第4話 実技の授業
学院には実技練習場がある。
編入試験を受けた場所だ。
今からそこで、実技の授業を行う。
実技の授業は、二クラス合同でやるらしく、俺達のクラスの一年二組と、一年一組が合同でやる事になった。
約七十人くらいの生徒達が、実技練習場に集まっていた。
生徒達を見て気付いたが、ギーシュ達はいなかった。
少しやり過ぎたか。
相手から絡んできたから、悪いとは思わないけど。
集まった生徒の前には、少し強面の教師が立っていた。
「よーし、今から実技の授業をやるぞ! 最初はウォーミング・アップがてら、下級の攻撃魔法を使う練習だ! 的が十あるから、均等に並んで順に魔法を撃っていけ!」
生徒達が一斉に動きだし、指示された通りに並んだ。杖を持つ生徒と、持たない生徒に分かれている。杖は重いので、座学の授業中などは持っていないみたいだが、実技の授業には使う者は使うようになる。
ちなみに俺は使わない派だ。前世の知識を持つ前から使わない派だった。
杖には先端に色のついた宝石がはめられている。魔法石と言う奴で、杖を持った状態だと、色に合った属性の魔法しか発動しなくなる。
例えば水色だと氷属、赤だと炎属性の魔法しか使えなくなる。
「ルドって魔法も得意なの?」
俺と同じ列に並んだクルツが、話しかけてきた。彼も杖は持たない派のようだ、
「ぼちぼちかな」
「そうかぁ。でも、ミルドレスに入れるほど頭良くて、運動も出来て、魔法までうまかったら、僕敵う所無いよ」
「そんな事ないでしょ」
俺はクルツとは今日あったばかりだが、クルツほど性格のいい奴は、今まで会った事がないな、と思っていた。
黒髪である俺を侮蔑的な目で見てこないし、クラスに編入してきたばかりの俺が孤立しないよう、気を使って一緒にいてくれてるし。
かなり気の利く、いい奴だと思う。
「あ、次ルドだよ」
俺の順番が回ってきた。
編入試験の時より少し抑えめに使うか。
俺は魔法を使った。
すると、見ていた周りの生徒達が、ざわざわと騒ぎだした。
「すごい威力だったな……」「あいつ黒髪の癖に」「ミルドレスにいたらしいが……」
そんな話し声が聞こえてくる。
「今の凄い威力だったね! ぼちぼちじゃなくて、魔法もトップクラスじゃん!」
結構抑えめに使ったんだけどな。
クルツと話してたから、他の生徒が魔法も使ってる所、見てなかった。
俺は前世から得た進んだ魔法技術を、なるべく周りに知られたくないだけで、優秀に見られたくないというわけではない。
賢者になるなら、常にある程度、優秀に見られていた方がいいだろう。
ただ、俺はミルドレス魔法学院を退学になって、この学院に来たから、最初から優秀だと、違和感を持たれる。
その為、この学院に来てから、しばらくして急成長したみたいにすればいいと思っていたが、もう遅いな。
別にいいか、退学になった理由は適当な言い訳を考えておこう。
そんな考え事をしていたら、
「あ、次ベリルフォーランさんだ」
「見ておこう」
と言いながら、生徒達が俺の列の右隣に集まって来た。
「何だろ?」
俺はクルツに尋ねた。
「ああ、アリス・ル・ベリルフォーランさんが魔法を使うんだろう。1年生では1番魔法の実力がある生徒なんだ」
「そうなんだ」
俺も見てみる。
ってあれは。
「あの子、俺の左隣の席にいた、俺を無視した子だ」
「ああ、そう言えばそうだったね。無視されたんだ。まあ、彼女は誰にたいしてもそうだから、気にすることはないよ」
俺が黒髪だから無視されたってわけでもないのか。
元々あまり人と話すタイプではないのか?
それはそうと、ベリルフォーランってなんか聞いたことある。
どこで聞いたんだっけ? 忘れたけど。
もしかしたら、結構有名な貴族なのかもしれない。
俺はクルツに尋ねてみた。
「ああ、ベリルフォーラン家は公爵家で、この国トップクラスの大貴族さ。そこの5女なんだよ、ベリルフォーランさんは」
「公爵家……どうりで、生まれが平民の俺でも、聞いたことあると思った」
貴族制度にはそこまで詳しいわけではないが、公爵家っていうと、確か相当偉かった気がする。
「あ、ルドは平民の出なんだ。僕と一緒だね」
クルツも平民の出なのか。珍しい。
魔法学院には平民はあまりいない。
通わせるのに金がかかるし、そもそも魔法を学ぶのにも大金がかかるから、なかなか平民では、魔法学院には行けないのだ。
平民出で魔法学院のに通っているのは、よっぽど才能があるものか、平民だが、金持ちだという家に生まれた者がほとんどだ。
俺は、親父が高名な魔法使いと親友だったため、魔法の勉強自体は無償で受けられた。
ミルドレス魔法学院に通うための金は、自分でコツコツ貯めたものだ。
魔法が使えていればそれだけで、何らかの仕事はできる。
12歳くらいから貯め始めてたな。
まあ全部俺の金ではない。親もいくらか出してくれた。
と、ベリルフォーランが、魔法を使うみたいだ。1番レベルが高いというのだから見ておこう。
彼女は杖を持っていない。
おかしいな青髪は杖を持って魔法を使うのが、一般的なのだが。
忘れてきてしまったのだろうか?
