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だが剣が喋るはずがない  作者: 娑婆聖堂
第二部 動地剣惑星(まどいぼし)
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真実は一つと限らない 後編

 静かなる清き夜、といった所か。クリスマスなどとうに終わっているが、舞い落ちる雪の清らかさは日を選ばない。堂馬は歩く。赤茶けたブーツに、濃い緑のコート。膝丈までくる防寒衣のポケットに右手を入れ、左手には黒塗りの刀。


”おいおい、こーんな夜中に散歩たあ趣味がいいじゃねえか。いよいよ辻斬りストになる用意が固まったのかあ?”


 静かな夜である。ところどころに明かりが灯っているものの、長い夜にはばかってか、雪に声を吸われてか、不思議なほど音が届かない。

 そんな明かりも段々と消えて失せ、代わりに光を背負い、より黒い闇でその身を表す樹々山々が膨れ上がる。道路には街灯の一つも見当たらない。この先は学院の他には古びたダムしかないのだから、学院が眠れば山もまた眠るのだ。


 本当にそうか?


 ざわめく枝葉はなにかが走り抜けた跡ではないのか。吹く風の奥に踊る白い煙は幻か。濃紺の空に滲む山体は、今こそ山が目覚めた証ではないのか。

 電灯も無い中で、それ故にほのかに映える小さな淑女。頭を橋渡すのはフリルのカチューシャ。木枯らしを毅然と跳ね返す白黒のエプロンドレスが守るのは、いっそ小学生と間違えそうな小柄な肉体。


 笑えば万民の庇護欲をそそるであろう童顔に一切の表情は無く、雪がひとりでに積みあがって少女の形をとったかのようである。

 八尺山女。山央に仕える従者は、春になれば消え失せそうなほど儚く、冬の間無類の権力を持つかのように厳然と、芦屋堂馬を待ち構えていた。


「早いな。夜というからには10時以降ぐらいと言いたかったんだが」


「お気になさらず。寒さには打たれ強い体質でございます」


 事実、腰の前で組まれた手は白くはあるが血色は悪くない。肩にかかる雪をそっと払うと、堂馬に向け深く礼をする。


「見つけて頂きありがとうございます。そのスマートフォンですが、よろしければこちらにお渡し願いませんでしょうか」


「直球勝負は嫌いじゃないな。しかしこっちが必死こいて手に入れたブツを、タダで貰おうってのは、少々虫が良い話じゃないか?」


「ごもっともです。報酬でしたらこちらに」


 足元に置いていた皮の鞄から取り出したのは、札束であった。短い辺と厚みがほぼ同じ。ちょっとした会社員の年収分はあるだろう。

 堂馬が露骨にたじろぐ。


「うおっ、マジで持ってきたのかよつーか多いな!ブルジョワめが」


「足りぬ、と申されるのでしたら、時間はかかりますがお好きなように」


「おいおい、それじゃあ脅迫だろがい。こっちはせせこましい拾得物横領くらいしか犯ったことない小市民だぞ」


"おい、その拾得物てまさか俺様"


「それでは、如何様に」


「急ぐなよ。寒いってんならカイロくらい出すぞ。まあまず俺の話を書いて、そっちが然るべく対応するなら渡すさ」


少女が押し黙る。ひたと堂馬を見据えて聞く構えだ。


「ありがたい。じゃあまずは前提の確認だ。冬のある日教師と生徒が忽然と消えた。実のところこいつは誘拐事件で、生徒の方は人知れず閉じ込められていたんだが、まあ後でニュースを見ればわかるだろ。省略だ」


ここまでなら、許し難くはあるものの、いわば通常の犯罪である。事態を混迷させるのはそれからだ。


「生徒を誘拐したはずの犯人は、何故か夜が明ける前に白骨と化した。これが良く分からなかったんだな」


「学校の発表では、獣の仕業であると」


「学校の発表か。畜生のやった事と、言い切りはしないんだな」


 山女が口を結ぶ。幽かに鬼気。


"んん?おい、この娘っ子"


 疑問の声など浮かばないのでそのまま続ける。


「まあ動物の仕業、それが一番無難だろう。警察だってこの雪だ。さっさと結論出して終わらせたいだろうし、ブンヤだって奇跡の生還めでたしめでたし。それで満足する。だがおかしい所はいくらでもある」


 遺体があまりにも綺麗に食いつくされていること。発見された地点が生徒の隠匿を行った所から離れすぎている事。所持品が何も落ちていないこと。


「どれも、説明を付けようと思われれば可能なようでございますが」


「まあそうだな。だがこういうのは余分な理屈を付け加えるより、理論そのものを見直した方が分かりやすいもんさ。コペルニクス的転換ってやつだ。例えば、教師をぶち殺した犯人がいる、とかな」


 山女の表情は変わりない。堂馬も構わず喋り続ける。


「誘拐が計画的だったように、こっちの方も計画があったんだろう。気まぐれで殺すならもっと人のいそうな場所で待ち伏せるだろうしな。少なくとも獲物は教師だと、そう目星をつけていたはずだ。動機はちょっと分からんが、俺の予想では怨恨というよりも、ただ消えても問題なさそうと判断されたってとこか」


