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王と奴隷のファンタジカ  作者: 文月 竜牙
第一幕 ヴァルカニア帝国
6/16

 Ⅴ


 新暦二九八年、ヴァルカニア帝国はフォーゲラント皇国と同盟を組み、ランチカ共和国と長い間戦争状態にあった。その中でもここ十年は事実上の休戦期間であったのだが、再び戦端は開かれた。




 元々の戦争の目的は、農業大国であるランチカ共和国の広大な土地と、農作物による税収の拡大である。また、共和主義の芽を断つという意味もあった。とはいえ、ヴァルカニア帝国程ではないにせよ、ランチカ共和国は強力な国家であることは確かであった。正面からぶつかっては甚大な被害は避けられない。そこで、ヴァルカニア帝国は、近い思想を持つ国家であるフォーゲラント皇国と軍事同盟を結んだ。元から友好通商条約は結んでいたので、経済に続いて、軍事でも深いつながりを持った形になる。


 新歴二五六年四月四日、ヴァルカニア=フォーゲラント連合軍が、ランチカ共和国に対し宣戦布告した。


 同九日、ランチカ共和国内の最前線の村レスシア近くの平原で、初となる大規模な戦闘が行われた。共和国軍一万、連合軍一万三千が正面からぶつかり合った。――第一次レスシア会戦である。結論から言えば、この戦いはヴァルカニア=フォーゲラント連合軍の勝利にて終わった。地の利こそ相手にあったものの、数的有利に加え、武器の質において同等以上のものを備えていたからである。


 八月十九日、二回目の衝突が起きた。第一次ラインコード会戦である。ヴァルカニア帝国側の最前線であるラインコードまで共和国軍一万が進軍し、これを連合軍一万三千が正面から迎え撃った。皮肉にも一度目の衝突と同じ数であり、地の利を失っただけであるように思われたが、結果としてはランチカ共和国軍の勝利に終わった。その理由としては、天候と、ランチカ共和国の同盟国であるグレーブルス王国より入手した、最新のパーカッションロック式の銃であった。当時、ラインコードは雨が降っていた。これによって旧来のフリントロック式の銃を使う連合軍では不発が相次ぎ、一方で天候に左右されないパーカッションロック式の銃を使う共和国軍は快晴時と変わらぬ殺戮を披露した。地の利、数の利を共に覆す、大事件であった。


 ヴァルカニア=フォーゲラント連合とランチカ共和国の戦いが、非常に長期にわたっているのは、間違いなく技術先進国であるグレーブルス王国が介入したからである。かの国は経済同盟を組んでいるという義理もあったであろうが、明らかに不利なランチカ共和国に対し多くの支援をすることで、結果として漁夫の利を得ていた。「金脈が出た時に最も儲かるのは、大きな金塊を掘り出した者ではなく、その地元でシャベルを売っていた者である」という言葉は、後世の出来事より言われるようになるが、この時のグレーブルス王国も正にそうであった。かの国がランチカ共和国より得た利潤は馬鹿に出来ない額であった。失う一方である参加国に対し、グレーブルス王国は一人ほくそ笑んでいたのである。


 新暦二六九年三月二三日、最大の戦いである第四次ラインコード会戦が起きた。最早塹壕戦の様相を見せた戦場で、しかしどちらの軍も戦車どころか装甲車すらない有様であった。しびれを切らした連合軍の司令官ヒュッテンブレンナー中将が言った。


「敵がいることは分かっているのだ、突撃する。騎兵は騎乗せよ! 旧時代の産物だがチャリオットも出せ! 物量で押しつぶすのだ!」


 あまりにも無茶苦茶な作戦であったが、無茶苦茶であったが故に、この作戦は成功を収めた。戦場において速さは間違いなく力なのである。突撃した騎兵は何人か死んだが、放たれた銃弾に対して騎兵の数の方が多かった。雰囲気として制圧され、何人かは馬に蹴り殺され、何人かは剣や槍の餌食となった。そこに歩兵を乗せた装甲馬車(チャリオット)がやってきた。歩兵たちは敵の塹壕に侵入、装填前の〝ただの筒〟を持つ敵兵に対して躍りかかった。ラインコードは共和国人の血で赤く染まった。