もしくは今日がたまたま杖なし魔法を練習する日だったとか。
杖あり魔法を主に使うと決めている者も、いざというときはなくても使わないといけないので、杖なしで魔法の練習をする時がある。
俺は後者の可能性が高いと予想した。
彼女が呪文を唱え始める。
素早い。
呪文は本来ゆっくり詠唱しないと、正確に魔法が発動しない。
しかし、技術のある魔法使いなら、早く詠唱しても正確に発動させることが出来る。
そのまま唱え終え、魔法を放つ。
使った魔法は、火属性の下級魔法フレイム。
先ほど俺が放ったフレイムより、高威力のフレイムが的の真ん中に的中した。
「おー」
「すげー。さすがベリルフォーランさんだ」
周りから歓声が上がる。
俺も素直に今の魔法は、素直に凄いと思った。
魔法を評価するポイントは3つ。
威力、速さ、そして精度だ。
今のベリルフォーランが使った魔法は、その全てが優れていた。
「うーん、いつみてもすごいなー」
確かにすごいけど、1つ疑問がある。
「確かにすごいな。何で彼女この学院にいるのかな」
彼女ほど魔法が使える生徒は、ミルドレス魔法学院にもいなかった。
何故、もっとレベルの高い所に行かなかったのか? と俺は疑問に思ったのだ。
「彼女には弱点があるかなぁ」
「弱点?」
何それ? と聞こうとしたら。
「全員ウォーミングアップ終わったなぁ! 次は中級魔法の練習をする!」
そう、教師が言った。
「今回、お前らに覚えてもらう中級魔法は、氷属性の中級攻撃魔法、《アイスキャノン》だ。大きな氷の塊を作り、それを打ち出す魔法だ。杖を使って魔法を使う生徒は、氷属性の杖が備品としてあるから、自分の杖より使いづらくはなるだろうが、それで練習してくれ」
現代の魔法は下級、中級、上級、超級の4段階に分かれている。
俺が思い出した前世の知識では、魔法はS級からF級までの7段階に分かれていた。
アイスキャノンは前世の時代の基準なら、E級の簡単な魔法。
今の俺なら簡単に使える。
「呪文は《凍てつく氷塊よ、敵を撃て》だ! 最初にとりあえず使ってみろ! 先程と同じように、的の前に列を作って魔法を使っていけ!」
生徒達は、教師の指示に従い、先程と同じように、列を作り出した。
生徒達が呪文を唱える声が聞こえ始める。
ただ、皆、呪文は唱えるが、魔法を発動させる事は出来ていない。
魔法は呪文を詠唱したら、使えるというものではない。
言葉と魔力の線を結びつけるというか……少し説明しにくいが、とにかく呪文を唱える以外に、コツは必要だ。
消費する魔力量が上がれば、上がるほど、発動させる難易度はあがっていく。
中級魔法を1年生で、使いこなせる者は、かなり少ないだろう。
俺がいたミルドレス魔法学院には、何人かちらほらと中級魔法を使える者もいたが、現時点で使える者は1人も見当たらない。
さっきのベリルフォーランくらいかな、俺以外で中級魔法を使えそうなのは。
と、次ベリルフォーランの番みたいだ。
見ておこう。
ってあれ?
使えてないな。
ベリルフォーランは呪文を唱え、氷塊を作りはするのだが、一定の大きさまでなったら、氷塊が消滅してしまった。
何度も呪文を唱えるが、魔法は発動しない。
初級魔法とはいえ、あれだけ上手く魔法を発動できるから、てっきり中級魔法も使えると思ってたけど。
俺はなぜベリルフォーランが中級魔法を使えないのか、分析してみた。
うーん……これは魔力不足か?
