剣の片鱗と魔法使いのやり方
試着とやってくる厄介事。
「ほぅ、本当に妖精の王のようですぞ」
回りに小さな妖精を侍らせた主を見て、老人は感嘆の声を上げました。
様々な白に身を包んだ依頼人は、他を圧倒するような美しさでございます。
「凄くお似合いです。他にサイズが気になる所はございますか?」
衣装を着せながらも要所要所に待ち針を刺していたお針子は声をかけました。
「サイズは気にならないんだけど、それが気になるな」
それ、と言ったのは、レイドリック様の周りに浮いている糸切り鋏、糸の付いた縫い針、色とりどりの待ち針でございました。
その問いにレイドリック様では無く、その様子を後ろから見ていた魔法使いが「ふむ」と考察を口にします。
「どうやら、け……金属の魔法のようだが」
魔法使い、普通に『剣の魔法』と言おうとしましたね?
一介の服飾デザイナーがそんな魔法を持っていると判ると、あらぬ疑いをかけられますよ。実際は疑いしかないのですが。
「はい。ディノの言う通り、金属魔法、延いては錬金魔法の系統になるそうです」
レイドリック様は言いかけた事に気が付かなかったかの様に、その魔法の説明をします。
「『レイパレス』の創始者が作り出した魔法でして、金属の道具を浮かせておけるので作業がスムーズになります」
本来軽い縫い物ならば、この魔法で出来るのですが、顧客の前では浮かせるだけという事にしております。そうしないと、攻撃にも転用可能という考えに及ぶかもしれませんので。
「但し、巻き尺と物差しは金属じゃないので浮かせられないのですが」
「魔法で金属のものを作れないのか?」と言いたげな魔法使いに魔臣は苦笑を浮かべます。
「尺度が狂ってしまうので、長さを測るものは無理です。それに自分で測った方が、融通がきくでしょう?」
少し距離を取って全体を眺めてから頷き、また元に戻る。
「大丈夫そうですね」
ピクシー2人が、レイドリック様が先程ベストから垂れる布に追加で付けたチュール生地に、クリスタルガラスを新たに縫い付けていくのを、全体のバランスを見ながら頷きます。
彼女達の仕事は早く、見る間に白い花弁に乗る朝露が出来ていきます。
「いろいろと聞きたい事があるんだけど。衣装に関しては言う事はないよ。完璧」
依頼者は『レイパレスのデザイナー』に聞きたい事がある模様。でも衣装には満足しているという事でしょう。
「有難うございます。でも、いろいろは聞かない方がいいですよ? 謎は多い方が面白いじゃないですか。現に私の指名依頼をする時、ドキドキしたでしょう?」
レイドリック様は笑って拒否の言葉を口にしました。
「確かに」
恐らく、『本当に連絡が取れるのか』とか『どんなデザインをしてくるのか』、『人柄は』、『ディノの言う外見をしているのか』等、ハインツ氏はいろいろ考えたはずです。情報の少なさ故、想像はどこまでも掻き立てられます。
「ディノも、きっと先代が『レイパレスのデザイナー』としか名乗らなかったからこそ、気になったのではないでしょうか」
その魔法使いが「違います!レイドリック様!!」という目で見ていますが、話が纏まりそうだと判っているのでしょう。口には出しませんでした。
「それで、何かあったのでしょう?」
ハインツ氏が衣装を脱ぎ、老人がお茶を用意している最中に、レイドリック様は荷物の片付けをしながら、その老人に問い掛けました。
『何か』というのは、衣装の試着前に老人がお茶を持ってきた時の事でしょう。
このような屋敷に何十年も勤めてきたような人が、あのようなタイミングでお茶を勧めるとは、とても思えません。恐らく、客人に気付かれずに主人に異常を知らせるためだったと思われます。
まあ、それを『剣の魔臣』であるレイドリック様が気付くのは、当然といえば当然なのですが。
「どっちに、だ?」
妖精の少女達に髪の毛を引っ張られていたディノが端的に聞きます。
後で仕返しされても知りませんよ。
「何の事でしょう」
老人はしらばっくれますが、その答えが答えになっています。
何もなかった場合ならば「何もなかった」と正直に言ったり、「どういう事ですか」と聞くところです。
「貴族のお屋敷への出入りがあると、多少は事情が判るようになるものですよ」
