表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王と奴隷のファンタジカ  作者: 文月 竜牙
第一幕 ヴァルカニア帝国
15/16

ⅩⅣ

 ⅩⅣ


 ランチカ共和国では身分の垣根がないという情報は、ルカにとって希望の光そのものであった。レナのことを取り戻すだけではなく、対等な存在として扱うことが出来るかもしれないのだ。もしかしたら、レナは自分のことを愛してはいないかもしれないけれど、少なくとも友人として会うことは叶うのだから、最低でも今よりは良い状況になることは疑いなかった。


 皇帝自身が戦争においても、思想上においても、最大の敵国であるランチカ共和国に思いを馳せるなど、これ以上にない異常事態であったのだが、そのことを彼を取り巻く大臣たちが理解出来ようはずもなかった。ルカの部屋でランチカ共和国に関する資料を見かけた宮内大臣グリューネヴェラー候クラウスですら、あくまでも敵国の資料として読んでいるとしか思わなかったのである。根本的に考え方が違う相手の思考は、〝納得〟はおろか〝理解〟すら不可能であるという例の見本と言えるだろう。


 春風が吹いて空気も温かくなってきた四月末頃、ルカはバルツァー上級曹長のもとで剣術と射撃の指導を受けること、資料室で様々な情報を集めること、神通力の練習すること、それらを一日の休みもなく己に化していた。いくら「よきにはからえ」と「御意(ヤー)」の掛け合いしかしないとはいえ、仕事もあることを考えると、あまりにも休みが不足していたが、ルカ自身が望んでやっていることであるし、大臣たちも彼が傀儡としての役割をはたしている限り文句はなかった。

 あまりにも緩い采配であったかもしれないが、ルカは一応皇帝であるので、建前上は逆らえないということもある。自分たちが権利を行使する上で不都合を生じない限りは、〝目上に人の逆らう前例〟を自ら造り上げる愚行を演じようとするほどの無能は、大臣たちの中にはいなかったのである。


 ヴァルカニア帝国は徹底した専制主義の国であった。また同時に、軍国主義でもあった。ただ一人による絶対支配に加え、軍隊的な思想までもが浸透し、上限関係が確立した〝少数による多数の支配及び搾取〟を体現したような国家体制なのである。その歴史は古く、大陸を統一するほどの領土と権威を誇った旧国ローシャから、もっとも早く独立した国であり、独立を維持するために重視された軍事が政治的思想においても、深く根付いているのである。


 ヴァルカニア帝国の次に独立したランチカ公国のやり方は、軍事力ではなく農業生産力や経済力をより重視したものであった。ヴァルカニア帝国のものよりは健全であるのだが、そのせいで商人や豪農などが力を持つようになり、革命(メーデー)の末に共和主義国であるランチカ共和国が建ったのだから、未だに専制を誇る国々からは冷笑されるものであった。


 その後、複数の小領が独立・連携してラーシ連邦が建った。紆余曲折あって、現在は盟主の血筋は神であるとしたうえで、貴族を排斥、奴隷を解放し、国民は平等とした、変則的な社会主義の国となっている。


 最後に、フォーゲラント皇国は、ラーシ連邦が変則社会主義国となる前に、最早最後の威光を燻ぶらせるのみであった旧国ローシャの最後の領土を取り込んで、ラーシ連邦から独立した国家である。国家運営に関してはヴァルカニア帝国のものを参考にされていて、これこそが両国の思想が類似している理由でもあった。


 ここまでの話に出てこなかったグレーブルス王国であるが、かの国は旧国ローシャが勢力を振るっていた時から存在する、歴史と伝統の深い深い国である。島国であり、ローシャ分裂の混乱に巻き込まれなかったこともあって、どこの国よりも早く、技術的に成熟することが出来たのである。


「自分にとって生きにくい国に生まれてしまったんだな……」


 自国と周辺諸国の歴史を読んで、ルカはそう小さく呟いた。誰もいない部屋での独白であったし、聞いているものもいなかったのだが、しまったとルカは思った。ルカは「レナと会いたい」とは何度も主張していたが、「この国が嫌だ」とは今まで言ってこなかったのである。それは己の身を案じての自制であったのだが、現実を広く知ってしまうと、感情が抑えきれなかったのである。