 新暦二七〇年一月三〇日、第二次ラルフ平原会戦が発生した。ラルフ平原はフォーゲラント皇国とランチカ共和国の国境にある、広大な平原である。何の遮蔽物もなく、塹壕すらも掘られていないこの場所で、戦いの火蓋は切って落とされた。というのも、先の第四次ラインコード会戦によって、旧時代の戦法が強いのではないかと、両国の一部のものが勘違いしたことで起きた戦いである。共和国軍一万三千、連合軍二万、最初の陣は、お互いに鶴翼の陣であった。


「数的有利はこちらにあり! 何故包囲殲滅を恐れるか。蜂矢陣を組め! 中央突破して左右に分断したのち、各個撃破せよ!」


 その言はまたもや、大将に昇進したヒュッテンブレンナーであった。「彼は生まれてくる時代を数百年ほど間違えてしまったらしい」と後世の歴史家は語る。しかしながら、敵も味方も銃声を鳴らす戦場は、数が多い方のゴリ押しによる勝利を可能にしてしまった。連合軍は鶴の頭を食い破り、両翼を無残にも散らした。圧倒的なまでのヴァルカニア=フォーゲラント連合軍の勝利であったが、一つだけ汚点が残った。司令官であるヒュッテンブレンナー大将が不幸にも敵の凶弾に穿たれ、命を散らしてしまったのである。ヒュッテンブレンナーは二階級特進して元帥となり、〝帝国最後の歩兵戦術家〟などと称されている。先程の厳しい言をくだした歴史家は、彼の死後に対しても厳しい評価を残している。


「〝最後の歩兵戦術家〟などというと格好いいが、実際のところは時代遅れな戦法を兵士に押し付けた無能者である。そんな阿呆が何故、死後とはいえ元帥となり、英雄に列されているのか理解不能だ」


 しかし、実際の所、まぐれであったとしても彼は勝ってしまっているのだ。結果を残すということは、戦場における何よりの信頼足り得たのである。


 新暦二八八年五月一日、〝事実上の休戦〟〝視線だけの戦争〟と呼ばれる期間に突入するまでの最後の戦いである、コーフル山脈降下戦が開始された。ランチカ共和国の村の一つ、ヴィルドーを裏側から強襲する計画であった。連合軍司令官フォルバッハ中将は三千の精鋭を引き連れてコーフル山脈を越え、目標の村を視界におさめた。


 同四日、ヴィルドーに対する強襲が開始された。これは第七次レスシア会戦に同調して行われるものであって、敵の裏側に混乱をもたらすのが多くな目的であった。しかし、レスシアの方は戦闘開始するまでもなく塹壕内で戦線が膠着、〝事実上の休戦〟〝視線だけの戦争〟と呼ばれる状態に突入してしまっていた。当然フォルバッハ中将がそれを知るはずもなく、彼は軍刀を振り下ろしたのである。ヴィルドーは一時的には間違いなく制圧出来た。


 同九日、共和国軍はモーツァルト大将率いる七千の軍をヴィルドーに派遣した。まさかそんな大群が来るはずはないと思っていたフォルバッハ中将は慌てて、しかし冷静に撤退の指示を出した。山を登りながら、後ろの敵から逃げなければならない難関であったが、千の兵士を失いつつも、二千の兵は司令官ともども帰還することが叶った。しかし、フォルバッハ中将は副官のケルナー少佐を失って、意気消沈とした。一方の共和国軍のモーツァルトは上級大将に昇進した。これが理由というよりは、今までに積んだ武功を総合的に鑑みてのものではあるが、このタイミングであったことは確かである。


 そして、十年の無血戦争期間が訪れた。偶然ではあるがこの十年間は、ルカとレナが幸せに過ごした期間と重なる。そして新暦二九八年七月七日、国としても、ルカ個人としても、平和を破壊される一つの強烈な事件は突然発生した。

 ラインコード凶弾事件である。

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