剣の裏の訪問理由と魔法使いの苛立ち
結果はまあ、予想通りです。
しばらく見つめあった後、恋人の体をずらし、部下らしき人達に合図を送ってから、玄関先に歩いてくる女騎士。職務を放り出すような人では無いようです。
「コバリシェン、無事だな」
近くまで来ましたが、魔法使いの大分広いパーソナルスペースに入る事無く彼女は立ち止まり、今一度確認の言葉を掛けました。
「ふん、聞かれるまでもない。練度が低くなっているのではないか、この国の兵は」
まあ、一方的に蹂躙していましたからね。それに彼女は苦笑いを返し、もう一人の被害者であるレイドリック様に視線を向け、驚いたように目を見開き、すぐに平静を装います。
「貴方も大丈夫でしたか? この国の兵は乱暴が過ぎるきらいがありまして」
驚いたのは「魔臣が何故ここに!?」ではなく、自分の婚約者もビックリな顔があったからだと思われます。現に剣に手が伸びるような事にはなっていないようですし。
「ありがとうございます。この通り、ディノがすぐに拘束してくれたので」
本来なら、自身でもこれくらいの数どうという事はないレイドリック様が、お礼と共に返した。
それを塞ぐように魔法使いが立ちます。
「騎士団も使い様がないな。来るのが遅い」
彼の言葉も一理あるでしょう。
恐らくこの人達がここに来たのは、ハインツ氏の着付けが始まる前。お茶まで頂いたので約1刻(2時間)程は時間があったはずです。
……憲兵も暇なのでしょうか。いえ、魔法使いの優先度が高過ぎるだけですね、きっと。
「それを言われると耳が痛い。内部にも反対派がいたようでね。足留めさせられたんだ」
騎士団で実力者である様子の彼女が、申し訳なさそうに頭を下げました。
「ほう、あの馬鹿どもが。こちらの仕事に影響が出るようなら、1度躾に行っておくか。いろいろ折ってきておいた方がこの国も平和になる」
その台詞に、蔦に囚われていた男達が面白いように一斉に動きを止めましたよ。まさか何回か体験済みですか。
「それは止めてくれ、お願いだから」
レミリア嬢もその光景を想像したのか、ぶるりと身を震わせました。
だから、一体何をしているんですか、魔法使い。
「それは奴等の出方次第だな。一般市民を何だと思っているか、だ」
騎士団、憲兵隊は共に、市民延いては国を護る仕事です。それが蔑ろにされては、そんな団体に意味はありません。
ディノは躾と託つけて、それを忘れないようにしているのかもしれません。
……多分、違うでしょうが。
「それにしても、ようやくくっついたらしいな。今まで鬱陶しくて敵わなかったんだ、さっさと結婚でも契約でも何でもするんだな」
魔法使いが、庭の真ん中で婚約者に見惚れているハインツ氏を睥睨しました。彼は勿論、レミリア嬢も多方面から人気が高そうですので、いろいろ障害があった事でしょう。
そして、お互い想い合っているのが周囲にバレバレだった、と。
「それは、もう」
女騎士は輝かしい笑顔で返事をしました。が、その答えはどういう意味なのでしょうか?
「ディノ」
その時、レイドリック様が鋭く声をかけます。視線は庭へ。
そちらには精霊かくもという男が騎士に羽交い締めにされていました。
それを見た瞬間、視界に何かが認知出来ない程の速さで通り過ぎます。
「私の女神に何をする!」
それは当然のようにハインツ氏を避け騎士の顔面に当たりました。どうやらレミリア嬢が投げた短剣(鞘付き)だったようです。
反動で放物線を描くそれで、ようやく正体が判りました。
周りの仕事熱心な騎士達は、「あーぁ」と言わんばかりの表情です。きっと彼は結婚反対派若しくはレミリア嬢を妬む一派だったのでしょう。無惨にその場にひっくり返りました。
それで終わるはずもなく、レミリア嬢は金色の髪を靡かせ接近、うつ伏せ状態にさせると踏みつけ後ろ手に拘束をします。
流石の実力者。流れるような捕縛術です。
「ハインツ、すまない。私がいながら、こんな事に」
「レミリアなら助けてくれると信じていたから」
うわあ、襲った騎士の人が気持ち悪そうな顔をしていますよ。周りの騎士達は見ないフリしておりますし。
「では、ハインツさん。私達はお暇させて頂きますね」
そこに至って普通に近付いたレイドリック様は、至って普通に告げました。
「もし、ディノに用事があるのなら、こちらを通して下さい」
微笑みながら有無を言わさない意思が感じられます。
それに知っていますか? 『レイパレス』の店舗は、滅多に見つけられない幻の店と一部では言われているのですよ。
