まち針:魔法使いは贈りたい!
今回は、閑話になります。
日常回というべきかは判らないですが。
ディノが暴走しているだけの話?
店先の扉が勢いよく開かれた。
同時にそちらを振り返ると、とある人物が扉を開けた格好で存在した。
その表情は逆光のため窺い知れない。ただ、1人でこの店にいるのは余りにも不自然。
次の瞬間、その人物は言い放つ。
「要求していたブツを渡してもらおうか?」
それは何でも無い普通の日でございました。
何処からか聞こえる小鳥のおしゃべりは聞く者の耳を癒し、開かれた執務室の窓から見える中庭の草木も、今はデール王国特有のモルバデールというオレンジから白へグラデーションの美しい花が彩っており、魔バラのマリアンヌも嬉しそうにわさわさ揺れ動いております。
そんな窓の外を眺めていた部屋の主『剣の魔臣』レイドリック様は手に持ったペンを揺らしながら、ポツリと呟きました。
「いつまでウロウロしているんでしょう?」
そして扉の方に目を向けます。
どうやら10分以上前から誰かが廊下にいるらしいのですが、なかなか入って来ないようなのです。
まあ、そんな事をする人物は1人しかいませんが。
それに集中力を切らしたのか、レイドリック様が書き損じの書類の裏に洋服のデザインを描き始め、先程描き終わったところでございます。
途中まで夜会用ドレスだったはずなのに、いつの間にか婚約者のセツ様が着るようなドレスになっております。
走り書きで『子供ではありません』と書いてあるのは何故でしょう。
執務中に副業の事をしていますと、後で部下の方に叱られてしまいますよ。
開かれる様子の無い扉を眺め、もう1枚いいかな、というように机の横に避けておいた書き損じを取ろうと手を伸ばした瞬間でした。
ココン ガチャ
「旦那、失礼する。いい加減入れ」
ポイッ バタン
残されたのは、咄嗟に手でデザイン画を隠した魔臣とポカンとした魔法使いでした。
声と扉の間からかいま見えた姿から判断するに、レイドリック様の部下であるグランが扉の前の人物をひっ掴み部屋へと投げ入れたのでしょう。
……投げ入れた、で間違いないと思います。
余りの早業に確認は出来ませんでしたが。
恐らくずっと扉の前にいた魔法使いに焦れたのでございましょう。
「ええっと……、ディノ?」
固まって数秒後、部屋の主が声をかけました。
その声で我に返ったのでしょう。魔法使いことディノがピシリと姿勢を整えました。
「失礼しました、レイドリック様。ノックもせずに」
そして45度の美しいお辞儀をします。
「入り口からやり直して……」
「何か用でもありましたか?」
まさかの入室やり直しをしようとするディノをレイドリック様はやんわりと止めました。
「用、といいますか、その」
何だか歯切れが悪いですね。
『魔王よりも魔王らしい魔法使い』のモジモジしている姿は、ある意味破壊力があります。
「……ご覧の通り、私は少し休憩中だったのですよ。庭を眺めていたのです」
そこにレイドリック様が話を促します。
然り気無くデザイン画を他の書類の下に隠しておりますね。
休憩中だったのは、ディノがなかなか部屋に入って来なかったからなのですが、触れるのは野暮というものでしょう。
「実は私用なのですが」
ようやく本題に入るようです。
少しずれていた眼鏡を押し上げ魔法使いが切り出します。
「私の故郷シャレンドーナにこの時期、大事な人に贈り物を贈るという風習がありまして……」
そう言うと何かの箱を取り出します。
え、何処から出てきたんですか?それ。
「どうか、受け取ってください」
その箱は藍色のラッピングに金色のリボンがかかっていました。
どう見てもプレゼントですね。
それを表彰状を受け取る時のように90度の礼をもってレイドリック様に差し出しました。
「突然ですね。でも、有り難う御座います」
ちょっと虚を突かれたような顔をしたレイドリック様ですが、ふわりと笑ってその箱を手に取ります。
「開けてみても構いませんか?」
「はい、勿論です。老舗ブランド『レイパレス』の貴方様に渡すには不釣り合いかもしれませんが、私の独断と偏見で似合うと思ったので、寝る間も惜しんで夜な夜な作り上げた私の持てる技術と愛と想いと妄想ともうその他諸々がふんだんに盛り込まれた代物です!」
