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王と奴隷のファンタジカ  作者: 文月 竜牙
第一幕 ヴァルカニア帝国
11/16

 Ⅹ


 ランチカ共和国軍ヴァレリー・ヴァレリー大佐はその冗談のような名前とは裏腹に、旅団長を任されるほどに優秀な軍人であった。というのも、ヴィルドー奪還作戦において、当時少佐だった彼は参謀として参加し、勝利に大きく貢献したのである。実は彼はそこが故郷であり、地形を生かした巧みな戦術を提案し、敵を逃がしこそしてしまったが、自軍に犠牲者を出さなかったその戦術は当時のモーツァルト大将に高く評価された。このことを知る者は、少壮の連隊長のことを〝VVV(テップリー・ヴィー)〟つまり〝ヴァレリー・ヴァレリー・ド・ヴィルドー〟と呼ぶ。


 ヴァレリー大佐は尊敬する上官であるモーツァルト上級大将から指示を受け、レスシアの最前線の哨戒に当たっていた。ここの安全が確保または確認されれば、工兵隊により陣地が築かれる予定になっている。〝悲劇〟によって無人になった街をそのまま兵舎や倉庫として活用し、国境に柵や塹壕を建設することによって、砦とするという計画である。旧来の戦場であったレスシア平原から僅かに戦線は後退するものの、より有利な条件で戦うことが出来ると予想されている。失敗できぬ任務であったから、ヴァレリーは二千人の将兵を機動的に動かし、入念かつ迅速に街の周りの安全を確認した。


「レスシア周辺ニ敵ハ非ズ」


 その報告を受けた、第二陣である工兵隊を含む本体がレスシアに入り、迅速に塹壕掘りの作業を開始した。レスシアの街は大きくもないが小さい町ではなかったから、兵舎にせよ倉庫にせよ建物は充分にあった。工兵に限らず、全ての兵がシャベルを持って溝を掘り、一週間足らずで最低限の要塞を作り上げた。まだまだ拡張や改造は続くが、それはオプションのようなものである。


 シャベルを握って地面と戦闘することから解放された者達は、半数の者は浮かれて酒を飲み、残り半数の者は暇を与えられずに哨戒に出された。当然一定時間後には休んで酒を飲むことも出来るのだが、解放されたそのままの勢いというものがあり、分かっていても多少の不満は溜まった。そんな言うなれば貧乏籤を引いた半数に、ヴァレリーはいたが、しかし彼は意気揚々と哨戒任務に従事していた。それは穴掘りから解放された喜びであり、新年を迎える前に一段落着いた安堵であった。しかしそれだけではなく、彼は下戸だったので、酒場よりも任務が落ち着くのであった。


 意地悪くも揶揄う者の大半は、彼より上の階級で同じ役職にあるものだった。つまりは、准将や少将が、なかば妬みからそういうことをするのである。しかし、ある時を境にそういうことは言われなくなった。尊い犠牲者はイルマシェ准将という、ヴァレリー大佐より一回り年上の、しかし将官としては充分に少壮の年齢にある男であった。


「我らがVVVは酒が飲めないらしいぜ」


 軍人としてはそれなりに有能だが、酒癖が悪い彼は、大声で本人に絡んでいった。それだけならばヴァレリーも不快に思いつつも慣れているし、流すことが出来たのだが、今回ばかりはTPOを弁えていなかったといえよう。何と言っても、新年祭の真っ最中に、リンゴジュースを飲む彼に対して言ったのである。


 楽しい祭りの雰囲気は、僅かばかりのひびを入れられた。これに対して当人と同僚たちがどうしようかと迷っていると、指揮官が現れて悠然な口調で言ったのである。


「私の孫も酒を飲めないがね?」


 イルマシェの顔が赤から青に変色した。血の気が引くとはこのことで、一気に酔いが冷まされたようであった。ある者は本気で緊張して、ある者はレクレーションとして見守る中で、准将は大佐に頭を下げた。なんとも屈辱的であっただろうが、背に腹は変えられないということなのだ。


 なお、後に分かったことだが、モーツァルト上級大将の孫はまだ未成年であった。

 新年祭が終わった後で、ヴァレリーはモーツァルトに礼を言った。白髪の上官は漆黒の髪を持つ部下に対して、例に値するほどではないとあしらった後、ひと声だけ付け加えた。


「気負うほどのことはないが、期待はされているということだ。頑張り給え」


 尊敬する上官からの言葉をかみしめ、VVVのトパーズの瞳には、強い光が宿っていた。

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