
なんて、後ろでアリアルが親指を立てます。
オヤジ臭いですよ、注意して下さい。
「それに、言えないのは仕方の無い事だと思っています。
……例えば、『レイパレス』の事など」
魔法使いの言葉に、頷きかけた魔臣でしたが、うん?と止まります。
「あ、あの、『レイパレス』って……?」
聞いてはいけない言葉のように、魔臣は顔を引きつらせながら聞きました。
いきなり極秘にしている名前を出されれば、流石にポーカーフェイスは無理のようです。
「私は最初、助けてもらった『レイパレス』のデザイナーに会う為に、調べていたのですが、まさかここに辿り着くなんて思いませんでしたよ」
ふふふ、と優しく笑う彼には悪いですが、予想外すぎます。どれだけ調べたんですか……。
さっきの女魔法使いが言っていた「王侯貴族から裏ルートまで全て知り尽くしている」というのは、あながち間違いではなさそうです。
まぁ、なれそめを聞いた時点で、その事は微かに想像できましたが。そこまで行くと、立派なストーカーです。
「それって、他の人間も知ってるって事?」
アリアルが訝しげに聞きます。
確かに人間の話を調べてここまで来たというのなら、大問題です。早々に、処理……いえ、対応をしなければなりません。
「心配しなくていい。俺の聞いた範囲で知っている人間はいなかった」
だからこんなに時間がかかったんだ、と広すぎる情報網を持っている青年は言いました。
つまりは、魔族にまでお知り合いがいるという事なのでしょう。
求人情報誌アイテムも、きっとそちら経由で手に入れたのだと思われます。
「もちろん、私も誰にも言っていないし、言うつもりもありません」
彼は領主様に笑いかけます。
「愚かだと思われるでしょうが、人間側が必ずしも正しいとは限らない。現に私はそういう場面に出くわした事もありますし」
給料出ないのも困るでしょう?
洒落を利かせたつもりでしょうか。彼は、暗くなりそうな話をそう言って切りました。
「利益よりも、ようやく巡り会えた奇跡を優先したい。それではダメでしょうか?」
キメ顔で言い切りましたね。ディノ程整った顔だと、口説き文句にしか聞こえません。
領主様の横では、アリアルが「いやん、勿論オッケーよぉー」と叫んでいます。
何がOKなのでしょうか……。
レイドリック様は驚いたような顔をした後、ふっと笑われました。
「私に奇跡を否定する権利はありません。そこまで覚悟がおありなら、いいでしょう。貴方を採用しましょう」
それは魔臣が負けを認めた瞬間でした。
「ただし、しばらくは客人扱いです。研修期間と思って下さい。それから、魔王様にもお伺いしないといけませんが、あの人の事です。一つ返事で許可を下さるでしょう」
やれやれと頭を緩く振るレイドリック様。あのお方は面白いもの好きですからね。
魔法使いの前まで歩み寄った領主様は手を差し出されました。
「これから宜しくお願いします、ディノ」
その手を取る、青年。
「はい、私の全てを貴方に捧げます」
女性ならば、うっかり惚れてしまいそうな笑みを浮かべ、彼は騎士の誓いのような言葉を紡ぎました。
こうして、フェーレウス領に一人の人間が住み着く事になったのでございます。
この『剣の魔臣』と『魔王よりも魔王らしい魔法使い』の出会いが、まさか後に大きな嵐を起こす事になろうとは、この時は魔王様ですら誰も予想できなかったのです。
魔王「え、求人に来た人間の魔法使いを雇いたい?
へぇ、変わった人間がいるもんだ。
……しかも、惚れられただと?あっははははぁ。
いいじゃん、いいじゃん、雇っちゃえば。
ついでに付き合っちゃえば。
魔王よりも魔王らしいってくらいだから、
実力も申し分ないだろうし、顔も悪くない。
『レイパレス』の事も秘密にしてくれるんだろ?
私に反対する理由は無いね。何より、面白そうだし。
うんうん。せいぜい可愛がってやれよ、レイドリック」
その後、通信用鏡の前で項垂れているレイドリック様が目撃されたとか何とか。