人生最高の食事
少し考えた結果、だ。
まぁ、とりあえずそのまま森に入ってみることにした。
よく考えりゃ、儂、もう魔王倒したわけだしのぅ。
まぁ悲願、という程美談めいたものじゃあないが、目的は達成したのだ。時間も経ち、老い、もはやこの世に未練無し。いつくたばったとて後悔も無い身の上だもんで、もう色々と面倒臭くなったのだ。とはいえまぁ死ぬ理由も無い。好んで死を選ぶ程に精神が参ってもいないのでそこそこに生きる努力をする程度で死んだら仕様がないな、といった具合だ。
さて、目の前まで来てみたが。
「こりゃあすごいのう。」
想定していたよりなお酷い。森の一角が焼けている。頑強な鉄の樹も圧し折れ、根元から吹き飛ばされている樹もある。辺りにいくつか散らばる巻き込まれたであろう犠牲者の亡骸の状態からそれ程時間は経ってないと推察する。今は森の生物達は被害を恐れてか近辺に気配は感じない。今の内にこの亡骸の中から食えそうな物を選別し持っていく事にしよう。
「火の通った肉を食うのは久しぶりじゃ。今から涎が出てきよるわ。」
奇妙な程に捻じれ曲がった翼を持つ鳥、双頭八眼の狐、全身に多関節の腕を生やした小柄な豚…食えそうなのはこのぐらいか。大体は体の一部のみが転がっているが、身体が丸ごと残っている亡骸が少なすぎる。大方、原因となった生物が喰っていったか?これでは食える種なのか判別が難しい。ある程度なら毒も平気じゃが、この森の生物の毒であれば並大抵の物ではないだろう。謎の進化を遂げ、自らを喰うものに復讐するかの様に、その身に劇毒を蓄えていてもなんら不思議はない。そんな毒に中れば、如何様な過程を辿れども末路は等しく「死」あるのみだろう。
とはいえ、これらの判断もほぼ勘の様なものだ。この珍妙な生物達の名前も知らぬ。魔の森の生物など、もはやどの様に変質しているか分かったものではないしな。むしろ一見して普通に見える生命が居たならば、それこそ警戒に値する、この森における異常である。浅学の儂が見かけた限りでも、既存の種などほぼいない事が分かる。それ程までに異常な生物しかいない場所なのだ。
口に涎を溜めながら、さてどうしたものかと考える。
今すぐ肉に齧り付いても良いが、そうしてしまうとこの惨状を作り出した何者かが現れた際に対応が取れない可能性が高い。死ぬにしてもせっかくの肉を最期に食む事も出来ずに、その肉と同じ様になるとあらば死ぬに死に切れんというもの。ならばやはりキチンと腰を落ち着けて食いたいと感ずるのが人心よな。
うんむ、ならばここで取るべき行動はたった一つ。
:::::::::::::::::::::::::
「えぐみが酷い!!」
噛めば噛むほど口に拡がるえぐみ。
汚水を煮詰めたが如き臭み。
苦みに酸味を加えた恐ろしい味。
あぁなんと酷い晩餐か。全くもって度し難い、後悔だけを感想として許されている様な、いや…うぅむ、しかし酷いな。「気付け」には良いかも知れんが、それでも口に入れることを戸惑いそうな、そんな味だ。
だがしかし安心もした。良く噛んではいるが、今のところ体に変化はない。つまり即効性の毒はない様だ。むしろ食われない為に自らの肉の味がこうも酷くなっているのやもしれん。確かにこれは腐肉漁り共も手は出さんだろう。大物もよほど飢えてでもいなければ一噛みで吐き出すのだろう。経験上、豚に似た奴らは美味い事が多いのだが、こりゃ笑える程不味い。
鳥は肉のある生命ではなく羽根の生えた樹であったし、狐は口に入れた際に痺れや呪詛の臭いを感じた為に打ち捨てた。食えるだけでありがたい。この際、味など二の次だ。……ああクソ!!不味い!!
しかし、生きているこの命を、自らの生命を実感する。
生きていればこそ、味を感じる。嘘ではないと思える。
この肉が美味ければ幻覚か何かと疑うだろう。只人にしては永い人生ではあるが、こうも不味いというのに感謝すらも湧き出ようとはな。自伝など書く機会があれば是非に書く事にしようと心に決めた。
「アッハッハッハ!不味い!!実に不味いな!!あぁ糞ッッ!!!不味いッ!!!」
久しぶりの食事は遅々として進まない、それこそ死ぬ間際にすら思い出すであろう、生を実感する最低のものであった。