序章 目覚め
「……寝…………」
周りでゴソゴソと話し声が聞こえる。
そういえば、ここはどこだろう。
まさか、あの有名な……記憶喪失だったりして!?
「…起……お……」
どうしよう。
僕、何にも思い出せないんだけど……
それに目の前も暗くて見えないし。
そういえば、記憶喪失の定番のあれやってみたいな。
「…起き………お…」
何だっけ。
ああ、あれだ。
『ここはどこ?わたしはだれ?』
うん。気は済んだ。
「起き……寝……お前」
いや、気は済んだとかの問題じゃないね。
僕、本当に名前思い出せないしぃ。
暗くて場所もわからないしぃ。
「起きろ! 寝坊だぞお前!!」
煩い!!!
返事しようにも声出ないし、暗いし。
まあ、取り敢えず起き上がるか。
よっ
ほっ
ぬっ
ダメだ、起き上がれない。
というか、起き上がり方も分からないよ。
どうしよう……人生の冒頭で詰んだ?
「だからお前! いい加減起きろってんだ!!」
ガバッ
あれ、いきなり視界が開けた。
ええと……ここは部屋の中で、目の前にはめちゃくそイケメンでムキムキな男。
金髪で色黒で、めちゃめちゃ綺麗なガーネットの瞳。
喧嘩売ってんのかお前ー。
いや、喧嘩は売ってないんだろうな。
買ったら死ぬ奴だし。
動けないから、一方的なタコ殴りだろうな……
「おまっ、マジか……やっぱり粉々なのは違うな」
は?
粉々ってどういう意味?
ねえ、教えてよ!
「というか、返事くらいしろ。一応先輩だぞ? 俺」
いや、返事はしないんじゃなくて出来ないんだよ?
それに、先輩とか言われても分かんないし。
先輩ぶってるだけとか?
そういうのに憧れてる人って居るよね。ウザいだけだけど。
嫌われやすいし。
「お前まさか……声出ないのか?」
あ、嫌われタイプじゃなさそう。
それに……頷いた方が良い感じかな?
でも、頷くってどうやるんだろう。
うーん……
ごめんなさい、無理です。
「…はあ、全身麻痺か。婦長!! こいつ、動けねえみたいだ!! 車椅子借りてくぞ!!」
「ご自由にどうぞ。ですが、朝食に遅れませんようにお願いしますね」
「するかよ!」
……全身麻痺?
どういう事だろう。
いや、全身麻痺は分かるよ。分かるけども。
身体が動かないのも声が出ないのも麻痺してたからか。
なら納得だね……ってなるか!
嫌だよ! ねえ、納得ならないんだけど!
「運ぶぞ。しっかし、お前……木彫り人形がどうして動けねえんだよ。普通は動きが良いんだぞ?」
運んでくれるんだ。
優しいね、ムキムキのくせに。
でも、木彫り人形ってどういう事だろ。
もしかして……僕の名前?
いや、木彫り人形が名前は嫌だな。
違和感も凄いし。
「車椅子、自分で動かせ無いんだな……それじゃあお前、トイレも行けないぞ?」
くっ
はっ
ほっ
……無理です。
ごめんなさい。
これからも迷惑かけるよ、ムキムキ。
ーーー
「…婦長、本当にあいつ養うのか」
「ええ。ここはヒトの病院ですからね」
「でもあいつ、絶対治んないはずだ。粉々の完治率知ってるだろ。それでもやるのか?」
「ここは、聖神様のご加護を受けているのです。多少不利益だとしても、やってみせますとも」
「……そうか。俺は知らないがな」
あいつは、綺麗な翡翠色の瞳だった。
恐らく、人形を作るときに嵌め込まれたんだろう。
だが、あれはなんだ。
球体関節に、滑らかな乳白色の表面。金糸の刺繍が入ったシルクの服。
王子の人形より作り込まれた人形が、どうして粉々で見つかったんだ?
ーーー
ここは、壊れた物や動物を治す為の場所。
正式名称を、失物保護連盟。通称、《施設》。
世界の全ての国に少なくとも一つは建設され、壊れた失物達を保護するのである。
ここにモノを保護するとお金を貰える事もあり、たくさんのヒト達が運ばれてくる。
その中には当然、暗い過去を持つヒトも居るのだ。
粉々の木彫り人形。
鞘を失くした業物の剣。
歯車の割れたオルゴール。
使い手の居ない刻陣機。
治ると、壊れる前の姿に戻る。そう“婦長”に説明される。
皆がその目標を目指して日々努力しているのだ。
そんな、“僕”達のお話。
「起きろ、新入り」
「……」
「起きろ!寝坊だぞお前!」
「……」
「起きろっつってんだよ!」
「……」
「……なんだよこいつ」