何か怪しい呪術まで盛り込まれていそうな言葉ですね。
それを気にせず、レイドリック様は包装を丁寧に開きました。
中には折り畳まれた白い毛糸製品。
広げますと、四隅に透かし編みの入ったストールでした。透かし編みを多様せず、男性にも持てるような仕上がりです。
「これ、手作りなんですか?」
先程の台詞の中で気になったであろう言葉をレイドリック様が尋ねました。
確かに「夜な夜な作り上げた」と言っておりますね。
……似合いません。
その問いに目の端を赤くしている魔法使い。
「はい、そうなんです……。隣町のオルガにグランドメウメエの毛糸を仕入れさせて作りました。集中力向上のために、これだけは許されていたので。我ながらまずまずな腕は持っているはずです。まあ、職人には敵わなかったですが……」
どうしてそこで職人に勝とうとするのでしょうか?
メウメエは羊のような魔物です。
生態も普通の羊とほぼ変わりませんので、人を襲う、などは無いのですが、魔力を吸収していくと小山ほどの大きさになり、グランドを冠するようになります。
そうなると木の葉をそれこそ木まるごと1本食べてしまうようになってしまうのです。
そのため、ある程度の大きさに達する事があると、討伐しなければならないのでございます。
1月ほど前にも討伐案件があったため、その毛が使われているのやもしれません。
「いいえ、とっても素敵ですよ」
背中から剣の翼を消し、手に持つそれを羽織れば、成る程、レイドリック様のシックな装いにも合っております。
でも、それ、羽織るんですね。首に巻くのではなくて……。
……そして、何か魔法使いが涙ぐんでプルプルしているんですが。「天使がいる」って、お迎えが来ちゃったのですか!?
「でも、ディノ。その話は正確ではありませんね?」
そんな彼を見ながら、レイドリック様は口許に人差し指をあてました。
その言葉を聞いてディノがピクリと反応します。
「その風習は『大事な人と贈り物を贈り合う』だったはずですよ。私だってシャレンドーナにブランドを展開しているのですから、勿論知っています」
そう言って、レイドリック様は執務室の机の引き出しから何かを取り出しました。こちらは薄いクリーム色の袋に赤いリボンがシンプルに結ばれています。
「本当は私から渡そうと思っていたのですが、先を越されてしまいました」
肩を竦めながら、顔を上げた魔法使いにそれを手渡します。
「『手を携えるものよ、ありがとう』でしたっけ?」
それはその風習の決まり文句のようなものなのだそうです。
「ただ、ちょっと失敗してしまって……」
失敗、と聞いてディノは自らの手に乗るその袋を見つめます。
もちろん、内容が透けて見える事はありません。
「開けてみて下さい」
その言葉に素直に従い、魔法使いは結ばれたリボンを恭しい手付きでほどきます。
そして出てきたのは上品な薄灰色をした皮の手袋。
とても失敗したようには見えません。
「実はこれもグランドメウメエなんです。皮、ですけれど」
グランドメウメエはその性質上、毛には魔力が宿り、その下の皮膚は魔力を透過するようになっています。
「ディノは杖を持っていますし、魔力透過率の高い素材の方がいいと思ったので。滑り止めにもなりますから使いやすいはずです。でも同じものを選んでいたなんてビックリしました」
杖を使って魔法を放つ場合、杖に魔力を送り込まなくてはなりません。そのため、魔法を使う者は魔力の流れを遮るようなものを基本身に付けないのです。
ディノも例に漏れず、魔力を放出するための両手は何もつけていませんでした。
苦笑したレイドリック様が手袋の端を指差します。
「それでですね、出来上がったのはいいのですが、いつもの癖で『レイパレス』の刺繍を入れてしまって……」
そこには確かに『レイパレス』の商品につく徴が。
「商品ではないのに、すみません」
「いいえ、有り難う御座います。『レイパレス』の……家宝にします!……あ、それだと他人の目に触れてしまう……!」
何か葛藤があるようですが、レイドリック様の懸念は気にしないどころか嬉しそうです。
それにしても、『魔王よりも魔王らしい魔法使い』が『レイパレス』の刺繍入りの小物(守護効果あり?)を持つとか、実は凶悪な組み合わせなのでは?