魔力とは魔法を使う際に必要な、燃料だ。
全ての生物が有している。
現代では生まれつき最大魔力量は決まっていて、どう頑張っても伸ばせないとされている。
最大魔力量が低いと、使える魔法が限定される。
中級魔法を使うのに、必要な魔力量はそこまで多くない。
普通中級魔法を使えるくらいの魔力量はあるものだが、ベリルフォーランには無いみたいだ。
魔法を発動させるところを見ても、特に問題のある魔力の練り方、呪文の唱え方をしているようには見えない為、恐らく魔力不足が原因で、魔法が発動出来ていないものだと思う。
ちなみに先ほど下級魔法を使ったから、魔力が足りなくなったなんて事はない。
魔力は呼吸と共に体に取り込まれる。
下級魔法を使った時、消費した魔力くらいは、すぐ回復するので、魔力は全快状態だっただろう。
クルツが先ほど言っていた、ベリルフォーランの弱点とはこれか。
最大魔力量はなかなか伸びない。
少なくとも15歳以上の年齢で伸びる事は、現代ではほとんどない。
ベリルフォーランが、この学院に来たのも、現状の能力はトップクラスだが、将来性なしと他の学院からは判断されたのだろう。
最大魔力量が少ないというのは、現代においては、黒髪である、という事よりハンデを抱えていると思う。
それでもこの学院に入り、下級魔法をあれだけ上手く使うのは凄いとは正直思う。
彼女が今日杖を使っていない理由は、忘れたからでも、杖なし魔法の練習をしているからでもなく、青髪なのに杖なし魔法を極めようとしているからだろう。
杖あり魔法の長所は、高ランクの魔法を使えないと出てこない。
下級魔法だと、どんなに極めても威力は微妙になるし、ただただ不便さを強いられることになる。
逆に杖なし魔法では、上手く扱いこなせば、下級魔法でも何とかならないわけではない。
色んな属性の下級魔法を、状況に応じて使い分けていけば、もしかしたら上級魔法を使っている魔導士を上回ることも、百パーセント不可能とは言いきれない。
まあ、それでもほぼ無理だと言うのは間違いないが、彼女はその一縷の望みに賭けているのだろう。
しかし現代でなく、俺の前世の時代に生まれていたら、賢者にまでなれていたかもしれないのにな。非常に惜しい。
現代では最大魔力量は上げることは出来ない、とされているが、上げられる方法が、俺が得た前世の知識の中にあった。
この最大魔力量を上げる方法が知れ渡ったら、ある物の価値が急上昇して、下手したら戦争にまで発展する恐れがあるので、ベリルフォーランに教える事は出来ないが。
「次、ルドだよー」
クルツが俺の後ろから、そう言った。
次は俺が中級魔法を使う番か。
さっきも言ったが、俺は《アイスキャノン》程度の魔法は簡単に使える。
さっきの授業で、ある程度魔法が使えるという事は、ばれたから、普通に使うか。
俺はまず無詠唱で魔法を発動させ、
「《凍てつく氷塊よ、敵を撃て》」
と言い、詠唱して魔法を使っているフリをして、無詠唱魔法を使った。
氷塊が発生させ、その氷塊を一直線に飛ばし、的に直撃させた。
「おおー!」
「すげー!」
俺が中級魔法を使った様子を、周りの生徒達は驚きながら見ていた。
「成功させた……」
「黒髪なのに……」
「凄いのがいるんだな黒髪にも」
俺が中級魔法を初めて成功させた事で、だいぶクラスメイト達の見る目が、変わっているように見えた。
「すごいじゃん、ルド! まさか中級魔法を使えるなんて!」
クルツが驚きながら俺を褒め称えた。
この程度の事で褒められるのも、何だと思ったが、こうやって皆から尊敬される事など、1度もなかったので、気分は悪く無いな。
と、俺は周りを見回すと、
ベリルフォーランが、信じられないものを見るような唖然とした目で俺を見ていた。
その後、表情を変え、俺をギッと睨みつけてきた。
な、なんだ?
「あの黒髪のえーと、アーネスト君だったか。この学院に凄いのが入って来たな。ベリルフォーラン嬢より上かもな」
「お、おい聞こえてるって」
「あ、やばっ!」
そんな事を話す生徒がいた。
ベリルフォーランはその言葉を聞いていたのか、さらに表情を険しくする。
そして俺の方に、ずんずんと歩いて近づいて来た。
「あなた、ルド・アーネストと言いましたわね」
「そ、そうだけど」
ベリルフォーランは小柄なのだが、何故か威圧感があった。
思わず怯む。
「ちょっと中級魔法が出来るからって、調子に乗らない事ですわね。1番はこの私です。中級魔法くらいすぐ使えるようになってみせますわ」
とこちらを思い切り睨みつけながら言ってきた。
俺は、
「は、はぁ」
と言うしかなかった。
別に調子に乗ってるつもりはなかったんだが。
ベリルフォーランはそう言った後、授業が終わっていないのに、実技練習場を出て行った。
俺が中級魔法を使えたことが、かなり癪に触ったようだ。
悪い事をしたというわけでは無いので、追いかけて謝りに行ったりはしなかった。
その後、しばらくして実技の授業が終わった。
中級魔法を使える生徒は俺以外、現れなかった。