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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
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謎の転校生など存在しない

 練習用の古い布に針を通す。糸が張り詰めるまで伸ばし、一針、一針、全体像を意識して、縫い目の間隔が一定になるように。

 しばらくすると、小さな紅葉が形をなした。

 「うん。完成だね。芦屋くんは根気が有るからすぐ上手くなるよ」

 「お世辞は女のためにとっておいたほうがいいぞ」


 手芸部の部長を務める御影光世(みつよ)は、素直じゃないねと苦笑した。

 軽く整えただけで、自然に眉まで垂らした前髪と、首の半ばまでかかる後ろ髪。面倒見もよく締める所は締めるいい男なのだが、問題は面倒見のよさが母性愛に見えるほどの女性的な風貌か。

 ぱっちりとした目を穏やかに細める様は、富川(とがわ)高校微笑む顔が一番似合う人コンテスト堂々の一位と謳われる。

 引き締まってはいるが、撫で肩の上に筋肉が目立たないので、ちょっと見ただけでは細身の女子である。


 「しかし俺が言うのも何だが、手芸部のほうは大丈夫なのか。部長だろ?」

 「もう文化祭も終わったからね。それまで馬車馬のように働かせたからとうぶん自主制作だよ。作れって言われて作るなんてつまらないから。僕はむしろ芦屋君が裁縫を習いたがるほうが不思議だな」


 光世の疑問に鼻を鳴らす。

 「俺もこれまでは針仕事なんて、破れほつれを直せればいいと思ってたんだがな。この前稲のスカートに染みがついていたからチューリップのアップリケを縫い付けてやったら、薬指を折られそうになった。」

 ということで裁縫の腕を上げておこうと思い立ったのだ。

 「うーん、それは裁縫の腕以前の問題だと思うけれど。けど僕は手芸に興味を持ってくれる人が増えてくれればそれでいいかな」

 テノールよりアルトに近い落ち着いた声。丸みを帯びた童顔のため年齢を間違えられることは少ないが、こういう時はとても高校生には見えない。

 

 練習作品が完成したので、立ち上がり首を回す。次はお返しの仕事だ。

 部屋にあったカッター台を机に置く。光世が持ってきたのは裁断する前の、形の線が引いてある布である。懐より取り出したるは一本の小刀。

 鞘から抜き放ち、布の上に当てる。

 すうっ、と引く黒い線。直線、曲線、角、円弧。チャコの線より絵の具の粒子一つほども違わず、無人の道路の真ん中を白線に沿って歩くように、溜まることなく元の位置に到達した。

 ぱち、ぱち、と軽い拍手。光世が布の隅を取って上げると、形通りの図が残る。


 「いや、名人芸だね。また速くなったんじゃないかな。それに刃筋のぶれがなくなってる」

 「最近強化イベントがあったからな」

 「はは。そんな素敵なものがあるならもっとこなして欲しいな」

 「もうない」


 終始和やかなかけ合いである。チェーンの外れた自転車のギヤばりに空回りする堂馬とまともな会話が可能なのは、ひとえに人徳のなせる業であろう。

 「君がそういうなら有るんだろうね」

 光世が微笑みながら呟いた。


 





 「おっはよう君達ぃぃぃいいい!!」

 用意した布を切り終わった時、理科室のドアが凄まじい勢いで開かれた。

 「藤堂部長。今夕方ですよ。こんにちは」

 堂馬が挨拶する。

 「あ、藤堂先輩。お邪魔してます」

 光世は微笑む。


 「おお、御影君か!構わんとも、ゆっくりしていきたまえ!」

 見た目は如何にも理系らしい、黒縁の眼鏡をかけたスマートな男だ。だがその目は、将来の夢はサッカー選手ですと発表する少年の瞳にバッテリーを直結したような危険な光を宿していた。


 堂馬の所属する科学部部長、藤堂導人(とうどう どうと)である。

 科学部は部員6名、幽霊部員4名の弱小部活であるが、理科室の使用を許可されている。理由はこの男。学校始まって以来の天才である。

 理数系のテストで100点以外取ったことがないとか、自分で勉強すればどんな大学でも行けるので一番近い高校を選んだとか。まあ兎に角天才である。紙一重を破っている方の、だが。


 「ふむ、ちょうどいい。どうだ御影君。一緒にバッタの餌やりに行かんかね!?可愛いぞ!バッタは」

 「お誘いは嬉しいですけど、何か嫌な予感がするのでお暇させて頂きます」


 そうか。残念だ!と特に残念な様子も見せず、あっさり堂馬の方を向く。光世も錦糸のような髪を揺らして堂馬を見た。


 「そうだ。芦屋君、留学生の話は知ってる?」

 「スペインくんだりからわざわざ来るんだろ。今日はその話で1日潰れたな」

 「うん。実は僕の親の知り合いの人でね。向こうから手助けを頼まれたんだけど、残念ながらクラスが別だから。出来れば仲良くして欲しいな」

 今日一番の微笑み。こいつわざとやってんだろと思うが、見る分に損はないので聞いてやる。


 「まあ助けてくれと言われたならそうするが。ないだろ。多分」

 「君がそう言うなら有るよ。きっと」

 光世は立ち上がりながら、可笑しそうにそういった。

 