「ちゃんと使って下さいね?」
貰ったものをそのまま観賞用にしそうな様子のディノに魔臣は一言添えます。
その言葉に何だかやたら躊躇った後、渋々頷く魔法使い。使わない気でしたね。
「何か途轍もなく畏れ多いというか、贈り物を受け取って頂けただけでも幸せすぎるのに、手作りの贈り物交換だと……!しかも俺の事を想ってのチョイスとか、これが噂に聞く恋愛イベントというも……のがっ」
その時、何か外から飛来物が。
それはレイドリック様を避け、何やら言っていたディノの額に直撃いたしました。
床を見ると、黒い何かがコロコロと転がっています。
「あ、種!」
その正体が判ったのか、それを摘み上げ手の平に乗せました。
そして窓の外に視線を向けます。
「マリアンヌさん、種が出来たのですね。有り難う御座います」
花が綻ぶような、というべき笑顔で魔臣は庭のバラにお礼を言いました。
魔バラの種は魔力を含み、滋養強壮に富んでいるため薬として利用できるのです。
マリアンヌは「お安いご用よ」と言いたげに蔓を左右に降ります。そして「私もプレゼントよ」と蔦をスイッと種に向けました。
ところで、魔法使いが無言なのですが。
何だか黒雲を背負っている気がするのですが!
「レイドリック様」
目が笑っていないディノが魔臣を呼びました。
「少々用事が出来ました。手袋、早速使ってみます。御前、失礼します」
そう言うと、先程までの姿が嘘ではないかと思う程、爽やかに疾風のように部屋から退出していきました。
その変化に唖然として見送ったレイドリック様ですが、すぐに窓に駆け寄り身を乗り出します。
「離せ、グラン!今日こそあのバカアンヌに引導を渡さねば!!」
「気持ちは判るが止めておけ。庭がただで済むはず無いだろう……」
遠くから魔法使いと魔臣の部下の声が聞こえてきました。
どうやらグランに捕獲されたようでございます。
マリアンヌは来るなら来てみなさい、といった様子でうねうねとうねっています。
止めて下さい。暴れると手の付けようがないじゃないですか。
「失礼します、レイドリック様」
ノックを聞き逃したのか、赤毛の魔族が執務室に入って来ました。
許可は出していませんでしたが、そこは暗黙の了解で流します。
「贈り物、渡せたようですわねぇ」
手に持った追加の書類を置きながら、彼女が上司を窺います。
「はい」
席に戻りながら、レイドリック様は微笑みます。然り気無く肩にかかる白いストールを手繰り寄せながら。
「彼が来てから、日々が新鮮です」
「どちらかと言うと刺激的ですけれども」
赤毛の魔族アリアルがその剥き出しの肩を竦めます。
何処かで爆発が起こったのか、建物がビリビリと震えました。
グランは魔法使いを止められるのでしょうか?
「ま、否定はしませんわぁ。仕事もちゃんとこなしてくれますし」
「彼なら」
レイドリック様が再び窓の外に視線を向けました。紅玉の瞳は庭のモルバデールを写し、そして優しく細められました。
「停滞している流れを変えてくれる。そんな気がするのです」
……それは沢山の意味を持った言葉でございました。
今回の最大の被害者はオルガではないでしょうか……。




