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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第一部 妖刀夜話
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第一部 妖刀夜話

 半月の弧を描くそれは、肉の色を透かして桃の果肉の照り。先端は白く濁り、人体の有する数少ない武器として、小さいながらも確かに存在を主張していた。

 この道具、いかに切るべき。

 必要と余剰の狭間を探り、じっと睨む。白い地肌の年輪に、黒い線が見えた。

 ここ。

 線が消えるまえに、素早く刃を当て、力を込める。

 ぱちり、と小気味いい音が弾けた。角張った箇所は弱味になる。やすりで丁寧に削る。満足のいく丸みになった。足指で畳を握る。確かな反作用が骨に伝わる。

 善し。実に善し。








 「お兄、何やってんの?」

 「足の爪切り」

 「それは見れば分かるけど、爪切りに30分かける意味は?」

 稲の目が厳しい。月曜日の朝のことである。

 

 「ふむ。いいか稲、俺は昨日、他流死合というものをやった」

 「そこからおかしいけどまあ許す。で?」

 妹が寛大だ。あと字もおかしい。

 「手応えはあったが詰めを誤り逃げられてしまった」

 「うん」

 「俺はこれに足の爪が秘密とみた!」

 「うん、お兄、病院いこっか」

 妹の目が優しい。

 「待て待て、今説明するから待て」

 「聞こう」

 妹が携帯を下ろす。


 「俺はあの時確かに奴に切り込んだ。だが奴はそれほど応えた様子を見せなかった。これは恐らく変わり身かなにかだな」

 「ふんふん」

 「その後形勢不利と察して奴は逃げだした。俺には奴がどうやって抜けたのかまるでわからない」

 「それで?」

 「これは一種の催眠と特殊な歩法による幻惑だと感じた。これには自重と地面の反発を最大に利用する必要がある。そのために指の力を地に押さえつけるのに適切な形の爪を作る。よって足の爪切りだ」

 「なる……ほど……?」

 ”ねーよ”

 聞こえない。


 「そして俺はついに爪切りを完成させたのだ!見よ!この足指を」

 「おお!爪が指先の曲線と完璧に一致している!最早芸術品……ってあほかー!!」

 妹怒りの十文キックが堂馬の顔面に炸裂した。








 玄関のチャイムが鳴った。嫌な予感。

 「私知らないよ」

 「じゃあ俺だ」

 

 玄関を開ける。

 「どちら様で」

 「君が、芦屋堂馬くんかな」

 「そうですが」

 立っていたのは50代くらいの長身の男性。やつれてはいるが、壮年とは思えない引き締まった体型。どこか優しげな目もとに覚えがある。後ろにはその一人娘。


 「私は能島道場の道場主を務めている、能島花伝(かでん)と申す者。此度は娘を助けていただいたばかりか、私の不徳ゆえに起こった惨劇を食い止めていただき、感謝の言葉もない」

 娘と同い年の少年に、深く、深く頭を下げる。

 「いえ、こちらも巻き込まれただけなので、ちゃぶ台の補償をしていただければ言うことはありません。出来れば腕時計も」

 ああ、Gショック。心の傷は深い。


 「勿論出来る限りの謝礼はしよう。そこで、相談があるのだが」

 相談?首を傾げると、控えていた風雅が引き継いだ。


 「お礼は今出来る限りのことはします。ですが、知っての通り我が道場は事件の影響で大変苦しい状況にあり、満足な補償も出来ません」

 「まあ、今すぐ金払えないのなら待ちますけどね」

 「いえ、それもあるんですが……」

 「ん?」

 口ごもる風花。ますます訳がわからない。と、また花伝が話しだした。


 「私はこれまで流派の振興ばかりを考え、強さと格式が全てと思っていた。女子供を排して、流派の力の向上を追い求め、その結果がこれだ。鍵坂師範代にはいくら詫びても足りない。今の体制で道場を維持するのは不可能だろう」

 過ちを認め、自らの非を改めて未来を見据える。どんな人でもそう簡単なことではない。

 「そこでだ。経営方針を転換して、体術を取り入れたエクササイズ教室を開こうと思っているのだよ!」

 「あれ?」

 何かが崩れ落ちている気がする。前提とか。


 「しかしそうなると剣術の指導が難しくなる。私一人では厳しいだろう。そこでだ。堂馬くんに我が道場の師範代をやって欲しい!君ほどの腕だ、師範代を務めるには何の支障もない。さらに妖刀事件を解決に導いた英雄となれば入門者も倍増」

 「帰れぇぇえええ!」


 靴箱を踏み切り天井すれすれまで跳躍。縦に半回転しつつ、上になった脚に身体全体でひねりを加え、後ろから延髄蹴りをかます。

 天山鳶流、枯葉蟷螂(かれはとうろう)

 だが、既に首に回されていた腕に防がれる。


 「ぬう!素晴らしい蹴りだ。ますます欲しくなった。給金も弾むぞ!」

 「やかましい!胃袋ひっくり返っちまえ!」


 構えた堂馬に風花が縋りつく。

 「お願いしますぅ。お弟子さんも減ってしまって今月ほんとに厳しいんですよぉ」

 「ええい!寄るな寄るな貧乏神が!厄いのが移るじゃねーか!」

 「ふむ、今回は時期が悪かったようだね。だが私は諦めんぞ。君とならエクササイズ業界で天下を狙える!」

 「核心がすり替わってんぞこのタコ!とっとと出てけぇぇええ!」


 きちんと一礼して出て行く。礼儀の他にわきまえて欲しいものがあるのだが。


 「稲、バルサンないか!?」

 「そんなのないよ。第一煙たいでしょーが」

 「ならゴキジェットだ。ゴキジェットをくれ」

 「普通塩じゃない?」

 「塩なんて撒いたところで山羊が寄ってくるだけだ。真の近代人は化学で勝つ!」


 玄関に殺虫剤をかけ終わり、部屋に戻る。

 ”それにしても幸先がいいねえ。3日おかずに化生の類と連戦とは。お前さんよっぽど才能があるんだな”

 一人の部屋だ。稲は朝練。静けさが訪れる。

 ”やっぱり無視かい。まあいい。最早(えにし)はつながった。解るだろ?俺様がどこに在るか。何を思うか。俺様の渾名は無縁。主との縁しか持たぬ、名もなき太刀よ。仲良くいこうぜ、なあ”


 剣は喋らない。妖刀の夜は明け、人の時間が来る。準備を終えた堂馬は学校に向け走り出した。


 だが、夜が明ける時、次の夜は既に忍び寄っているのだ。


                 妖刀夜話 終

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