1 魔王のポカ-Ⅱ
夏休みはすることもなく暇だ。僕は昼頃に目が覚め、特にすることもなく自室でテレビゲームをやっていた。
一昔前に流行った格闘ゲーム。
小学生の頃はこのゲーム目当てで毎日のように友達の家に通い、日が沈むまで対戦していた記憶がある。
案外こうやって大きくなって、暇なときコンピューターと対戦してみても、その面白さは健在だった。
高校2年生になった今では周りの大人がうるさく、中々じっくりゲームをやる機会も減ってしまった。
自分の成績は上の下ぐらい。来年の受験に困ることはないだろうが、対面上、大人はそういうことに厳しくしなければならないのだ。
「うわ、レベル10強ぇ~……」
強敵にあっさり負けてしまった僕は、もう一度挑戦してみようとテレビの画面を見る。
すると急にもやがかかったように画面が見づらくなった。
なんだ? 熱中症か脱水でも起こしたか? じゃあ一回休憩入れなきゃな。
しかし目を擦りながら立ち上がったけれど、部屋はクーラーが効いているし水分もこまめにとっていたことに気付く。
じゃあこのもやは何なんだ。もしかして────
「火事……!?」
そんなことになっているなら笑えない!
急いで消防車を呼ばないと!
僕は急いで電話を取るため廊下に出ようとするが、もやはだんだんと酷くなり、視界を完全に失ってしまった。
何よりどんなに歩いても部屋の壁に手が当たらない。
おいおい、僕の部屋はこんなに広くないぞ!?
不思議と苦しくはなかったが、僕は完全に方向感覚を失ってしまった。
いくらあがいても壁に手がつくことも外に出ることも出来ない。
ダメだ、死ぬかも────
こんなことなら親の言うことをもっと聞いておけばよかった。
こんなことなら姉貴に宿題を見てもらったお礼を言っとけば良かった。
こんなことなら妹にゲームを貸してやれば良かったし優しくしてやれば良かった。
友達との遊ぶ約束も明日に控えてるし、部活の後輩にまだ引き継ぎもしてないし、好きな子にだって告白もしていない。
こんなことなら、こんなことなら、こんなことなら、こんなことなら、こんなことなら─────
でも不思議と涙は出てこなかった。
後悔する自分もいるのに、こんなものかと人生の終わりを受け入れてしまう自分もいた。
あーあ、あっけなかったな。
そんなことを考えていると、どこからともなく小さな女の子のすすり泣く声が聞こえてきた。
いや、おかしいだろう。今この家には僕しかいるはずがない。
でも、もしかしたらこの火事に巻き込まれて泣いているのかも。
そう考えるといてもたってもいられなくなり僕は声の聞こえる方向に歩き出す。
自分は助からなくてもいい、せめてこの声の主だけでも────
しかし煙が濃くて前が見えない。自分がどこにいるかさえ分からない。
「この、この!」
僕は必死で煙を払う。
すると驚いたことに煙が左右に散って。
僕は知らない場所にいた。
とりあえず危険は去ったようだけれど────
「ん? なんだここ? うぉ、大丈夫か君!!」
目の前で幼女が尻餅をついていた。
この子がさっきの鳴き声の女の子か?
年齢は幼稚園に通っているくらい、なんだか不思議な、言ってしまえば物語に出てくる魔王と魔法使いを合わせたようなブカブカな服を着ている。
その子は顔に泣いた後があったが、今はポカンと口を開けたまま尻餅を付いて動かなかった。固まってる……?
「本当に大丈夫か?」
「ひいっ!」
幼女はそう叫ぶと、急にきびすを返してトテトテと逃げ出した。
つまり幼女に逃げられた────
ショックだ。
「おい、まてよ!」
「あだっ!」
幼女は自分の服(ローブというのだろうか?)の裾を踏んづけて転んだ。顔面から思いっきり。
「いっつ~……」
「おいおい、だから待てって言ったじゃないか。ほら、大丈夫? 立てる?」
「ありがとぅ……」
そういうとその幼女はさっきとは打って変わって、素直に俺の腕をつかんで立ち上がった。
ヒョイっと。
幼女にこれ以上逃げ出す意思がないことを確認し(字面だけだと僕は立派な犯罪者だ)、僕は改めて部屋を見渡す。
大きな鍋に、大量の本。まな板や包丁など僕の見知った物から、全く見たことも聞いたこともないような何かまで沢山あった。
一つ言えることは、ここは僕の部屋ではない。絶対に。
そしてもう一つ言えるのは、多分こんな奇妙な部屋はきっと地球上どこを探してもないだろうと言うこと。常識を越えるなにかがこの部屋には多すぎて、僕は頭がクラクラしそうだった。
とりあえず僕が何故ここにいるのか、この部屋は何なのか。まずそれを知らなければ。
だったら方法は一つしかないか────
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
僕は幼女の目線に合わせてしゃがむと、怖がらせないように慎重に話しかけた。
「えーっと、まずどうしようかな。そうだ、自己紹介をしなきゃな。僕の名前はハナサカトオル。君の名前を教えてくれるかな?」
「ルピア……」
「ルピアか。いい名前だ────」
「ルピア・シャルト・オリバス・ノアルド・スメーラ・ボルドー・マーニ・グレムス・ノエルグラム・エル・ホーリー─────」
「ちょ、長い長い長い!!」
はっきり言ってながくて早口なので全く聞き取れなかった。
ルピアシャル……なんだっけ?
