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王と奴隷のファンタジカ  作者: 文月 竜牙
第一幕 ヴァルカニア帝国
13/16

ⅩⅡ

 ⅩⅡ


 年が明けてから幾日か立ち、ルカは職務中には相変わらず現実に視点を定めていなかったが、そうでないときは酷く活動的になった。それは邪気を祓おうとする僧侶のような雰囲気もあったし、己を研ぎ澄ませようとする武術家のような雰囲気もあった。

 彼は様々なことに精力的に取り組んだが、もっとも力を入れていたのは剣であったように思える。城の武器庫に大量に保管されている、規格化された片手半剣(バスタードソード)を拝借し、日々素振りを繰り返していた。そして、ある程度素振りは出来るようになると、彼は皇帝としての権威を前面に押し出し、平民の下士官に己の指導を願い出た。


「剣を学びたい。実力者は誰だ?」


その時の、犠牲者はバルツァー曹長といった。


「バルツァー、俺に剣を教えろ。俺は玉座に座るだけの怠惰な者になるつもりはない」

「は、はっ! 私で良ければ喜んで!」


 そこまで威圧的に言ったわけではなかったが、彼が皇帝と言うだけでそのバルツァーは委縮しきり、口調だけは平静を保ちつつも手足が震えていた。

 ルカは決して悪人ではなかったが、かといって善人でもなかったので、震えるバルツァーのことなど気にかけはしなかった。貴族であれば自分のことを真面目に取り合うとは思えなかったし、平民であれば誰もが彼と同じように委縮するだろう。それらは偏見であったのだが、剣さえ習えれば良かったルカにとっては、さしたる問題に成る程の間違いでもなかった。


 この時、周りから押し付けられた形とはいえ、バルツァーが教師役となったのはルカにとって幸運であった。(皇帝の権威故であるから、運かどうかは微妙なところだが、そのような違いは些細なことだ)。このバルツァーという男は、ヴァルカニア帝国屈指の剣士である老兵であって、銃が主役の戦場で、剣にて戦果を上げられるほどの実績があった。もっとも、距離が詰まれば、装填が必要な銃よりも、無制限の剣の方が強いという単純な理由もあるのだが。


 バルツァーの教え方は要点を押さえていて分かりやすく、たちまちルカは技術だけならば上位層に食い込める程になっていた。もっとも、まだまだ体力や筋力は足りないし、兵士たちの大半はもはや銃の扱いに重点を置いていたので、ルカが強いかというとそれは否であったが。

 また、バルツァーはそのまま、銃の使い方もルカに教えることになった。その時にもやはり彼は激しく委縮し、止まらない冷や汗で手を滑らせている有様であったが、やはり教え方は上手かった。けれども、ルカは銃にはあまりセンスを見せず、装填の速度は何時まで経っても遅いし、命中率も高いとは言い難かった。


 そんなこんなであったが、ルカが強くなったことは確かである。

 この時に、色々と面倒ごとの処理に追われて不機嫌なった人物は、軍事関係の独立した総責任者である、軍務大臣リヒテンシュタイン候ジキスヴァルトであった。彼としては真に不本意なことではあるが、仮にも神聖不可侵たる皇帝のルカに対して、僅かばかりの備品と兵士を使ったところで苦言を呈することは出来なかった。ルカ本人は言われれば止めるかもしれないが、周りの貴族達から狭量な人間とのレッテルを貼られることには堪えられなかった。特に、あの忌々しい宰相ルーデンドルフは嬉々として軍務大臣の悪い噂を流布して回ることだろう。その時の心境を、リヒテンシュタイン候は次のように残している。


「皇帝陛下には困ったものである。あくまでも軍部の備品である剣や銃、火薬などを私的に使い、また下士官を教師として拘束するのである。もっとも、私とて馬鹿ではないし無能ではないので、この帝国にあるものは、炉端の石ころにおいてすらも、全ては皇帝陛下の所有物ではあることは分かっているのだ。しかし、そこにおける管理責任・監督責任・人事責任というものが存在する。せめて報告して頂けないと、戦略的に問題が生じた時に理解し難い。また、偉大な皇帝陛下の影響あってしては、その教師たる下士官には相応の待遇を与えなければならないだろう。それらは個々に置いては喜ばしいものであっても、総体的に見れば嘆かわしいこと限りないのだ」


 ルカに対してかなり配慮した文章ではあったが、その不満が行間から滲み出ている。政敵の尻を拭わされたリヒテンシュタイン候は、しかし、とりあえずは従順であった。嘆かわしいと言いつつも、彼は数枚の辞令を認めた。

