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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
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親子喧嘩は犬も食わない 後編

 八尺山女は雪に半身を埋め、途方に暮れていた。別に遊んでいたわけではない。馬鹿げた速度で圧縮された空気が、小さくとも重い半異類の身体を、硬球のように打ち飛ばしただけである。

 主の元へ走るだけの余力はある。だが行ったところで、己が微力では戦いの天秤を寸分も動かせないことは分かり切っていた。


 彼女に親の記憶はない。何故自身がこう(・・)なのか、両親は自分を捨てたのかそれとも先だったのかさえも知らなかった。物心ついた時には屋敷が世界そのものであり、家族とは旦那様、奥様、お嬢様の三者のことで、自分はそこに付属した道具。

 成長してそれが違うと分かった時、もう山女の人格は、主人との関係の他は不要なまでに完成されていた。


 その主人は今、侍女の手の届かぬ高みで殴り合っている。恐らくは自分が原因で。

 震えて縮こまる。寒さのせいではない。無窮の自然は一人には広すぎる。小さな獣が細い唸りを発した。

 それを聞きつけてではなかろうが、月明りを阻む人影が落ちる。身を丸くした少女と比べると、叩き上げた体格がより際立つ。芦屋堂馬であった。


「おお?おかしいだろあれ。何が起こってるんだ?あんなのが続いたら本州が関東平野になっちまうぞ」


「来られたのですか」


「お前が呼んだんだろ」


 心外というふうに堂馬は答える。もちろん呼んだのは山女だ。だが来るとは思っていなかった。あくまで可能な限りの人事を尽くしたまで。半死半生にされた敵を助けに、重傷をおして山中に入るものがいるとは。


「それよりこりゃ、どんな騒ぎなんだ?」


「御覧の通りです」


「なんかサイボーグが火を吹いてるんだけど」


「奥さまです」


「セレブってすげえな。いやしかし、最近のAIの発達を鑑みるに有り得ないことは無いか?」


 揺れる心を極度の思い込みで矯正していく。この程度で揺らぐ神経では一般人は務まらない。


「これも技術の革新ってやつか。もうすぐインテリジェンスな刀剣も出てくるのかもしれんな」


”知ってる?大事なものは知らぬ間に君の手の中に納まっているかもしれないんだよ……?”


 あくまで未来の話である。なんの半導体も積んでいない棒切れが喋ることなど有り得ようか。今まで興味を持てなかったが、プログラミングを齧ってもいいかもしれない。堂馬はそう思った。


 思考は一瞬である。中東の内戦もかくやの惨状を晒す谷間へと踏み出す。風は目をつむって三十周回った後のように、その行き先を次々変える。

 堂馬は身をこごめて根元から掬われないよう、足指で地を握りつつ進む。


 異能者同士の激闘は佳境を迎えつつあった。勝利を握りつつあるのは白姫の方だ。やはり地力が違う。衛星軌道の宇宙塵の激突じみたぶちかまし合いの中で、傷らしいものも受けていない。

 母親が技も無く無暗に叩くだけという条件であっても、やはり異常。あるいは曲がりなりにも彼女の肌に斬撃を入れた堂馬の一念こそ驚嘆すべきなのか。


 古代の神事に則り、大地を踏みしめてぶつかり合う二柱の鬼。片方の銀の膝が文字通り砕けた。あまりに急激に蓄積された疲労が耐性限界を超えたのだ。

 白姫が平手とも掌底ともつかぬ一打を見舞おうと振りかぶる。

 だが遅い。多少たがの緩んだだけの人である堂馬にも捉えきれる速度だ。貴種ゆえの傲慢か。あるいはそれを優しさとか慈悲と呼ぶのであろうが、娘は未だに眼下の敵を母と見ていた。


 そういった謙譲の心が、勝負の場において必勝を敗残に貶めることを、堂馬はよく知っている。山央白姫は決定的に闘士ではなかった。


 おそらく無力化できるだろう、との予測で放たれた掌打を、母親は受けた。いや、額の鉢金で迎えた。

 打点を前にずらされた手は、運動量を伝えきれない。機械化された熟女の背中が燃え、噴流が破城の勢いを飲み込む。母の手が、白姫の腕を捕らえた。


 古代ギリシャの胴鎧を近代化したような、筋肉状に盛り上がる腹の甲殻が開く。雪の燦爛を融解させ、灼熱の反射が夜を焼いた。

 号砲。握りこぶし大の火球は、内に秘めた天文学級の振動を無作為に振りまき、進路上の全てを蒸散させて雪天に溶ける。


「プラズマカタパルト!?なんて熟女だ」


 堂馬の驚愕も当然。オーバーテクノロジーそのものの一撃は、あらゆる撃力を跳ねのけていた白姫の胴体を穿孔して、その生命に届く損傷を与えていた。


「お嬢様ぁ!」


 後ろから山女の悲鳴が耳を突く。もはやゆっくり刺激せずに近寄るなどと悠長は言っていられない。姿勢を低め、四つ足になろうかとの勢いで駆ける。だがいかに急ごうと人の脚。瞬間移動ができるわけでもなく、敵の反応はあまりに素早かった。


