1 魔王のポカ-Ⅰ
私は魔王。色々あってこの大きな城で一人暮らしをしている。
私には朝起きたら欠かさず行う日課があって、今日もいつも通りその日課を行っていた。
「あーあーさびしーなー! さびしーなー!」
大声で寂しいと叫んで城の中を散歩する、それが私の日課。寂しいから寂しいと叫ぶのではなく、日課として、なおかつ声の運動のために叫ぶ。
「さーびーしーいーなーーー! さーびーしーいーなーーー!」
大抵喉がいたくなるが、そんなこと離れてしまった。
重要なのは、より大きな声で、より高らかに叫ぶことだ。
「さびしっ……!!?!?」
いつも何気なく通る廊下の鑑、いつもは私の美しい姿が映るのだが、今日は違った。
そこに写っていたのは私ではなく小さな幼女の姿……
いや違う、こんな姿でも私だ。私が幼女になっている……!?
いつからだ? 私の背が、顔が、胸が、首が、腕が、足が、手が、指が、目が、耳が、口が、歯が、喉が、心臓が!!
いつからこんなに小さくなった!?
そう考えて思い出してみる。昨晩は……鏡を見たな。確かお風呂に入ったときは何もなかったはずだから間違いなくその後。
朝起きたとき……あれ? ベッドから下りにくかったような……歩き始めたときも何だが地面が近かった? じゃあ夜の間に私は幼女になったのか?
そういえば聞いたことがある。魔族はストレスが限界を超えると幼児退行を起こすと。
聞いたことあるだけだし、幼児退行は精神的な物だと思っていた。
しかも今その症状に冒されて悩んでいるのは魔王だぞ? この世界最強の魔族の体が耐えきれないほどのストレスを私は私生活で溜めていたというのか?
確かにずっとひとりぼっちですることもなく、毎日ダラダラと変化のない毎日を退屈に過ごし、毎朝毎朝寂しい寂しいと叫んで城を徘徊する毎日だったけれどそんな……
いや、分かってる。原因は絶対にそれだ。改めて考えてみて涙出てきたもん。
というか泣いたのはいつぶりだろう。
100年? 200年? いやもっと前か。
ついでにここで暮らし始めてから今日までのことを思い出して、私はさらに涙が出てきた。もう毎日毎日が地獄のようだった。
楽しいことも嫌なこともなく、毎日毎日ひとりぼっちで……
そして私は一つの決心をする。
「─────よし、死のう。」
調理場にこもって、図書館で見つけてきた本「魔王も殺せる猛毒大百科」の2845ページ、「ブラストゲルニックポイズン」を私は作りながら何故かうきうきしていた。
単純に何かを作るのが好きで楽しいというのもあったが、ついにこの寂しさから解放される、ついにこの孤独から解放される。そう考えるとウキウキしていてもたってもいられずに、私は毒の入った鍋をグルグルかき回した。
「あとすこしー! あとすこしー!」
そして三日三晩鍋をかき回してついに私は叫んだ。
「よしできた!!」
後はこれをコップに移して飲むだけ、自殺なんて魔王にしてはあっけない最後かも知れないが、うっかり屋さんの私にはむしろちょうどいい死に方なのかも知れない。
厨房から自分のマグカップを取り出し、早く呑みたい一心でトテトテと走りながら私は生涯最大のミスを犯してしまった。
体が縮んだのを忘れて、ローブの裾を踏んで、転んだ。
まぁ、転んだだけならイタイイタイで済むのだけれど、転んだ先が悪かった。
置いてあった椅子にぶつかって椅子が倒れ、横にあった梯子に引っかかって倒れ、その横の棚が倒れ……
いろんな物がドミノ倒しになって、ついに私の自作の毒の鍋まで倒れた。
「うぎゃあぁぁぁーーー~~~!!」
叫んでみたところで、必死になってみたところで、覆水盆に返らず。いや、毒は鍋に帰らず。
こぼした毒は地面に触れたとたんシュワシュワと蒸発して、けむりを上げながら消えてしまった。
なんてこった、これじゃ私は死ねないじゃないか……
もう一回作ろうにも材料は全て使い切ってしまったし、私のような魔王を殺せる方法なんて他に考えつかない。
これからは独りぼっち、これからも独りぼっち。
いつ尽きるかも分からない魔王という長い長い寿命を持った私は、もう死ぬまで誰とも会えずにここからでれないんだと思った。
歴代の魔王は、勇者に倒されてその生涯を終えた者が多いという。中には勇者と恋に落ち、一緒に暮らした魔王もいるが、愛する人に先立たれ、毒を飲んで自殺。
先代の魔王、つまり私のパパはそんな歴代の魔王の終わり方をよく思っていなかった。
結局パパも最期は勇者に倒されてその生涯に幕を閉じたのだけれど、私はパパと違ってどれも素晴らしい最期だと思っている。
いいじゃないか、ずっとずっと独りぼっちでみんなから忘れられて、誰からも見向きもされずに死んでしまうよりは……
そう考えると涙がポロポロポロポロ……
そしてついに私は大声で泣き出……そうとして泣くのを止めた。
さっきこぼした毒のけむりが、グルグル渦巻いている。
不思議に思ってしばらく眺めていると、けむりは晴れて、中から何かが出てきた。
「ん? なんだここ? うぉ、大丈夫か君!!」
呆気にとられしりもちをついた私を立たせようと手を伸ばしてきたその「何か」。
それは実に1500年ぶりに見る「ニンゲン」だった────
「本当に大丈夫か?」