「今は私の大事な従業員なので、守るのは当然、ですよね」
「あ、ああ。無理な要請はさせないと誓おう。上がどう判断するかは判らないが」
レミリア嬢、そこでの同意は貴方達の言う『勇者が試練に立ち向かう』ようなものです。つまり『かなりの困難を極める』のが判りきっています。
「今回は有り難う。本番の皆の反応を楽しみにしている」
ハインツ氏がそう告げると、レイドリック様は1度軽く頭を下げ、魔法使いを連れてその場をあっさりと去りました。
拘束されたままの憲兵達とどうやって拘束を取ろうかと迷っている騎士達を残したまま。
「レイ」
暫く無言だった魔法使いが、屋敷から大分離れた後、口を開きました。
合図の様にトントンと杖で地面を叩いていたので、先程まで使っていた魔法を解除したのかもしれません。
「ディノ、今は何も言わず、ティーブレイクしませんか? この子たちの報酬もまだですし」
レイドリック様は微笑みながら、召喚されたままの妖精達を引き合いに出して言葉を遮りました。
「それに、顔の険が取れていませんよ。無理は禁物です」
本来は赤いはずの目が魔法使いに向けられます。その視線を感じながらも、魔法使いはそれから逃れました。
「……この町はいつも私を苛立たせる。今日だって、国を出ようとした時だって、研究所を氷漬けにした日も城に仕えろと言われて爆破した日も、……貴方に会ったあの日も」
そう魔法使いは告白しました。
以前話に上がった事のあるお城の一部を爆破した、というのを然り気無く自供しています。後、研究所を氷漬けにしていたんですね。まだまだ余罪、いえ彼風に言わせてもらえば『正当な権利の行使』がありそうです。
「知っていますよ。あの日、私がこの国に来ていたのは、それも関係していますから」
それに魔臣はなんて事の無いように言いました。
その言葉に魔法使いが僅かに目を見張り、白皙の相貌に視線を向けました。
「『勇者育成計画』。馬鹿げた計画です。それを本気でやったのだから質が悪い」
「知って、いたのですか……?」
その単語に魔法使いの口が戦慄きました。それにレイドリック様は首を振ります。
「あの時、貴方に会ったのは本当に偶然です。機関を潰した直後だったので、貴方が被験者だというのはすぐに判りましたが」
『勇者育成計画』は、『魔族を駆逐するため』という人間の国の一方的な名目の元、進められていた計画です。
国の言う通り動く強力な戦力を人為的に造ろうという、人道を逸している内容でした。幼い子供から親を引き離し、知識を詰め込み、それでも親に助けられるという希望にすがらせ、その親に裏切られる。そこに付け入り、国の上層部に依存させるように仕向ける、というもの。
そして、よりその分野にのめり込むようにさせ、戦力を増強させるのだとか資料には書いてありました。
あの時はアリアル他作戦部隊全員で完膚なまでに叩きのめしていた事をお知らせしておきましょう。
「あの時も言ったが、あの日、私は屋敷を抜け出して、両親に会いに行ったんだ」
目的のカフェに着いて、席に座った魔法使いはそう言いました。
「今思えば、当時の私が屋敷から無断で出られるはずがなかった。きっと全て計画されていた事だったのだろう」
「ご両親は?」
レイドリック様が尋ねれば、ふっと魔法使いは力無く笑います。
「私が辿り着いた家の窓から見たものは、笑った両親の側に私と同じくらいの子供がいて、とても幸せそうな光景だった。知らない間に弟が生まれていたんだ。魔力が高くもない、金色の目でもない、至って普通の子供。……もう、私は、彼等にとっていらないのだと、すぐに思った」
実際にはご両親はディノの事を心配していたそうですが、双方共に祖母のメラニー嬢に邪魔をされ、それが判ったのが大人になってからなのだそうです。
「悲しみから、がむしゃらに走っていた時に、あそこで転けて、貴方に出会った。きっと、あそこで貴方に会わなければ、私は生きる人形に成り下がっていただろう」
魔法使いが人形……。普段の魔王っぷりを見ていますと、想像も付きません。
「いいえ、貴方はいずれ気が付いていたと思います。その出来事が仕組まれたものだったのだと」
「それでも!」
レイドリック様の落ち着いた声をディノが遮りました。
「あの時、助けてもらったのには違いありません。あの言葉が無ければ、私は一歩も踏み出せなかった」
レイドリック様が他国に赴く場合、大体裏で他の作戦が実行されています。レイドリック様自体にはアリバイがありますからね。




