永きの終わり
自分で書いてて続くとは思えない…
短編だと思ってくれてもいいのよ?
ガチンガキンガガガギギギンッ!
鋭い金属音が響く。辺りは崩れた家の瓦礫だらけで、この場で戦っている二人以外の人影は見えない。
「ヴ、ヴィイ、ア、ア、ア゛ア゛ア゛アアァァァア!!!!」
「ぬ、う、うぅんっ!!」
ボサボサに伸びた髪は黒、瞳も黒く、その病的な程に白い肌が印象的な青年。その目は狂気に濁りきっていて、呪詛を撒き散らしながらもう片方の人影に向かって攻撃を仕掛けていた。
刃におどろおどろしい装飾を施された両手剣を目にも止まらぬ速さで連続して振るう。技もへったくれもない連撃だが、剣には黒いナニカがへばりついておりその余波だけで周りの瓦礫はジワリと侵食された様に黒く染まり、やがて塵になっていく。
もう片方は歳を七十程に見える老人。青年と同じくボサボサと伸びた髪の毛は総じて白髪に変わってしまっていて、元の黄金色の髪を想起する事は叶わない。髭も胸の辺まで長く伸び、身なりも薄汚い。
しかし、大小様々な傷が刻まれた鎧と半ばから折れてしまっている装飾の禿げた大剣が老人の存在感を引き上げていた。
折れているとはいえ、大剣を軽々と振り回す老人は青年よりも体格が一回り大きく力も強そうだ。
だが、この戦闘に限っては、最初から老人は青年に押されっぱなしであった。折れた大剣を器用に使い熟し連撃をかろうじて捌いてはいるが、禍々しい黒いナニカを剣に体にへばりつかせた青年に対して優位を奪えそうにない。老人は息も絶え絶えで、青年はまだまだ元気そうだ。
体力勝負に出たのは間違いであったか。これでも体力には自信があったのだが、と老人は内心溜息を吐いていた。
戦闘が始まってから七日七晩連撃を放ち続けている青年相手では、息を整える暇も無い。聖者の加護を頂いて以来一番の無茶やも知れぬ。喉はカラカラで糞尿は垂れ流し、八日目の朝を迎える今ではもはや出す物も無い。肺と心臓は五日目から激痛が止まないし、疲労と眠気で足元もおぼつかない。連撃を捌くのもギリギリだ。
ただしその目だけは、かつては髪とお揃いであったその黄金色の瞳だけは不屈の闘志を湛えて、戦闘が始まる前と同じであった。
八日目の朝日が昇る。
遥か昔にこの青年がここで暴れる様になってからこの場所の四方は全て消え去り、街の残骸の他には地平線が見えるだけだった。その為、朝日の陽光は青年の側からだと何からも遮られる事は無い。朝日が地平線の彼方から顔を出し、青年の視界が一瞬光に飲まれて真っ白になる。
この瞬間を、待っていたッ!!!
一日目は連撃を防ぎ、捌くに精一杯であった。
二日目はやや目が慣れてきた。
三日目は連撃に慣れたが、疲労が出てきた。
四日目は朝日に目をやられ、あやうく殺されるところであった。
五日目は朝日を利用する作戦を思いついた。
六日目はタイミングを逃した。
七日目は覚悟を決めた。
そして八日目。
八百年も昔から狂気や絶望、怨嗟といった負の感情にのみ満たされていた青年は、朝日に染まった真っ白い世界の中で久しぶりの疑問を浮かべた。
私の敵はどこへ行った。
いつ居なくなった。
何故居なくなった。
……いや、そもそも、何故私はここで戦っていた。
疑問に思うも、それに答える者は居ない。
白い世界が晴れると、辺りは朝日に照らされて美しく、しかし何かの残骸が残るばかりの侘しい景色があった。
これは街の残骸か?
皆どこへ行った。
ここは春の花木が美しかった大通りか?
ではあの残骸、街の中心の噴水であろうか。
そうであるならば、あの瓦礫はパンはイマイチだが看板娘のマチが可愛いアキクのパン屋か?
その隣の優しい婆さんのやっていた菓子屋は瓦礫さえ残っておらぬ。
ではその向かいのあの瓦礫は……。
今は遠い思い出を逡巡しながら、視界は地面に向かって落ちていく。視界がだんだんと暗くなる中で、ドサリ、という音がやけに大きく響いたな、と思ったら、その次は、もう何も、考える事は出来なかった。
「やっと、ハァ、ハァ…終わった、かぁ……ハァ〜…。」
ふぅふぅと荒く息を繰り返す。全身から汗を吹き出しながら老人は塵と崩れ行く青年を感慨深く見遣っていた。
彼の憎悪によってあらゆる生命の気配が絶えたこの禁域であるが、元凶たる存在が消えた事でまた元の緑豊かな地に戻るであろう。まぁ、この地に染み付いた憎悪が浄化され、生命が寄ってくるまでに数百年はかかるであろうがな。
いやはや、気持ちの良さそうな顔で逝きおってからに。如何に『魔王』といえどその境遇と最期の顔を考えるに、新たな生を受けた折にはその幸福を望まずにはいられないではないか。
ぬ、いかん、せっかく魔王を倒したというのに、視界が暗くなってきおった。なんとまぁ、肉体の性能を引き延ばす聖者の加護も流石にこれ程では無茶が過ぎたらしい。しかしまぁ、一つの節目を迎えての死であるならば、納得もいくというもの。後の平和を祈りながら逝くとしようか……。
彼こそは、不可能とも言われた打倒魔王を今まさに成し遂げた偉大なる『勇者』、ウォーデン・ラース。
彼は朝日に照らされながら折れた聖剣を地面に突き立て、パタリと背中から倒れこむとゆっくりと目を閉じた。
※逝ってません。