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王と奴隷のファンタジカ  作者: 文月 竜牙
第一幕 ヴァルカニア帝国
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ⅩⅢ

 ⅩⅢ


「――皇帝の血脈は特別なのです。人間というものは神に祝福された生き物ですが、その中でも他にない力を有するのが皇帝の血脈なのですよ」


 教会の神官がやってきて、ルカにそのように語りかけた。神官の派遣元である聖教会はヴァルカニア帝国においてカルトを除けば唯一の宗教であるし、ルカは戴冠式において〝ヨナス〟という洗礼名を享け賜わった身ではあるが、その内容には一ミリも共感出来ていなかった。


 彼の精神構造を、あえて現代式と古代式の二択で選択するならば、間違いなく前者であったのだ。自分が苦しんでいるときに救いの手が差し伸べられないのは、即ち神など存在しないか、仮に存在したとしても何の役にも立たない――ルカはそう考えたのである。不信心なことこの上ないが、彼は〝神の試練〟とやらを甘受するほど宗教的マゾヒズムは持っていなかったから、むしろ神に対して叛骨心すら抱いている有様であった。


 しかし、聞く価値がないとまでは思っていなかった。彼が皇帝という身分になって、得たものの中に、給金の他に知識というものがあった。ルーデンドルフ候に都合の良い情報が多く流れるようにされてはいるが、それでも下町に居る時と比べて、圧倒的に知的好奇心だけは満たされるのである。ルカは知識というものの重要さをなんとなくではあるが理解していたから、それがレナを取り返すための武器になりえるとすら考えて、ただそれだけの為に神官の話を聞いていた。


「人間は誰しも神通力を持っています。それは神に祝福されているからです。誰もが違う色の神通力を持ち、適性に合った奇跡を起こすことが出来るのですが、その中でも皇帝の血脈の〝白い神通力〟は純粋な神の力に近く、強大な力を持っているのです」


 そのような情報を聞かされた時、ルカは判断に困った。何故ならば、実際にその神通力とやらを使っている人を見たことは、例え聖教会の熱心な信者ですら見たことはない。歴史の本を開いてみても、神通力という単語は見慣れない。それを見聞きすることがあるのは、偏に宗教書を開いたときに限られた。


 しかし、皇帝の血脈が特別だとすれば、それはある意味で筋が通っているのだ。数多いる人間の中で頂点に立つ人間が、何かしら特別な力を持っていたのだとすれば、それが軍事であれ、政治であれ、経済であれ、人々が彼に集うのは必然ともなるのだから。

 また、政治に出来るだけ不干渉でいて欲しい存在である神官の謁見を、貴族たちが許可したことの理由にもつながる。さらに、皇族ではあるが遠縁のヴァルテンブルク公カールハインツを相手に、平民ではあるが直系のルカが、皇帝の座を勝ち取ったことにも繋がってくる。


「……その、神通力とやらは聞いたことがない。実演することは出来るか?」


 筋は通っている、と感じたルカではあったが、信じることは出来なかったので神官にそう問いかけた。神官の方は、初めて皇帝が興味らしい興味を見せたことに感動を覚え、慈愛以上の笑みを見せながら答えた。


「ええ、ええ、私は大した力はありませんが、それでも宜しければ実演できます」

「構わない。そもそも見たことがないのだ」

「分かりました。それでは……」


 神官はどこからかワイングラスを取り出して、そこに手をかざした。神官の瞳が淡く青く輝いた。すると驚くべきことに、そのワイングラスから水が湧いてきた。ワイングラスは透明であるから仕掛を出来るはずもなく、かといって神官の手や服はグラスから離れていた。その光景はまさに神の力であった。

 ルカはその光景を、驚きを以て見つめていた。目を見開いて、グラスを凝視する。まさか神に限らず悪魔かもしれないが、少なくとも人ならざる超常的な力であると理解出来た。大したことない、と神官が言っていたのは確かにそうだ。水など出したところで何かが成せるわけではない。それでも、出来ない人よりは選択肢が広いだろう。


「そのグラスを検めても?」

「陛下の御心のままに」


 恭しく渡されたワイングラスを見つめて、ルカは改めて嘆息せざるを得なかった。やはり種も仕掛けもなく、それは極普通のワイングラスであったのだ。念を押して、ルカは尋ねた。


