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妄想の帝国

妄想の帝国 その22 マウスボーイのカンカンデンからの預かりモノ

作者: 天城冴

大量の金品と機密書類が盗まれたと大手電力会社カンカンデンとその関連会社はフクイイ県警に訴え出た。フクイイ県サバサバ市の警察官らが容疑者であるキチ・ジロー、通称マウスボーイを逮捕に向かうが、キチ・ジローは”あれは預かりモノ”と言い出し…

「御用だ!いや逮捕する!連続窃盗犯マウスボーイことキチ・ジロー!」

どどっと入ってきた警察官たち。が、ビルの主キチ・ジローは平然と答えた。

「何をおっしゃっているのですか?私はただのビルのオーナーですよ」

「しらばっくれるな!お前が大手電力会社であるカンカンデン本社ほか子会社、関連会社に侵入し、社内の金庫にあった総額数億円相当の札束及び金塊、さらに機密書類まで盗んだのはわかっている」

と、怒鳴りながら言うのは、フクイイ県のサバサバ市警察署の部長刑事。どうやら、ここにいる警察官の中では一番偉いらしい。部下たちを後ろにひきつれ、机をはさんで椅子に座っているキチ・ジローをにらみつける。

「はあ、そうですか」

部長刑事の野太い声にも、鬼のような形相にも全く動じず、のんびりと返事をするキチ・ジロー。連行される寸前だというのに、淡々と刑事の相手をしている。

「何がそうですかだ。警報装置を停止させ、監視カメラもいじって、安心していたんだろうが」

「そうでしたかねえ。何しろ昨年、いやもう一昨年前のことでしたからねえ、よく覚えてないんですよ」

「す、すぐにわからなかったのは、その、カンカンデンも警備会社も映像を出し渋ったり、警報装置が切られた経緯について、あまり…」

「はあ、なるほど。つまりカンカンデンのほうで非協力的なところがあったと。警察の無能が原因ではないとおっしゃりたいんですねえ」

「なんだとー!そ、そうやってのらりくらりと言い抜けするのも今のうち、ほら逮捕状も」

「ああ、よく見せていただけます?窃盗罪?はあ?私、カンカンデンの皆さんから金庫の中のものをお預かりしただけですよ。このビルの警備のほうが厳重ですし、大切なモノ、重要なモノの保管には最適です」

「あ、預かっただとお。また、その言い訳か!しかも、お、お前がそれを言うか」

「だって、カンカンデンの社長さんや会長さんもタカマツダ町の助役さんから、お金を沢山お預かりしたんでしょう。政治家のヨネダ議員は献金のほかパーティ券も数千枚購入していただいたそうですねえ。で、返されてお咎めなしですか、ゼコウ大臣も。それで、なぜ私のところにだけ警察の方が来るんでしょうねえ」

「いや、それはだな」

「ああ、フクイイ県の元県警の方も金色の物体が入った菓子折りをいただいたそうですねえ」

にやにやしながらキチ・ジローに言われ、顔を真っ赤にする部長刑事。

「そ、それは本件とは関係ない!」

「本質的には同じことだとおもいますがねえ。銀行でもないのに何十年も金品をお預かりするというのはねえ。あ、私は一応貴重品の保管、倉庫の貸し出しもやってますけどね。しかもあの方々は全部返してないですしね。スーツ券とか、お使いになったんでしょう?それにしては、そのスーツくたびれてますね」

「むう、わ、ワシは貰ってない!とにかくだな。あれとこれとは違うのだ、あの件は、その。そうだ!カンカンデンの社長やら国会議員のところにはタカマツダの助役が自ら赴いて、金品を預けているのだ。お前のとこにきたわけではないだろう!」

「まあ、事後承諾になりますかな。しかし、こちらでお預かりしたほうが余程良いと思いますし、そのあたりは納得いただけていると思いますけれど」

「な、なにがだあ!勝手に持ち出したんだろうが!」

「だって、警備も怪しい、監視カメラを制御するシステムも役立たずですからねえ、あの会社」

「そ、それは、確かに。警備は派遣社員なのかサボるし、すぐ入れ替わるし。低賃金に抑えるためか高齢者再雇用が多くて、その、なんだな、身体能力が落ちているものもいるし」

「まあロクなお給料払ってないんでしょうねえ。それに雇っている警備員は、警備会社の社員ではなく警備業の個人事業主だという理屈に合わない書類をつくって、消費税を誤魔化していたみたいですし」

「そ、その件は、カンカンデンに問い合わせ中だ。監視システムはだな」

「通常よりはるかに値を下げさせて監視システムをつくらせてたんですねえ。しかも消費税分のお金は値引きしろという、買いたたきもやってたみたいですねえ」

「システムつくったフリーのエンジニアも、ぼやいてたが。メンテナンス料も出し渋ったんで、システムのアップデートとかしていないからシステムは古いままって、…。ん?この件に関係あるか!」

「大ありですよ。つまりカンカンデンは警備システムという大事なところに金をケチっていたんですよ。他にも原発の影響の研究やら、発電所のメンテナンスに金をかけず、もっぱら役員の福利だの報酬をあげていたらしいですな」