 幾枚かはルカが勝手に調達した備品を報告した兵士に対する、僅かばかりの恩給と希望への配置代えであったが、特に一枚は皇帝の剣の教師たるバルツァー曹長に手渡されることになった。


「バルツァー殿、今までの功績により、貴官は上級曹長に昇進となった。以後、より一層の活躍を期待する」


 伝令兵からそのように伝えられ、辞令と階級章を渡されたとき、バルツァーはまさに魂が抜けたとでも形容すべき体裁になった。その時、彼は食堂に居たのだが、周りの仲間たちも流石に冷やかすことは出来なかった。羨ましいとは思うが、彼を皇帝に推したのは自分たちであったし、彼の実力に関しては誰もが認めていたし、そしてなによりも、上級曹長という階級であった。

 ヴァルカニア帝国の軍の階級は、上から順に次のようになっている。




 元帥

 上級大将

 大将

 中将

 少将

 准将(上級特務士官)

 大佐

 中佐

 少佐

 准佐(中級特務士官)

 大尉

 中尉

 少尉

 准尉(下級特務士官)

 曹長

 軍曹

 兵長

 伍長

 上等兵

 一等市民兵

 二等市民兵

 一等奴隷兵

 二等奴隷兵




 さて、この中に〝上級曹長〟なる階級は存在しない。

 ここで注目するべきは、特務士官という階級だ。これは准将が上級特務士官という意味ではなく、上級特務士官というものが准将待遇であるという意味だ。

 そして、上級曹長はそれの一つであり、バルツァーはある日を境に、事実上〝九階級特進〟したということになる。本人が現実を理解出来なくなるのも、同僚が嫉妬よりも恐ろしさを上回らせるのも、どちらも無理のないことであった。


 それに加えて、〝上級曹長〟の階級が与えられるのは非常に珍しいことでもあった。上級特務士官は主に、通常は上等兵待遇である医療兵こと、軍医の中で特に優秀な者に〝上級医療兵〟の階級を与えて、医療兵と衛生兵の統率をさせるために与えられるものであった。

 これが、中級や下級であれば、曹長、医療兵ともに珍しいことではない。前者は多くの実績を上げかつ指揮能力や作戦立案能力があるとみられた者が、後者は上級医療兵の補佐役や中間管理職として、幾らでも前例があるのである。


 ところが、これが上級曹長となると、非常に珍しいことであると言わざるを得なかったのである。その数は両手の指で足りるほどであり、バルツァーは七人目の上級曹長として歴史に名を残すこととなった。もっとも、その呼称よりも、ヴァルカニア皇帝アンドレアル二世ことアンドレアス・ルカ・ヨナス・フォン・ヴァルカニアの剣術と射撃の師匠としてより有名なのではあるが、上級曹長としての彼も幾つかの実績をあげたこともまた間違いない。しかし、それはまだ先の話である。


「バルツァー、昇進おめでとう。或いは迷惑だったかもしれないが、おめでとう、としか俺には思いつかない」


 剣の生徒のそう言われて、老兵は激しく恐縮した。


「とんでもありません、身に余る光栄であります!」


 すべてが本心であった。幾日か経って、自分の受け取った辞令が夢ではないことを理解すると、彼は限りない多幸感に包まれた。運がよかったとはいえ、国から評価されなければ就くことのできない名誉ある階級に、自分がなったのだ。帝国軍人としてこれ以上に誇らしいことはない!

 完璧な敬礼を皇帝に示し、皇帝もまた鷹揚に頷いて略式の敬礼を返した。バルツァーは感動し、その日の指導はいつも以上に熱が入ったし、珍しいことにバルツァーは興奮すると教え方が上手くなるタイプであった。ルカはその日の剣術の指導で、幾つかのコツを新たに理解したのであるから、間違いないことである。


 その日、上級士官の着るものと同等の軍服を着て帰宅したバルツァーを見て、彼の妻は激しく驚いたものではあるが、しかしそれ以上に喜んでくれた。三十年以上を共にする連れ合いは、それが喜ぶべきものであると、彼女に出来る最高の笑顔と料理を用意したのである。若い者たちのように激しくはないが、年季の入った温かい家庭というものは、こういったことを指すのだろう。

 それはルカが渇望するものでもあって、すると権力や権威などというものは、望まぬ人間が手に入れたときは本人を不幸にするという逆説証明のようなものでもあった。


 しかし、今日のところは、バルツァー夫妻の温かい家庭を賞賛するにとどめよう。

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