表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
老勇者ウォーデン・ラース  作者: ぷにぷにぺぽりん
4/9

「死の淵」

ほぼ一年ごしごし。





ザッ…ザッ…ザッ…


魔王の支配圏、通称「死の淵」。

動物はおらず、草木は生えず、虫も居ない。ただ何もない平地の荒野が続くだけの土地である。各所に湧いている水は無味無臭で透明の劇毒であり、口にしてしまえば助かる術は無いと聞く。

一部では飯に困った貧民が魔の森をどうにか潜り抜け、それを持ち帰り裏稼業の者達に高く売っているという与太話があるくらいだ。


有り得ない話ではないが、魔の森を抜けられる程の強者ならまず貧民にはならないだろう。それだけの能力があるなら魔の森で身を危険に晒すよりも安全で割りの良い仕事がある筈だ。例え噂に釣られた愚か者が魔の森に入ったとして、二度と生きては出られんだろうしなぁ。よしんば持ち帰れたとしても、裏の者達が貧民を生きて帰す筈もない。


あるとすれば、依頼を受けた強者が汲みに来ていたか、もしくはこの毒を生成出来る暗殺者が居るか。

実際、都に住んでいた頃に、「死の淵の水」を飲み謎の死を遂げたのだという貴族の話を聞いた事もある。水を飲んだ飲んでないは別にして何かしらの理由はあるのだろうが、その真実がどうであれ下々の噂になるのは「死の淵の水」としてだ。「死の淵の毒水を飲んだのだ」と言うのはもはや、謎の死に対してのお決まりの文句の様なものとなっている。


今この身はボロボロだ。空腹だし、傷だらけだし、疲れも酷い。見た目は良くて浮浪者だ。まさしく水を取りに来た貧民と言われても不思議はないだろう。鎧はまぁ大丈夫だとしても、繋ぎ目は狩った魔物の革で繋いで騙し騙し使っている状態だし、キチンとした整備を受けたのは大昔だ。いつダメになるか分からん。

食料や道具の手入れ等、故郷に帰るにはどうしても金が必要だ。この毒水も上手くやれば金貨に化けるやもしれんし、魔物にも効果があるやも、と下世話な思惑を思い浮かべた。何しろ、魔王を討伐したのだ。この先、死の淵が消えるのならば、この毒水もまた消えるやも知れん。そうなれば、最後に採取したこの水の価値は天井知らずになろう。

まぁ、実際取りに来る奴も早々おらんだろうし、毒水が消えようが消えまいが値打ちはある筈だがの。

本音を言えば、このこんこんと湧き出る毒水が金貨に化けるよりも、今この瞬間カッチリ冷えたエールに化けてくれた方が数倍嬉しいのだがのぅ。


取らぬ狸のなんとやら。魔王を討伐せしめた齢三百歳を超える老勇者ウォーデン・ラースは、持っていた見た目にそぐわぬ大容量の魔法鞄(マジックバック)式の水筒に毒水を流し込み始めた。冷えたエールを幻視して、ややにやけながら『死の淵』を内から見渡す。


元々この『死の淵』は、魔王が暮らしていた王国の王都であったという。毒水も昔はそこで暮らす民が生活用水として使っていた物が、魔王の力の影響で変質したのだとされる。死の淵の一番外側、魔の森との境界近辺はすっかり何にも無い為に、王都だったと言われても疑問ばかりが残るものだったが、内に内にと中心部に近くなれば散逸する瓦礫が多く見受けられる様になった。

そして広大で、危険過ぎるが故に誰も知らなかったのであろう。中心に近い程に町の痕跡は多くなり、中心と思われる場所には、やや瓦解しながらもそれでも荘厳極まる城がほぼ丸々残っていた。雨すら降らない土地である為か、金属の類も腐食は思った程でも無く、やや崩れた壁や階段、残された衣服や装飾品、そこら中を分厚く埃が覆っている。ただ人や生き物だけが消え去った異様な静けさに包まれた城。数百年前に滅びた城ながらも、未だに多く残された人の痕跡が壁の亀裂から注がれる薄暗い光に照らされたその光景は、何故か哀愁を誘う様な美しい場所であった。