「探索魔法を玄関に飛ばしたが……、どうやら俺がメインでレイはついでのようだな。大方、大通りの事だろうが」
僅かに微笑むレイドリック様にディノが魔法で知り得た情報を伝えます。
「どういう事だ?」
この屋敷の主が老人に問いかけました。
彼はレイドリック様がこの屋敷に着く前から現在の部屋にいたのですから、事情を知っているとは思えません。
探索魔法?あれは魔法使いだからです。
「ハインツ様が試着する前くらいに、急なお客様が御座いまして。別の来客中だとお伝えしたのですが、ここで待つ、と玄関先を占拠しているのです」
現在進行形で玄関先を包囲しているのでしょう。そうなると、裏口も押さえられていると考えた方がよさそうです。
「強引な客だな。先触れもない。大方、騎士団の連中か?」
ハインツ氏が、その妖精のような相貌を皮肉げに歪めて更に問います。
「そうです。街中で魔力が感知されたとかで、捜査にお見えになりまして」
「強制突入してこないだけマシか。まあ、『M3』相手なのだから慎重にもなるか」
チラリと考え事をしている魔法使いに視線を向けます。どうやら、魔力の波長を登録しており、誰が魔法を使ったのか、すぐに判るようになっているようでございます。
「きっと、貴方様の騎士様の事もあるのだと思いますよ?」
レイドリック様が微笑ましいものを見る目で、ハインツ氏に言いました。
ハインツ氏の結婚相手は、騎士団の実力者です。
序列がハッキリしている騎士団において、それは一種の後ろ楯、という事を示しています。だから、突入なんかしてこずに玄関待機になっているのでしょう。嫉妬からの嫌がらせの意味もあるかもしれません。
「待っているのですから、待たせておいたらいいでしょう。折角淹れて頂いたお茶を飲まずに帰るのも失礼に当たりますから」
騎士団に包囲されている、と判っていても慌てず、席に座り直したレイドリック様。そのレイドリック様に示されて、緊張した面持ちで隣に座る魔法使い。
貴方、先程立っていたのは、そういう事ですか。
「余裕そうだね?」
その様子にハインツ氏が面白そうに問い掛けました。
「長年、商売をやっていると、いろいろ巻き込まれる事もあるのですよ。この国だけでなく他国でも」
探るような視線を物ともせずに、『レイパレス』の創始者は言いました。
「へぇ。是非とも聞いてみたいね」
「面白い話ではないかもしれませんが、それでもいいのなら」
妖精2人にお茶請けのクッキーを手渡しながら、レイドリック様は鈴蘭のような笑みを浮かべました。
「さて、長居をする訳にもいきませんから、私達はこれで失礼させて頂きます。衣装の事で何かございましたら店舗まで連絡下さい」
本当にお茶一杯分、今まであった出張先で遭遇した出来事を話していたレイドリック様は、飲み終わったカップを戻し、先程纏めた荷物を持って、至って普通に立ち上がりました。
ディノも妖精を鬱陶しそうに払いながら、横に立ちます。
「ちょっと待ってくれ。君は他国の人間だから知らないかもしれないが、この国の騎士団の連中は融通の聞かない者が多くて」
依頼主が慌てて止めるのに、レイドリック様は視線を寄越しただけでした。
「ディノ」
そして同行者の名前を呼びます。
「何か問題が?」
「貴方の前に何の障害もありません」
一分の遅滞もなく、淀みもなく返されたそれに軽く頷き、彼が開けた扉から部屋を出ました。
彼の『何の障害もない』は、実際は『何の障害も無くす』なのでしょう。それくらいの力があるのです、魔法使いは。
それをポカンと見送っていたハインツ氏でしたが、ハッとして追いかけます。
「ディノに障害が無くても、私にはあるんだーっ」
「五月蝿い」
廊下を歩きながらそう言って、魔法使いが杖を持たない方の手を横に振ると、ハインツ氏が急に黙りました。口を開閉しているところを見る限り、沈黙の魔法か何かをかけたのでしょう。本当にやりたい放題ですね。
「レイの前に出るのだから、それくらいの覚悟はしてもらわないと、な」
フッと笑った顔も凶悪ですよ、魔法使い。
良く考えたらレイも魔法使ってるやんけー。
魔臣の使う『ブレイドレイン』の魔法は、たまに断ちハサミ、糸切りバサミ、各種針が出てくる事があるらしい。
鈴蘭
かわいい見た目に反し、毒をもち、特に花と根に多く含まれます。鑑賞だけに留めましょう。




