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闇月夜【旧版】  作者: 笹葉 竹睡
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夜更けて

 さび付いた路地裏に住んだ月光が差し込む。

 そこに、普段の殺伐とした雰囲気はなく、ただひたすらに紅い花が咲いていた。月光の暴いたそれは、おそらく世界で最も信仰されているであろう神人ですら呆れ、諭し、更生させるような陰鬱さと酷薄さがあらわれていた。

 薄汚れたキャンバスに規則性もなく落書きするかのように、朱が飛び散る。路は雨が降ったかのように濡れ、金臭い匂いが周囲に漂う。地面にばらまかれたモノたちが醜悪なオブジェを作り出していた。

 この路地裏に醜美な芸術を完成させた少女は、朱に染まった己と完成品を見ると、満足げにほほ笑む。

「さぁて…と」

 作り終えた作品を見て、慣れないことはするもんじゃないな、と呟く。後に反響する物音は、原始的な欲求を満たすモノだけであった。


§


 その少女は、朱に染まった路地を見回す。己が衣服の裾へと朱がつかないように軽い足取りでその惨事を眺めると、あまり趣味の良いものとは言えないな、と顔をしかめる。見回った路地裏から何が金臭い匂いがする、と先刻同僚に連絡を受け現場に直行したはいいが、あまりの状況に、少女は眩暈する。

「これは…芸術、なのか?」

人の手によってこねくり回されたような痕跡が残る道に、処理する途中だったのか残された肉片や湯気立つようなむわっとした血の香りからも、つい先刻までここに人が居たことをうかがわせた。

 こんな惨事を作る人など、この辺りにいただろうか? と、少女は首を傾げ、まぁいいや…と視線を巡らす。

「――えぇ、何の問題もありません。今回のこれは…」

電話が唐突にかかるも、平然と応答する。すべてを見ていたのは月と、血の匂いにつられた野良猫だけだった。


「おい、お前。路地裏の件は何だった」

見分を終えた少女は自身の仲間の元へ戻ると、室内にいた男共にさっき見てきたことを報告していた。少女の報告に耳を傾ける男共は古傷や生傷をこしらえた屈強な男や、紙を派手に染めた男ばかりであった。しかし、彼女はその威圧感ある情景に表情一つ動かさず淡々と事実を告げてゆく。

「今回の件、私の見る限りでは…」

あの惨状は見せしめや脅迫のための処刑ではなかったことは確かだ。ただひたすらに己の思うまま、感じるままに人を嬲り、隠しただけの快楽的な現場に思えた。

 少女はそんな旨を報告し終えると、その内容に青ざめる男共を尻目に部屋を後にする。

 廊下には少女の靴音が反響するだけであった。


§


―――経過:***を・・・に使用すると……

 路地裏から帰った少女は、己が書いていた文献から目を離す。おもむろに口元を拭うと、手に付いた朱にため息をつく。彼女にとって、作り終えた作品からデータを取ろうとしていたのに、人が通りかかったためにデータ採取を断念せざるをえなかったのは苦痛でならなかった。巧くいかないのは腹立たしいが、過ぎてしまったことはしょうがない。とばかりに窓越しに月を見上げる。差す月光は、青く柔らかな光を少女へと届ける。書きかけの書類をまとめ、書き物をしたことによって凝り固まった体を伸ばす。疲れ切った目を揉みほぐしながらところどころ赤黒く染まった白衣からおもむろにメモを取り出す。

“―――月××日…ニテ”

メモに記された日付と場所を確認する。

……問題はない、な。今日だ。

 裾についた埃を軽く払い、のそりと立ち上がった彼女は、ふ、と笑うと机の上で先刻まで作成していたものを懐へ忍ばせる。部屋へ差し込む月光が真上から来るようになったころ、少女は誰にも気取られぬよう夜の闇へと溶けた。


 指定された場所で少女は懐に忍ばせていったものを待っていた人物に渡す。報酬を受け取ると、ふ、とその場から掻き消えた。

 あとに残された待ち人は、後ろから忍び寄る影によってその場に倒れ伏した。


§


 与えられた任務ほど面倒なものはない、早々に帰りたい。

切にそう願っても、世の中はうまくいかないものである。今回下された命令は、とある商売現場を邪魔して相手を消すことであった。できる限りの情報を持ってこい、とのことで現場へ向かうと、白衣姿の少女と男がものを受け渡しているのが遠目に映る。

 少女にとって、この仕事は、自身が制圧者となれる気晴らしのような仕事だった。だが今回は、

「…なにこれ、薬?」

仕事を終えると厄介ごとが転がり込んできたのである。彼女は、雇い主が手元に転がり込んできた薬に興味を示さないわけがない。うっすらと恐怖を覚える。

「…………!」

もう声すら出すことのできなくなった男の、少女によって苛立ち紛れに雑に縫われた切開後の腹部に蹴りがめり込んだ。


§


 少女は、物を渡し終えると街で食事を探していた。

 顔を決してさらさず、目立った格好をした己は一体周囲の目にはどう映るのだろうか、と思考を巡らせる。先ほど渡したものも、彼自身を使ってデータを取らねばなるまい、と何事かを書き込んだメモに視線を走らせる。

 当てもなくさ迷い歩くには、夜中の静寂さは心地よく感じられた。衣服を汚したまま、白み始めた空を見ると帰路を急いだ。

 忌々しい太陽が空を駆け、苦痛とともに彼女の一日が始まろうとする。


拝読有難うございました。

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