「まあ、それは、その我々もよいとは思っていない…、第一、そういうことは国税庁とか他の管轄で」

「そういった警備きっちりしていない建物の金庫に多額の金品や機密書類を保管しておくなんて言語道断です。会社の内部もなっちゃいないですし。せめて警備体制がきちんとするまで私が預かって保管させていただいたほうがいいですよ。カンカンデンの方にも申し上げました、私のビルは最新の警備をそなえた貸倉庫もやっているので、こちらでお預かりしますと。もちろん保管料はちゃんといただきますとお伝えしましたし」

「な、なにを!お前の理屈こそ無茶苦茶だ!」

部長刑事は頭から湯気をださんばかりに怒っている。だが、キチ・ジローは部長刑事の怒りを気にもとめずに続ける。

「ですから、その逮捕状は役にたたなくなりますよ。おそらく訴えは取り下げになるので」

「な、なんで」

唖然とする部長刑事のポケットから

トゥルルッル

スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

「あ、もしもし、なんですって?カンカンデンが被害届を取り下げ?カンカンデンの金や書類をキチ・ジローさんに預かってもらっているってそんな」

茫然とする部長刑事。その顔を見てニヤニヤしながらキチ・ジローは

「そうなんですよ。事情を知らない社員さんが盗まれたと勘違いしたようですね。随分と酷い誤解を受けていたようで、私も困りますけど。まあ、数十年お金をあずかりっぱなしという有り得ないないことも起こる世の中ですから、こういったこともあるんでしょうね」

「そ、そんな、ばかなあ」

真っ赤な顔だった部長刑事の顔から血の気が引き、信号機のごとく真っ青になる。

「さあ、みなさん、お帰り下さい」

キチ・ジローは歯ぎしりする警官たちをにこやかに出口にうながした。


「くっそおお、一体なぜ」

悔しがる部長刑事に部下の一人が答えた。

「おそらく、キチ・ジローが盗んだ金の中には表に出たらカンカンデンも危うくなるような裏金もあったのでしょう」

「それを追及されたくないから、訴えを取り下げたのか」

「それもあるようですが。どうもそれだけではないようで」

と、部下は部長刑事にスマートフォンの画面をみせた。

「何々、“カンカンデンとフクイイ県警、県知事らの黒い癒着 20数年から今現在も続くお付き合い?”、“カンカンデン偽装請負の闇”“買いたたきブラック取引 カンカンデン、法律違反の下請け泣かせか?”、なんだ、カンカンデンの記事ばかりじゃないか。スキャンダルがいっせいに噴出したというわけか」

「おそらくキチ・ジローがリークしたのでしょう、そしてこれ以上のリークをとめたければ」

「訴えを取り下げろということか…。OBだけでなく現職の県警のトップまでも関係しているということは、これ以上捜査しても上に握りつぶされかねないのか」

ガクっと肩を落とす部長刑事。

「しかし、これだけでも明らかになったら、相当不味いことばかりです。これ以上バレたら不味いこととは一体何なのでしょう、そっちの方が気になります」

部下の言葉に部長刑事は頭をひねった。

「そうだな、今回明らかになったのはトップの汚職や、会社の不正、下手すれば役員が逮捕され実刑をうけかねないことばかりだ。それ以上のこととなると」

「わが県だけでなく、カンカンデンの管轄である他の府県のトップや政治家にも、金品がわたっているということかもしれません。他の全国の電力会社のことも同様のことをおこなっているのか。ひょっとして我が国政権中枢も関係しているのでは。タカギギ元大臣やヨネダ元防衛大臣のほか現役のゼコウ大臣も献金をうけていると、キチ・ジローもほのめかしていましたし」

「その可能性はあるな。しかし、そんなことはマスコミもかぎつけているだろう。御用マスコミが忖度しても市民団体や野党が追及する。キチ・ジローへの訴えが取り下げになるかならないかには関係なく、そのうちバレる、と思うが」

「ひょっとすると、汚職とは関係なく、もっと恐ろしいカンカンデンの秘密をキチ・ジローは手にしたのかもしれません。フクイイ県の例の停止中の原発の下には活断層が走っていて地震が起きたら大事故になるのは必須とか、廃炉にするとしても何百年もかかり、その間フクイイ県だけでなく周辺自治体も危険にさらされる可能性があるとか、そもそも廃炉にする技術もなく、放置しておけば放射能で汚染された物質が北半球に拡散する恐れがあるとか」

「この国だけでなく世界的な悪影響がある恐ろしい事実が隠されているかもしれないのか、カンカンデンと原発には」

キチ・ジローのビルからでると海が目の前にひろがっている。部長刑事は湾の向こうにある停止中の原子力発電所をみた。山を背に海に向かって立っている原子力発電所の建物は不気味な沈黙を保っていた。



どこぞの国でも小判入りの菓子折りやら、スーツ券やら怪しげ献金を受け取った方々の名前が次々に明らかになっておりますが、皆さん預かった、返せば問題ないとおっしゃっているようですね。となると違法行為を疑われてもバレたら返せば罪にならない、または預かったと主張しとおせば罪を免れるということになってしまいかねませんが、それでよろしいんでしょうかねえ。

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