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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
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お嬢様に隙はない 後編

 魁偉おほいなる巨鯨レビヤタン大海に転がりて。わだつみを煮えたぎる鍋のごとくに沸き立たせる獣。背に銛の林をよろい、腹に槍の森を負う。

 なにかの小説の冒頭当たりだったろうか。とりとめもなく、この世で最も大いなる獣を賛嘆する詩が浮かんだ。

今の堂馬はまさに、鯨の背に銛を突き立てた無謀なる漁師である。右手首は曲がったが、左が生きていたのは幸いと言えよう。空を無作為に転げ回る白姫を、どうにかつなぎ止めていた。


"いだだだだだだだだだだ!!折れるって折れる!"


 引き伸ばされた時の中で機を待つ。何も聞こえない。主導権を取り返す力の持ち合わせは切れていた。

 ゆえに待つ。ひたすらに。過去のノイズが混じる、残像の中で。


 堂馬は推理によって、教師殺しの犯人が白姫であることまでは確信できた。しかしその動機までは、恐らく、という但し書きを付けざるを得ない。まず脅しを受けたとか、怨恨からのものではないと思われた。あんなものを脅迫できる生物がいるとは思えないし、ただ害を与えようと思うなら、あんなずさんな真似をしでかす意味はない。金持ちの選択肢は広いのだから。

 ならば、と頭に浮かぶのは、彼女の病である。深刻な神経、あるいは精神の病理。その歪みが穏やかな令嬢を駆り立てたのならば。

 教師は喰われたのだろう。そのこと自体について、堂馬は同情も憤りもしない。殺人かつ遺体の損壊は大罪と知ってはいるが、誘拐犯に感情移入できるような繊細な意識とは無縁の男である。

 堂馬が目を付けたのはそこではない。病というのなら、それが肉体であれ精神のものであれ、人を喰らう必然性があったはずだ。

 そして発作は白姫自身で引き伸ばすことが出来ない。それならば、計画が破錠しても強行せざるを得なかった理由にもなる。


 ならば、『獲物』がいないときにはどうしていたのか。いくら権力があるといっても、いなくなっても構わない人間を定期的に手に入れるのは困難であろう。

 人は謎に複雑さを求めたがるが、大体において答えは単純なものに収束する。

 人の血肉が要るのなら、側にはべる者から摂ればよい。


 雪空に駆ける主人を食い入るように見ていた山女は、頬に流れる鉄の香りに、我知らず手をやった。

 白い画布に紅の液がかすれて広がる。堂馬が彼女の横を過ぎた時、感じた風は冬の嵐ではない。妖刀の切先には、山女の血がいくばくか。



 その熱を嚥下した時に起こったのだろうか。白姫の眼が揺れた。先ほどのものより激しい。重要な回路が短絡したような暴走である。揺れが伝わったかのように波打ち始める手足。牙の拘束が緩んだ。

 大根を抜くように、背骨で引っ張り上げる。歯型の付いた刀身が全身を空気にさらした。


”うおあー!俺様の美ボディがあ↑ー!!”


 極度の集中で音は聞こえない。胸をそらし、肩を回し、鞭の如くしなる右腕ごと叩きつけるように。白姫の側頭に、剣が埋まった。


っ!」


 鷹が得物を取り落とすかのように、空中の二人が別れて落ちる。下の堂馬が先に着いた。受け身を取れたのは、修練が本能の域にまで達していたからであろう。毬のように雪原を滑る。雪のクッション性も助けてか、勢いが落ちたところで立ち上がり、上段の構えをとった。


 白姫の身体は半回転した後、背中からコンクリート打った。劣化ウラン鉱が落ちたような音がする。





「おね、お嬢様!」


 山女が跳ねかける。その前に絡んだ糸が彼女を不安定な置物の形に固定した。


「な!?」


「上手くいかないことばかりですね。でも、どうにか、間に合いましたか」


 金糸と青銅が雪明りにきらめく。手に握るのは骨の臼。エリッサであった。


「ふう、手掛かりは有りましたが、肝心のメイドさんがいないとどうにも。はあ、ずいぶん走り回りましたよ、もう。とにかく身柄は拘束、ってあれ?」


「離して、離していただけますかっ」


 こんな時にまで相手を持ち上げることを止めないメイドの鑑は、髪の毛一本動かせぬ網の中。それはいい。だが肝心の鬼食いの女王は、自由のままだ。


「ど、どうしたの?あっちを捕まえないと。困るでしょう?」


 焦るエリッサ。どんな危地でもこのような事態は経験しなかった。だが笛吹けども審問器は踊らない。そして弓の弦が切れる音が、エリッサをさらなる困惑に落とした。


「やめなさい」


 色とりどりの毛髪を握る指。女性にしては大きな、身長相応の手が、煉獄の乙女の網を引きちぎった。


「ふあ!?」


 驚愕はもはや小娘のそれである。白姫のねじり切ったのはただの髪ではない。いやただの髪でも十分おかしいのだが。しかし煉獄の乙女の拘束具は神の祝福を受けたもの。蛇の領域にいるものに傷つけることはかなわない。力が云々ではないのだ。天体の運行のように、それは法として定まっている。

 答えは単純なものでしかない。鬼には断てぬ綱を千切るというのなら、それは鬼ではないという事。


「まさか、人間?」


 あまりに当然の、しかしこれまでの推論からは最大に遠い回答が、エリッサの口からこぼれた。


”うわー!やったやったった!今の内に逃げるぞ!このくらいの傷なら妖刀根性で治る!ってあら?” 


 何も聞こえない。堂馬は構えたまま気絶していた。





 

 

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