戦士の心得
行間とか読みやすくするの難しいよね
いや、馬鹿をやらかしたな。
感想はまさしくそれであった。
いくらまぁそこが強大なる何者かによる戦いのすぐ跡だとして。
周囲の生物が軒並み他所へ逃げ出していたとして。
そこは魔境、魔の森であった。
食事は素早く摂れるよう癖につけている。戦場であらば栄養など二の次であり、腹が膨れて行動する活力が少しでも湧いてくるものであればそれで良い。手早く、確実に、そしてその場所が敵地であるならばそれら敵に気付かれぬよう細心の注意を払わねばならない。
そして、儂のが不味い肉を食らい大笑の声を上げたここはまさしく敵地のど真ん中である。
紛れもなく、阿呆の所業であった。
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「いやはや…殺人的な不味さだったのう…。」
なんじゃろうなあの不味さ。
そう量も多くないにも拘らず食いきる事が出来なかった。口の中にえぐみが残り、濯ぐ事の出来る水もない。流石に「不味い」というだけで死の水を呷るわけにもいくまい。二度と食いたくもない肉だが、食料は必要だ。
仕方あるまい、とエルフの術具を用いて肉を焼き締め、手持ちの油紙に包んでおくことにする。碌に術の使えない儂に呆れながらもエルフの学者が持たせてくれた物で、簡単な操作で高い熱を発するこの道具は雑に扱っても壊れず旅に役立ってくれた。火を使わずに湯を沸かし、肉を焼く、実に便利な代物だ。肉を押し付けて焦がし水分を抜く様に焦がした後、表面を削ってやれば一端の保存食の出来上がりだ。
食えるかと思い持ってきた狐は毛皮を剥ぎ、腰に付けた鞄に突っ込む。なめしたいところではあるが、森を抜けるのが先決だ。肉は同様に焼き締めて水分を飛ばす。この狐の肉は豚より脂が多く上手く焼きが上手くいかなかったが、構わんだろう。
鳥は羽が頑丈で毟る事も出来なければ、焼いてしまえるような火も無い。足を括って、腰に吊るしておく。不格好だが活動に支障は無さそうだ。
あとは何かの役に立つかと鉄の樹の破片を拾い集めていく。細かい破片になろうともその頑強さは健在で、軽く力を込めた程度ではビクともしない。投げ物の上手い奴ならばこれをそのまま投げ矢にでも出来るのだろうが、残念ながらそのような器用さは持っていない。ナイフなんかであれば出来ない事もないが…それでも命中率は高くない。土産にでもならんもんかなぁ、となんとなく拾っているだけの物だ。
と、程良い大きさの枝を拾ったその時だ。
———見られておるな。
何かは分からんが、こちらを覗く存在が居る。
樹々に紛れてこちらを狙っておるのか、警戒しておるだけなのか…。
敵意は感じないが、そもそも敵意無く襲撃してくる魔の物も存在する為、あてにならん。
やはりあれか、強者の気配残る場所とはいえ「不味い不味い!」と大笑いしながら肉を食うのはちぃっとばかし浅慮であったか。まぁ猟師などには殴り倒されるほどの愚行ではあろうな。
これはやってしまったのぅ。
いかんな。
如何に魔王を斃し、生も魂も燃え尽きた様な爺とはいえ、わざわざ魔の森の化け物共に喧嘩を吹っ掛けるような蛮行は阿呆と罵られても仕方ない。。
何もむざむざ自ら死にに行くような事をせんでもよかろうに。
…いや、これはあの肉のせいじゃな、うん。気が緩んでいる儂も悪いが、あの肉が想像を遥かに超えた不味さであったのが尚悪い。もしや気を緩ませる様な、麻薬に似た毒でも含んでおるのやも。いや、うん、絶対それだな。そうに違いない。
そうして自己弁護を完成させた所でゆっくりと周囲に意識を巡らせる。
枝を拾う手は止めない。
気付いている事を気取られてはいけない。
戦いにおいて先手を取る事は大事だが、それで儂の様な典型的な剣士が勝ち切る事が出来るのは若く、体格が良く、良く鍛えられていて、尚且つ適した武器を持っていた場合だ。
儂の様に枯れ、筋肉も全盛期より衰え、武器も中程から折れたなまくら(・・・・)しか持たぬのならば先手を取る事よりも先手を譲ることが肝要になる。こちらの動きで相手の意識と出方をコントロールし、相手の動きをこちらの想定に収めてしまう。そうして相手の一撃目に対処することで相手の調子を崩し、自分のペースに持ち込むことが出来る。何よりこちらの覚悟が決まっている。しっかりとした覚悟は判断を加速させる。来ると分かっているのなら、焦りではなく、明瞭とした思考をもって対処が出来る。
それこそが優秀な戦士の証だ。
さぁ、来るがいい。いつでもな。