「ルピアでいい……」
「ル、ルピアだね。いい名前だよ」
さっき言おうとした台詞だが、一度腰を折られた分、中々カッコがつかない。
しかしその幼女には効果てきめんだったようで、顔を赤くしてもじもじと下を向いてしまった。しまった、恥ずかしがって口を閉ざさなければいいが────
「ところで聞きたいんだけれど、ここはどこかな?」
「魔王城」
「なるほど」
いや、なるほどじゃないよ。
そんなこと信じられるわけないじゃないか。
でもこの幼女が嘘をついているようにも見えないしなぁ……
とりあえずこの子が魔王だと言う前提で話を進めてみるか。
「そっかそっか、魔王城か。じゃあ君のパパか、もしくはママが魔王なのかな?」
「いや、今は私が魔王だよ」
「なるほど」
いや、なるほどじゃないよ。
こんな小さな子に魔王が務まるわけがない。
じゃあやっぱりこの子は嘘つき?
いやでも嘘をついているようには────
「あーーーもう!!」
「ひっ!」
「あ、ゴメンゴメン。急に叫び出したくなって」
「頭おかしいの?」
「おかしくないよ。それより、僕は今どうしてここにいて、君と話しているか分からないんだ」
「やっぱりおかしいじゃん」
「うん、もうそれでいいや。それより、さっきまで僕は自宅でゲームしてたはずなのに、火事に巻き込まれて気付いたらここにいた。何か分かることはないかな?」
「なるほど」
いや、なるほどじゃないよ。
本当に理解しているのか?
しかしその幼女はあごに手を当てると、ブツブツと呟きながら、部屋を行ったり来たりしだした。
その姿はまるで大賢者のよう……なのかな?
少なくともさっきまでの変態に脅える幼女のような雰囲気は感じられなかった。
まぁ、僕は変態じゃないけど。あくまで彼女の雰囲気がそうだったってだけ。ホントだよ?
「分かった」
「おぉ!」
「君は……えっと、名前なんて言ったっけ? ハナサカト・オル?」
「そこで区切らないでよ。呼びにくいならトオルでいいから」
「トオルね、オーケーオーケー。ところで質問の答えだけど、多分君は私に召喚されたんだと思うよ」
「召喚?」
召喚てあれか? カードゲームとかでよく見る召喚?
「君の言っている召喚てのがよく分からないけど多分それに近いと思う。君は、私に、召喚された」
「えー」
正直ピンとこない。カードゲームで召喚と言ったらプレーヤーがカードのモンスターを従える物だし、その理屈なら僕はこの幼女に従わなければならない。
「従えてもいいけれどそれは嫌でしょ?」
「まぁ」
「というか私も予想外なんだよね、この召喚は。正直言って魔族や人間の誰一人として召喚という魔法は成功したためしがないんだよ。あの、ほらだから古くから研究の対象にもなっているわけだけれど。私も閉じ込められてから研究してみたことはあるけれどまさかそれがこんな形で成功するなんて随分とあっけなかったな。まさか魔王殺しの毒薬がこんな形で作用するなんて」
「んー、ごめん。何を言っているんだかさっぱり分からないや」
「んーつまりね?」
頭をポリポリとかきながらその幼女は僕に説明するための言葉を選んでいた。
これじゃまるで立場が逆だな。
「つまり君は私と一緒にこの魔王城に閉じ込められちゃったってこと。ごめんね」
「─────は?」
ついでに見てね。
女の子が主人公の異世界バトルファンタジー。
『え、それは嫌だな。私帰っていいですか?』
http://ncode.syosetu.com/n6419eb/