2 魔王の証明-Ⅰ
────8月15日 晴れ きょうはげーむをしていたらいせかいにとばされました。とじこめられたらしいです。────
夏休みの宿題に絵日記はないけれど、書くとしたらこんな内容しか思い付かない。
再提出。
「閉じ込められたってどういうことだよ」
「うーん、面倒くさいことを聞くね、それよりアタシは君とゆっくりお話がしたいんだけれど」
「め、面倒くさいって……まぁお話しするくらいならいいけど」
「ほんと!?」
「いや、やっぱダメだ! 今の状況を把握してからだ!」
「ちぇ……」
口をとんがらせた幼女は、地面を蹴る。
「まぁいいや、どうせお互いの素性を知らなきゃならないんだし。話長くなるけどいいかな」
「仕方ないだろ、でなきゃ何も分からないんだから」
「うん、それもそうだね。何から話そうかなー」
この幼女、もしかして考えるふりをして会話を長引かせてないか?
なんだか迷っていると言うよりは会話を楽しんでいるという感じである。
「あっ、ごめん最初に確認しておかなきゃ。さっきアタシが「魔王」だって自己紹介したとき、「魔王って何?」って質問は帰ってこなかったけどそれは魔王って言葉が何となく分かるってことでいいのかな?」
「うん、まぁそうだな。魔王を僕はしってるよ」
伊達に何年もゲームやってないからな────と言いたいところだが、僕の世界ではゲームをしていなくても魔王ぐらい誰でも知っているだろう。
何せ古くはあのシューベルトが作曲した曲の中にもあるくらいだ。知名度はお墨付きだろう。
「じゃあ君の世界にも魔王はいたんだ! ねぇねぇ、強かった!?」
「ま、魔王? そんなのいないよ、いるわけないだろ」
「え、びっくり! じゃあどうやって魔王という存在を君は知り得たのさ。話が矛盾してるよ」
なんだこのチビ、わざとらしい。
やけに異世界の設定にこだわっているようだけど話をさっさと進めてほしいものだ。
「なぁ、いい加減そんなバカらしい────」
「答えて!!」
「あっえっ、物語の中とかそんな感じで……」
「へぇ~」
「勇者が立ち向かうものすごく強いラスボス的な……」
「ほぉ~」
幼女の圧力に負けた。いや、僕もクラスでは隅にいるタイプではあるけども、そこまで覇気のない人生だったつもりもない。
「なるほどなるほど。魔王は存在しなくても魔王という概念は存在する、しかも大体同じ……すごく面白い現象だね」
「あの、つまり、どういう……」
先程の圧力の余波か、僕は言葉遣いが丁寧語になってしまう。
幼女に敬語とか、しっかりしろ僕!!
「まず、分かったことは君の世界における魔王は想像上のものだと言うこと」
「うん、さっきそう言ったからね」
人の話を繰り返して理解を深められたと勘違いするタイプだろうか。
幼女のクセに理解は速いようだが、これじゃ会話が進まない。
「それよりここはどこか────」
「つまり君はアタシの事を「魔王」とか自称しているいたい子どもだと認識している訳だ」
「ゲッ!!」
「やっぱり。まぁ普通はそう考えるよね」
この幼女、僕の心を読みやがった!?
「ていうか実際そうなんだろ!?」
「ちがうよ、アタシは本当の魔王だって。さっきは納得してくれたじゃない」
「それは……話が進まないからであって!!」
「なるほどなるほど、じゃあ君はまだ、ここが自分のいた世界じゃないことも認識できていないわけだ」
「は……」
心にざくりと何かが刺さった気がした。
「え、それって……どういう……」
「つまり君にとっては、ここが異世界だと言うこと。いきなり別世界に来ちゃうなんて君はすごい体験をしたね。魔王もびっくりだよ」
「そ、そんなわけ……」
僕が思った以上にその声は擦れていた。
うすうす気づいていたのだ、ここと自分がいた世界では決定的に違うものがあることに────
いや、勘違いだ、認めたくない。
だってバカらしいじゃないか、こんな物語の中みたいなことがおきるなんて────
「まぁ、ここからでられないんだからこれから仲良くやっていこうよ。なんせアタシ達は二人きり────」
「おい」
「え?」
「おい! こんな物語の中みたいな所、どうせどっかのドッキリ番組かなんかだろ!? 壁の向こうで大人たちが笑ってるんだろ!? なぁ!!」
「番組? なにそれ。それより分かったよ、この世界は君が想像する物語と似ているんだね」
「いい加減にしろ!!」
僕は大声を出して部屋を出る。
そうだ、これは多分きっとタチの悪い悪戯だ!