 女が堂馬の接近を見定める。降りかかるのは殺気ではない。ただ、排除されるという猛烈な危機感。

 機械の腕が跳ね上がり、月色の手の内に黎明が昇る。防げない。そう判断して重心の操作を一瞬切る。骨格を入れ忘れた人形のように転がる。

 夜風を裂いて奇形の炎熱が飛んだ。輻射熱が堂馬のうなじで炭酸のように弾ける。もはや引くこともままならない。腹を据えて踏み出す。


 その度胸に武運がほほ笑んだか、機械仕掛けの母は、とまどうように拳を固める。連射すれば辺り一面を焼き払えたはず。つまるところガス欠だろうと堂馬は値踏みする。

 数秒で解決できる不具合ではない。しかし数十秒待ってくれるほど甘くはないはず。一気呵成に決着をつける必要があった。


 雪明りにぼやける影が、その線を曖昧なものにしていく。何か巨大なものに突き動かされるような加速。

 本来ならば多量に集積された武装群が迎撃にあたるはずだが、幾度とない衝突は純エネルギー兵器以外の装備を払底させていた。必敗の情勢を奇襲で覆した直後の増援なのだ。たとえ多少たがが外れただけの男子高校生だとしても、コップを溢れさせる一滴の水であるかもしれない。


 強靭化された腱を引き絞って、あと二歩の位置。女は対処に困っていると気配で語っていた。やはり素人。


 しかし素人の予測不能な挙動は、時にまぐれであっても最適を超えることがある。


 雪に白む自らの視界が、二つに分断されたと目が知った時、堂馬は極限までのけぞってマトリックス避けを敢行していた。

 水切りの石ころのように回転飛翔するのは、血まみれの長身の少女。具体的に言えば女の実子である。


「娘を投げるな!」


 非常に常識的な意見である。しかし外道な真似だろうが強力な一手であった。無理やりな体勢は、戦闘力を幾何級数的に下げる。この距離で不利は覆せない。十万馬力はあるだろう腕が振るわれ。


 白姫母の頭が傾いだ。バランスの変動によって腕が逸れる。耳の奥が痛くなる気圧波が通り抜け、しかし堂馬の五体は無事だ。

 何もない所で頭だけ傾ける馬鹿はいない。何か、透明で、重い何かが衝突したのだ。


 分銅だった。これも細く透明のワイヤーに紐づけてある。精神性など欠片もない、戦闘を有利に運ぶことだけを考えた設計思想。使い手を堂馬は知っていた。しかし何故ここに。


「危ない所でしたね堂馬さん!これはもう貸しが一つでよろしいのでは!?ついに私も債権者!」


「調子に乗るな。どうやって来たんだお前」


「ふふふ、乙女の勘が働きましてね」


「怖っ」


”あいつなんか異能が花開きつつあるな。俺様が乗っ取った影響か?”


 何らかのショックによって妙な方向に才能を覚醒させつつあった能島風花は、ダウジングによって堂馬の位置を同定してのけたのだ。怖!


 しかしいかに弱っていても、人間の力で昏倒させられるものではない。白姫母は自失から復帰して立ち上がろうと。

 その喉に水面の雪がかかる。雪明りに幻想のように刃紋を揺らす、無縁の刃であった。


「流石にこれ以上動いてもらっても困る。復讐がどうのとは言わんが、大気圏外でやれよ」


「……おのれ」


 恨み節とは裏腹に、半機械の女から熱が逃げるのを感じる。元より激しい憎悪を抱ける性質(たち)ではないのだろう。


「風花。ちょっとそこに転がってるお嬢様を拾ってやれ。しかし、今回ばかりは助かった」


「そうでしょうとも!うふふ。まあこれが私の実力という」


「いや、すみません。あの子を助けるのは少し待ってくれると嬉しいのですが」


 声。風花の反応に問題は無かった。その手に握られていた、湾曲のゆるい鎌を逆袈裟に。無警戒に出されている腕を浅く斬る。


「くっ!?」


 があ、と、間の抜けただみ声。黒い鳥が風花の腕を爪で裂き、夜のしじまへと飛び去る。魔性の係累ではない。だが深夜には不似合いな。


「鴉?なんだってこんな時間に」


「いや、申し訳ありません。まさかここまで善戦、いえこれも失礼な言い分ですね。まさか勝ってしまわれるとは。しかも自然に。いや素晴らしい。本当に素晴らしい」


「なんの真似だ」


 山に似合わぬスーツ姿で、微笑む公務員は近づいてくる。鴉の悲鳴が聞こえてきた。大きな鳥、鷲だろうか。鴉を捕まえて枝の間に消える。猛禽が鴉を襲うだろうか?

 精妙で、しかし異質な力学が回転を始めていた。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 科学なサイボーグでは流石に主人公のオカルト否定理論もゲンジツを認めざるをえませんな、まぁ科学だから仕方ないね、オカルトは相変わらず認めないだろうけだも。
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