そして城の大広間、そこに、奴は居た。謁見を行う部屋でもあったのだろうか、まるで後ろの玉座を守護するかの様に真ん前を陣取っていた奴は、剣に寄りかかる様に存在していた。明らかに疲弊した様子で、遠くからは普通の青年にも見えたが、肌は浅黒く、目は真っ黒で濁っていて、しかして異常な程の呪いを辺りに振り撒いていた。



毒水を汲み終わると、また歩き出す。この毒水以外にもはや水は持っていない。水どころか食料も無い。生きて帰る事が出来るかも分からない。毒水を汲む行為も想像の中のエールも、ただ気を紛らせようとしたに過ぎない。まさか帰る事が出来たとてこの様な危険な水を売る気もない。


ハァ…と息を吐いた。

本当にどうしようか。雨が降らないばかりか風もない為、帰るのにはただ自分の足跡を辿って帰ればいい。だが、死の淵は本当に広大だ。満身創痍の状態で歩き続けても魔の森まで辿りつけるかも分からん。魔の森まで辿りつけたとしても、あの人外魔境で食料や飲み水を確保するのは難しいだろう。


少しでも足掻いてやろうと歩き続けるその足は、ややふらついてはいるが少しも早さは落ちる事は無い。単調に足を踏み出し、進んでいく。こういった時に大事なのはリズムを崩さない事だ。どんなに疲れていても、足腰の疲れを意識から外し、別の考えに没頭し、歩行のリズムを守る事で自然と歩き続けられる。ゆっくり過ぎても急ぎ過ぎてもダメだ。

足はとうにただの棒の様だが、大丈夫、まだイケる。吾輩が一体いつから歩き続けていると思っている。魔王を倒した人間がこの程度の疲れで根を上げる程軟弱なわけはない。魔王を倒した後帰る途中で疲れで死ぬ等締まらない終わり方はしたくない。


魔の森に辿り着いた時、雨が降っていればいい。いくらか持ち歩いている魔物の皮の残りで水筒を(こしら)えれば少しは持つだろう。

毒を持たない植物や動物が見つかれば最高だ。魔力も少し回復してきたから、火の魔術で熱を通して食ってやるつもりである。味気ないのは仕方ない、腹に溜まり栄養になるのならそれで良い。


王都にあった美味い屋台の店は流石にもうやってないだろうか。まぁ三百年以上も前の話だ。無いだろうな。


今の王は誰であろうか。出立時、既に老齢に差し掛かっていた王は勿論、強い眼をしていた王妃も、可愛らしい王女も、こまっしゃくれた王子も、皆寿命で逝っただろう。何代変わったか分からんが、故郷である王都がどうなっているか楽しみである。


帰る際に、少し遠回りしながら観光をして帰るのも良い。どうせ急ぐ旅でもないであろうしなぁ。国境近くの町を避ければ国境を越えるも容易い。普通、旅人や行商は道や町を通るが、私ならば獣道だろうが魔物領だろうが無理に踏破してやれる。途中で道に合流してやれば怪しまれずに入国出来る筈だ。まぁ、これも昔のままならの話だが。


ならば、故郷の隣国トラスバウトの名所を回るか。昔は牧歌的な風景が多い良い国だった。


いやいや、ぐるりと回りこんで故郷の後ろ側、辺境諸国をいくつか通りながら行くのも良いな。


海のある国で海産物を食うのも良い。


いやいや、魔法が多く残る国アールシャにて魔道具を土産を買って帰るのも良いな。今のまま土産が毒水のままだと流石に情緒がないというものだ。


あの友の子孫は生きているだろうか。


他の勇者達はどうしたのであろうか。


私の家は残っているだろうか。


そういえば、道中助けた親子は……


帰ったらまず何を…


あの時の…


いや……


……




つらつらと雑多な事を考えながら、疲れを意図的に思考から追い出し、歩き続ける。



魔王を斃し、飲まず食わずで歩く事、四日。

死の淵はまだ、半分にも来ていない。

ちまちま書くよ。たぶんね。タブンネ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