こうなったら番組だろうと筋書きだろうと知ったこっちゃない。
こっちが気を遣って乗ってやったら調子に乗りやがって!
もしこれがドッキリや悪戯でないなら、どこか遠くの国に連れ去られたに違いない!
早く日本に帰らないと!!
「まって!!」
その声に僕は再び従ってしまった。
しかしそれはさっきの人に命令を下すような荒々しい口調ではなく、もっと寂しげな────
「1人に────しないで────」
その消え入りそうな声は、僕を引き留めるには充分だった。
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「ごめんね、急に君の事情も考えず無神経なこと言っちゃって」
「別にいいよ、こっちこそ取り乱して悪かった」
落ち着きを取り戻した僕は、とりあえず部屋にいても始まらないと言うことで、自称魔王を連れて廊下に出た。
そして僕は今なぜか、幼女と手をつないでいる────
ノリでそうしてしまったけれど、この流されやすい性格がそもそもいけないのでは────!?!?
「人とはなすの久しぶりだったんだ……」
「久しぶり?」
「それも追々説明するよ」
「ていうかお前!! なにげに話を進めているけど、僕は君の話を信じたわけじゃないからな。異世界転移なんてバカバカしい」
「それも分かってる。アタシだってにわかには信じがたいもの」
そうはいっても、心の中ではその考えも危うくなってきた。
───────────異世界転移───────────
信じられる訳がないが、冷静に周りを見渡すと、ドッキリ番組にしてはやはりおかしい。
なんというか、舞台が精密すぎるのだ。
食器、本、薬草(?)、そして壁や天井に至るまで、全てが数百年以上はあるのではという重みを感じる。
この重みはまずドッキリの小道具では有り得ないだろう。
それに気付いたことがもう一つ。
廊下に出てみるとそこは思いの外広かった────
「異世界ねぇ……」
「信じてくれた?」
「い、いや信じないぞ! とりあえず証拠も何もないんじゃ僕が眠らされてここに連れてこられただけかも知れないじゃないか!」
「そうはいってもねぇ」
「なんだよ」
幼女は頭をポリポリとかく。
さっきもこうしてたな、癖なのだろうか?
「君の世界の基準が分からないことには証拠も何も見せれないよ」
「と、いうと?」
「君の世界の基準が分からない。君からしたらアタシは異世界人だけど、アタシからしても君は異世界人だかりね。お互いがどのくらい常識を共有しているのか分からない」
「ふん」
「何が常識を逸脱していて、何が常識の範囲内なのか。つまり何を見せれば君はここが異世界だと納得できるのか。それが分からないから、アタシはため息をついているんだよ」
幼女がとても難しいことを話しているのはなんとも違和感がある。
やめてくれ、ここが異世界だとさらに疑いたくなる────
「つまり僕が異世界に来たと納得させる方法を迷っているわけだ」
「そ、だから……」
幼女はトテトテと少し先を走って行き、こちらを振り向いてピッと人差し指を立てた。
「今からお城の案内をします!!」
「……なぜ!?」
動作が可愛かった分、見惚れた僕は反応に遅れてしまった。
いかんいかん、自分をしっかり持て。
納得できないものは出来ないだろう。
「異世界の証明=お城の案内」なんて式、間にいくつの記号を挟めば成り立つんだ。
「理由を説明してくれ、理由を」
「ほら、アタシは君にここが異世界だという証拠を見せたい」
「そうだな」
「でも2人でお互いの常識を照らし合わせていたら日が暮れてしまう」
「だな」
「アタシはそれでもいいんだけど────」
「勘弁してくれ」
「と言うことでこの難攻不落のルピナ城を案内することで、君にこの世界の物から常識に外れたものを探してもらいます!!」
なるほど、式は意外に単純だった。
僕の常識を覆す何かを見せつけて、それをここが異世界の証明ということにしようというのか。
手っ取り早くて単純明快、百聞は一見にしかずをそのまま行くつもりか。
「分かった、案内してくれ」
「了解!!」
「で、それと、ルピナ?」
「なに?」
「とりあえず話は逸れたけど、どうしてこの城に僕が閉じ込められたのか教えてくれないか」
「あー、そうだね。君が魔王という概念を理解していることは分かったし。アタシとしてはもう一つ、君がここを異世界だと認識しておいて欲しいところだけど……」
「それは保留」
「なるほど、ね。嫌いじゃ無いよ、そういうの」
う~ん、とうなる幼女。
そしてピッと人差し指を立てる。
「はい、じゃあまず1600年前から話すね」
「はぁ!?」