 規則正しい生活習慣も、観察するには楽だったろう。恐らくは登下校時刻はもちろんのこと、好物から家具の配置まで調べたはずだ。


「そして怪しげな二台目のスマホを使っているところまで突き止めた。まあこれはだいぶ後で効いてくるんだが。ともかくさらうために十分な情報が手に入ったと判断して、時期を待った」


 そして決行の日が来る。月影も漏らさぬ曇天の夜。教師の行方不明は騒がれるだろうが、生徒ほどではない。しばらくすれば他の噂に埋もれ、誰も思い出さなくなる。証拠隠滅の用意も万全。完全犯罪とは言うまい。誰も気にしなければ犯罪とは呼ばないのだから。

 牙の並んだ口で獲物を待ち構え、来なかった。


「その日に限って、何故だか知らんがクオーツばりの正確さで暮らしている先生は来ない。まあ犯行真っただ中なんだから当たり前なんだが。当然焦る。誘い出そうにも、どこにいるかも分からんのだからな。と、そこで調査の成果が効いてくる」


 普通に連絡しても、何らかの非常時だ。相手にしない可能性が高い。だからこそ確実に呼び出せる方法、誰かがかけてくるはずの無い方に電話をかけた。

 恐らく釣れただろう。何しろたった今悪行に用いていた電子機器から着信が届いたのだから。女子の一人二人ならどうにでもできるとの油断もあったに違いない。そしてあっさりと平らげられた。


「だがまた誤算があった。連絡をするのに普段使いのスマホを利用するのはさすがに気が引ける。かといって単純に待ち伏せようとしていたんだから、余分な携帯なんざ持ってるはずもない。で、多分あれが目に入った」


 堂馬が肩越しに指さしたのは、眠りに沈む街の中、仄かに灯る箱の中の明かり。電話ボックスだ。


「公衆電話なら誰がかけたかも分からないし、通話記録も残らない。教師のスマホはぶっ壊して便所にでも流せば、どうせ違法のブツだ、最初から無いも同然。とそう考えたはいいが、教師の持ち物を調べると、なんとスマホが無かった」


 探せど見つかるはずがない。犬でもなければ、いや犬であっても、雪降る夜に川近くの洞窟にある携帯を見つけ出すことなど不可能であったろう。


「ここで殺害犯、かその共犯者は自らのミス、いやこの場合はドジに気付いた。どうせ壊すからと楽観して、金を素手のまま公衆電話に入れちまったんだな。ドジか、ドジはいいな。メイドはドジであるべきだ」


 日本の警察は執拗かつ優秀だ。スマホを見つけられれば、通話記録から公衆電話が割り出され、恐らく小銭についた指紋も調べられるだろう。今どきに公衆電話を、それも若い女生徒が使うことなどまずありえない。疑われるのは間違いない。


「それで今の今まで探し回ってたわけだ。通話記録の最新は持ち主の辿れない携帯の類かな。今なら運ぶ途中で川にでも落ちたと言えば問題なかろうが、それはメイドさん次第だ」


 山女は反駁しない。かといってすべてを認め泣き崩れることもない。ただ冷静に客観を述べる。


「確かに、まず使うはずの無い公衆電話にわたくしの使用した硬貨が残り、それが犬江先生に連絡した電話でしたならば、疑われるのももっともでございます。しかしながら、まず使わぬと言ってもあくまで普段の場合。偶然スマートフォンを忘れた際に近くの電話を使う可能性もあるのでは?」


「まあそうだな。結局は推論だ。俺だってこんな妄想だけで犯人を決め付けようだなんて思っちゃいねえよ。ただな、これが本題なんだが」


 山女の瞳孔が心なし広がった。瞳は動かず、意識のみで堂馬の左を注視する。いつの間にか鯉口が切られていた。

 堂馬をの重心が脊椎一つ分落ち、踵がべたりと地に着く。そのまま転がるように前進できる状態。


「つまり問題は、いくらでも言い訳できるにも関わらずに、メイドさんがここに来たってことなんだな。何を言いたいかといえば、例えほんのわずかにも、ちょっとした質問や捜索にも怯えるほどに、後ろ暗い何かがあるんじゃないかと、俺はそう疑っている。……なあ、お前のごしゅ」


 ご主人様の事なんだが、と言おうとして、もう長ったらしく話す必要はないことを悟る。注意を切らした覚えはない。ただ意識の連続性よりも、少女の突貫は速かった。

 鞄からは大振りの刺身包丁。殺す気まであるかどうかは知らないが、少なくとも五体満足で帰らせてくれる善意を、期待するのは無謀であろう。望む所。冬に長く話したせいで口が渇く。


”ちょっくら湿らせにいくかい!!”


 物言わぬ刃が村雨の如くほとばしった。新雪が音を殺し、暗闘を見下ろすのは凍り付く山々のみである。


 




 



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