 この時の呟きが結果として何の問題もなかったのは、ルカにとって幸運であった。彼は歴史を全て踏まえたうえで、ランチカ共和国への亡命を強く決意した。思想だけであれば、奴隷を解放したラーシ連邦も悪くはなかったのだが、如何せん自分の血筋とは衝突してしまう予感がしたのだ。


 それ以降、ルカはヴァルカニア帝国とランチカ共和国の地図を眺めるようにした。彼は地図の読み方など知る由もなかったが、これに関しては軍事攻勢について考察したいという名目で、大臣たちに読み方を教えてくれるように頼みこんだのである。剣術や読書に勤しんでいることは言っていたが、戦略の話までしだすとなると、もはやルカが傀儡から抜け出そうとしているのではないかと、ルーデンドルフ候は疑惑を抱くようになった。それでも、戦略という領分であれば、仕事を邪魔されるのは政敵である軍務大臣リヒテンシュタイン候であったので、今回に関してはむしろ嬉々として許可を出した。政治分野の人間であるルーデンドルフ候には排除不可能な、軍務大臣という地位の政敵を、皇帝自ら妨害してくれるというのだから、これ以上ない僥倖であったと言わざるを得ないのである。


 このときルカに指導をしたのは、財務大臣ブランケンハイム伯エッカルトの息子である、ヴィリバルト・フォン・ブランケンハイム中将であった。ヴィリバルトは事の次第を父親から聞いて「かのリヒテンシュタイン元帥に嫌がらせを出来るのならば喜んで」と、笑顔で応じたのである。


「絵地図と見比べると分かりやすいでしょう。これが草原、これが森、道がこのように走っており、街はこれです。市街地の地図は読みかたが違うので、頭の片隅にでも覚えておいてください」


 地図を指さしたり指でなぞったりしながら丁寧に教えてくれる、ヴィリバルトの教え方は非常に上手かった。そこから戦略を見出すとなると難しいが、地図を読むだけならば簡単であるので、ルカは三日もしないで地図の読み方を把握した。教師が良いのと、生徒の意欲があったことの、両方に理由があるだろう。

 それでも、ルカの建前としては軍事攻勢に関する考察であったので、そこから軍事的な有利不利を洗いだせるほどにまで地図を読み込むことになった。そしてそれは、ルカにとっては亡命ルートを綿密にデザインするための、重要な糧になったのである。


「ヴァルカニア帝国帝都リンデルから、ランチカ共和国首都リンスまでの最短ルートはこれであっているか?」

「いいえ、それは確かに高低差も踏まえたうえでの最短ルートではありますが、複数の森があるので行軍速度が著しく低下します。森で姿を隠す、という考え方も無くはないのですが、大群には向きません。むしろ、ゲリラ戦術の餌食となるでしょう」


 故に草原や荒野を駆け抜けるのが定石ですね、とヴィリバルトは指でルートをなぞりながら言った。それらのことが、机上ではあるが、速やかに出てくるあたり、彼は血縁だけで指導担当に選ばれたのではないと良く分かる。


「成る程……。今度は最前線についてなのだが、ラインコード=レスシア戦線は両国にまたがるように展開されている。ここで、お互いの街を襲撃にするにあたってのルートは、流石に直進で良いのだろうか?」

「ここは塹壕戦となっているので、真っ直ぐ進むことは出来ません。かつては、ヒュッテンブレンナー元帥の指揮する隊が、チャリオットを以てして無理矢理攻略したこともありますが、もはや対策も立てられているでしょう。塹壕を掘り進める他、ゲリラを軽快しつつ森の中を進むルートでしょうか。平原は無理です」


 流石に現役将校の教えは、非常にためになった。その指導を半月ほど受けたルカは、ランチカ共和国への亡命ルートを決定して、六月の〝月が全て喰われた夜〟に〝全てを取り戻すために動く〟ことを決意した。

 まだ神通力は使えていなかったが、剣と銃を準一流に身に着け、様々な知識を身に着けた今、それは些細なことであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