 









 上村左右は、自分はありふれた人間であると気づいている。

 小学校、中学校と目立ったイベントはなかったし、高校に入ってモテそうだから始めたバスケも、上手くはなったが全国大会に行けるかは微妙、といったところだ。

 これには小学校からの腐れ縁である、剣術バカ一代も関係があるのだろう。

 あそこまでやれば頂点に行ける。だがそこまでやりたいかと言われれば否だ。結局人生こんなもの。そう思っていた。今までは。


 今や全てに意味があったと思える。今までの思い出が総天然色600万画素で色づいた。


 「スペインはカスティーリャ・イ・レオンから来ました。エリッサ・クルス=モリネーロです。至らない所はあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」


 美少女である。ラテン系の美少女である。赤みがかった金髪。スタイルが良すぎて逆にセーラー服が似合わないメリハリの効いた体型。青銅の色をしたアーモンド形の瞳に、紅を塗ったような唇。

 海外からの観光客が増えたとはいえ、パンダも外人もテレビでしか見たことがない者も多い富川高生にとってはまさに青天の霹靂。黒船来航である。

 

 「えー、ク、クルス?いやモリネーロさんは」

 「エリッサで構いません。スペイン式の名字はややこしいでしょうから」

 「ああ、失礼。えー、エリッサさんは日本の文化を学びにきた留学生で、本来北山女学院に入学する予定だったんだが、諸般の事情で急遽予定変更。こっちに来ることになった。おめーら物珍しいからって妙な真似するんじゃねーぞ。特に芦屋!」


 担任の沢渡が堂馬を睨む。


 「何でそこで俺になるんですか」

 「普段からの行いだ!スペイン人がみんなフェンシング出来るとか思うなよ!」

 「思わねーですよいくら何でも」

 「あ、できますよ。スペイン式フェンシング」

 「えっ」

 「えっ」


 






 エリッサは日本の武術にも興味があったようで、堂馬が剣術をやると聞くと、えらく食いついてきた。同年代で古い剣術をやる者が皆無であったこともあり、堂馬の道場が師匠と二人だけのどマイナーと聞いて、いたく共感したらしい。


 「そうなんです!フェンシングだって立派な剣術なのにみんなスポーツほうばっかり!一人や二人古い剣術をやってもいいと思いませんか!?」

 「好きにやればいいんじゃないか?」

 「もう、つれないですね。もっと情熱的に行かないと」

 どうもラテンのノリにはついていけない。堂馬は日本人らしい職人気質。悪く言えば自分の殻に引きこもり気味である。


 「はい!堂馬の友人その一なんですが、僕も情熱的にパッションしたいです!」

 「左右よ。プライドをかなぐり捨ててかかるスタイルは嫌いじゃないが、一旦黙ったほうが好感度高くなるぞ」

 「え、そう?じゃあ黙る」

 「よし、俺がいいと言うまで喋るなよ」

 左右は黙って頷いた。









 結局その1日は授業にならず、休み時間には他のクラスからも見物人が訪れ、教師さえ転校生への質問に参加する有り様であった。

 エリッサの評価は概ね好評で、美人、謙虚、勉強熱心と万人に愛される資質を備えていた。

 放課後も男衆が街の案内を買って出たりもしたが、引っ越して間もないため、部屋の整頓をしなければ寝る場所もないと言われてあえなく撃沈した。


 「それでは、また仕事が一段落つきましたら是非とも案内をお願いします」

 にこにこ笑いながら帰り支度を整える。非常に人間が出来ている。

 「約束だよ?おすすめポイント必死こいて調べるからね?」

 左右が粘着質に確認する。非常にうざい。


 駐輪場に着くと、隅の方に置いてあった袋を手に取る。でかい。少し無理をすれば大の男がすっぽり収まる大きさだ。


 「なんだあれ?重くないのかな?」

 左右が首を傾げる。

 「分解した自転車だろ。ヨーロッパじゃ盛んらしいからな。サイクリング」

 「そんなん乗って行けばいいじゃん。手に持つ意味なんてないだろ」

 「筋トレじゃないのか。俺もママチャリ背負って山を越えたことがある」

 「やめろよ!あの人とお前を一緒にすんな!」


 左右の悲鳴が駐輪場に響き渡った。

 変わったところもあるが、文化の違いに目くじらを立てることも無いだろう。あんなにいい娘だ。

 夕焼けの空に、大きな袋を持った影が滲んでゆく。

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