「弁償はするが、このグラスを壊してみても?」

「問題ありません。ただのグラスですから」


 立ち上がり、腕を伸ばして手放すと、森羅万象の理に従ってワイングラスは落ち、地面に叩きつけられた。硝子の欠片となって飛散し、内容物であった水をまき散らす。間違いなくそれは硝子と水でしかなかった。神官の表情は悠然たるもので、体が震えている様子もない。

 一先ずルカは、それが子供だましの手品ではないことを信じることにした。神を信じるかは別の問題だが、目の前で生じた奇跡を信じるのは良いだろう。もしも自分がそのような力を使えるのならば、使ってみたいと思ったのだ。そこには様々な打算があるが、表情には出さない。


「成る程、正しく神の力だ。しかし、俺のもの――皇帝の血脈は――特別だと言ったな。それはどういうことだ?」

「順にお答えいたします。先ず、人間は神に祝福されているとは言いましたが、その中でも強い祝福を受けるものと弱い祝福しか受けていないものがいます。皇帝、貴族、神官、平民、奴隷……身分が高いほど、一般的には神に愛され、強い祝福を受けています。いいえ、正しく言うのならば、神に愛されているからこそ、その力使って高い身分に立つことが出来ているのです。皇帝の血脈の〝白い神通力〟は、〝民の心を静め肉体的にも研ぎ澄ませる〟といったものです。他の神通力が火や水を生み出す程度であることを考えると、非常に特異なものであると言えるでしょう」


 ルカは頭が悪くはなかったから、神官が言ったことを理解はした。それでも、再び信じられなくなってしまった。まさか、そのような実体のない力を使うことが出来るのであろうか、水を生成した先程の神官の〝青い神通力〟と比べて、さらに現実感に欠けるではないか。

 しかしながら、嘘だと断罪するのは、実践してからでも悪くないという気持ちはあった。神官はルカが思考から現実へ戻ってきたのを確認すると、言葉を再び紡ぎ出した。


「次に、使い方ですが、然程難しいことではありません。目の裏に力を入れながら、効果を起こしたい場所を見ながら、己の神通力の具体的な効果をイメージします。それが己の神通力と一致していれば、神はその奇跡を再現する許可をくださるでしょう」


 ルカはそれを聞いて、さっそく実践してみた。見つめるものは自分の腕だ。民の、とは言っていたが、自分自身でも例外ではないかもしれないからだ。もしも例外ならば、他の人で実験するしかないのだが、可視化できない力の為、それでは些か不安が残る。

 などと、考えるのは余計な心配であった。そもそも、「目の裏に力を入れる」というのが非常に難しいのだ。瞼なら兎も角、眼球自体に筋肉はなく、意図的に力を込めるとなるとどうすれば良いのか分からなかった。きっとコツがあるのだろうと、むしろ肉体的な部分ですらないのかもしれなかったから、その場で試すことは断念して、記憶の片隅に留めて定期的に練習することにした。

 ルカが頭を振って神官の方に向き直ると、彼は優しい笑みを浮かべながら言った。


「難しいかもしれませんが、そのうち神聖な力が活性化するのが分かるようになると思います。陛下の光は、かなり強く輝いていますから。……陛下の光の輝きを見ると改めて、神の祝福の強さを考えないで、皇帝も貴族も奴隷も全て平民としてしまった、ランチカの共和主義者共は愚かと言う他ありません。〝白い神通力〟を持つ者が頂点に立ってこそ、国家は万全の力を発揮できるというのに」

「皇帝も奴隷も、か……」


 神官の言葉は、本来は皇帝であるルカを賞賛するものであり、その力を万全に発揮してほしいという、遠回しの懇願であった。しかしながら、実際にルカが興味を持ったのは、「皇帝も奴隷も平民とした」というところであった。それは、レナと引き離されて以降のルカが強く無条件に望むものであり、まさに希望の光が射したというべきであった。


 後世では、皇帝アンドレアス二世は亡命したことで知られるが、その直接のきっかけになったのはこの時の神官の発言であったと推測されている。神官の名は、エーミール・パウル・ミヒャエリスという。彼は敬虔な教会の信者であり、善人であったが、ヴァルカニア帝国の歴史としては、大罪人として描かれることになってしまう。逆にランチカ共和国では、偉人の一人として扱われることになったが、これ以上ない程の皮肉であっただろう。

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